【第3章― 自分が選ぶ道 ―】試験終了
ここから第3章となります。
高等学校入学試験……、高校入試と略されることが多い。
大多数の日本国民が、14,5歳でぶつかる壁とも言えるだろう。
この日本にいるのなら……。
「つっかれた~」
受験二日目。
面接も無事に終わり、すべての終了の鐘の音と同時にわたしが漏らした感想はソレだった。
幸い、問題自体はそこまで難しいとは感じなかった。
普段、学校で出されていたテストとは考え方との方向性がまったく違う感じがして面白いと思ったぐらいだ。
この教室で試験を受けたのは同じ学校の生徒ばかりだったため、極端に緊張しなかったことも幸いだったかもしれない。
しかし、過去の入試問題を参考に作られたはずの過去問と言われている問題の数々が、ことごとく出なかったのはある意味、問題なのではないだろうか?
その問題ばかりをひたすら解き続けた生徒たちは大丈夫だったのか、と他人事なのに変な心配をしてしまう。
だが、泣いても笑っても一発勝負の受験。
大丈夫だと思っていても、これですべてが決まると思うと自分にのしかかってくる重圧みたいなのがいつもの模擬テストと全然違う気がした。
時間は余裕があったので、名前の書き漏れがないか、解答欄はずれていなかったかをいつも以上にしっかりと確認した。
面接は個人面接。
こちらは予想に反するような質問はなく、あらかじめ、学校で予習していたとおり、無難に受け答えが出来たと思う。
言葉遣いはもともと、目上の人には敬語で話すようにしているから、余程のことがない限り失敗することはないだろう。
恐らくは大丈夫だとホッと胸をなでおろした。
尤も……、わたしの場合、それらの行為がすべて、無駄になる可能性も否定できないのだけど。
「さて……と」
筆記用具を鞄に入れて、立ち上がる。
別の部屋で面接が終わった生徒からそれぞれ帰宅をしているため、教室は既に人気がまばらになっていた。
「シオちゃ~ん」
不意に呼ばれて振り返る。
わたしのことをそう呼ぶ人は一人しかいないのだけれど。
そこには、妙に笑顔の真理亜がいた。
彼女は、面接が終わった直後に走ってきたのか、少し息を弾ませていたが、清々しい表情をしていた。
長きに亘った受験からようやく開放されたのだ。
気持ちはすごくよく分かる。
わたしもやり遂げたぞ! って感じだしね。
「何? 真理亜……」
「ボクと一緒にアキのとこ行かな~い?」
そんな不思議な申し出を彼女はしてきた。
「……何故に?」
正直、意味が分からない。
別教室にいるはずの、付き合っている彼氏の所に行くだけなのに、わざわざ別の女に声をかけて付き合わせるって……、世間一般では普通の感覚なのかな?
「ん~? 一人で行くのって心細くって~。ほら、ここ男女で教室が分かれちゃったし。アキのいる教室って男子ばかりだったから、女一人で乗り込むのって、勇気いるんだよ~」
それなら別の所で待ち合わせれば良いだけだと思うのはわたしだけだろうか?
でも、普通は教室まで行きたいものなのかな?
もしかして、「彼氏をお迎え」って憧れる場面?
少女漫画なら迎えに来てもらう方が良いと思うけど……、と考えて、すぐに思い直す。
自分に当てはめて考えると、やはりわざわざ来てもらうのは相手に悪い気がする。
うぬう、難しいね。
男女交際ってやつは。
「でも、わたし……。別の教室になったワカと一緒に帰る約束してるから、あまり待たせたくはないんだけど……」
正しくは、九十九と3人で、だ。
昨日は面接がなかったために、試験終了のタイミングはどのクラスも一緒だった。
だから、教室を出ればワカとも合流しやすかったし、九十九も割とすぐに見つかった。
九十九を真ん中にして、ワカと3人で並んで「ハーレムだね、笹さん! 」なんて言っている辺り、彼女は大物だと思う。
わたしは九十九と同じ中学校の生徒に会わないかヒヤヒヤしていたのに。
「ケイちゃんの所、行ってからでもいいからさ~」
わたしたちが、そんな微妙にずれた会話を繰り広げているところだった。
「お疲れ、高田。同じ普通科だってのに、思ったより、教室が離れてたな」
扉の向こうから妙に聞き覚えのある声。
……というか、最近、聞いてばかりの声だった。
「お疲れさま、九十九」
声の主は当然のように九十九だった。
彼は少し疲れたような笑みを浮かべて近くに立ち、わたしにいつもの調子で声を掛けてくる。
「え?」
その行動に真理亜が息を呑んだ。
でも、九十九はそんな彼女のことをあまり気にせず会話を続ける。
「いや~、お前らの学校。普通科だけでもいっぱいここ受けてるんだな~。オレら、一つの教室でも余るほど少ないってのに、二教室かよ」
「二教室と少し……かな。すこ~し、入り切らなかったみたいだから。ところで九十九、ワカは見なかった?」
ワカは受験番号の関係で、入り切らなかった組に入る。
受験番号はクラスに関係なく、性別ごとに五十音順で並べられたから、そうなったのは仕方がない。
彼女は女子で、苗字が「わ」だからね。
「若宮? ああ、そこのトコで会った。アイツ、校門の所で待ってるから早く来いとさ」
「そっか。ありがと」
彼女は九十九に伝言をして、とっとと移動したらしい。
まあ、行き違いにならなかっただけ良かったかな。
「あの…………、シオちゃん?」
先ほどとはちょっと変わって、ささやくような小さな声で真理亜が声をかける。
「ん?」
「その人……、もしかしなくても、ちょっと前に、校門にいた人、じゃない? その制服とか、特徴が一致しちゃうんだけど」
「ちょっと前………?ああ、うん。前に校門に来たことがあったね」
そう言えば、校門で少し騒ぎになってたっけ。
「うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! まさか、その人が、あの時、ケイちゃんが言っていたシオちゃんの彼氏だったのぉ!?」
その甲高い真理亜の叫び声に、教室に残っていた数人が何事かとばかりにこちらを見る。
「…………お前、ホントに男っ気がなかったんだな」
目の前でいきなり叫んだ真理亜の声に、動揺することもなく九十九は淡々と言う。
「まあ、女子しかいない部活に入って、しっかり三年間謳歌しましたし?」
そして、そのことに一切の後悔はない。
寧ろ、充実した日々でしたが?
「何? 何~? どうして~? だって、シオちゃん……? え? ホントだったの?」
真理亜は混乱している。
しかし、そんなに意外なことだったのだろうか?
そして、仕方がないから紹介はしておくべき場面なのだろう。
これ以上、彼女に騒がれると、周りにも迷惑だろうし。
「この人、小学校の同級生でつい先日、……その……、誕生日に再会して、まあ、どういうわけかお付き合いするに至りました」
我ながら奇縁だとは思うが、実際そんな感じなのだから仕方がない。
「えっと……、高田の友達だよな? 初めまして、笹ヶ谷九十九と言います。受かったら、よろしく」
礼儀正しく九十九が笑顔で挨拶する。
意外にも、外面も悪くないんだね、九十九って。
真理亜に向かって挨拶している彼は、ワカや高瀬を相手にしている時とはかなり違うものだった。
「え? あ? 新田真理亜です。こちらこそ、よろしく」
真理亜は慌てつつもしっかりと微笑みを返す。
その笑顔は可愛らしくて、女のわたしでも顔が紅くなりそうなほど完璧な笑みだった。
なんとなく、九十九を見たが、顔を赤らめることもなく平然としている。
「……で? もしかして、取り込み中だったか?」
「いや? 真理亜が一緒に受けた彼氏のところに行きたいから、ついてきてって話してただけ」
しかも、彼女に見とれることなく、わたしと普通に会話している。
我が中学校の男子生徒にはない反応だ。
それだけ、この真理亜という女子生徒は可愛らしい容姿をしていて、モテるのだ。
もしかして……、九十九の元彼女さんって、もっと美人さんだったのか?
「ん~。でも、シオちゃんが彼氏さんと一緒なら別に……」
いつもの賑やかさが嘘のように、真理亜は妙にしおらしい態度だった。
まあ、知らない男子生徒の前でも、先ほどのように騒がしいノリの娘さんなら男子に人気があるはずもないと思う。
「別に良いんじゃね? 隣のクラスなんだろ? どうせ、通り道だし」
「うん。まあ、ワカも先に行ったならちょっと寄るくらいの時間は良いかな」
九十九も一緒なら……別に良いか。
そんなわけで、わたしを挟んで3人並んで、隣の教室へと向かうことになったのだった。
同じことを考える人が多そうですが、令和元年、更新!
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