変化を楽しむ
「じゃっ、じゃじゃ~ん! 今日の衣装はこれです!」
そう言って、若宮が取り出したのは……、変な巫女服だった。
「これは、巫女ふ……? いや、こんなの見たことがないな」
高田が疑問符を浮かべる。
「これ、可愛いのよ。リボンも付いてるし、チラ見せもあって~」
「これを……着ろと?」
「うん。高田は黒髪だから、似合うと思って」
「おい……、若宮?」
「……ってなわけで、笹さん。高田のお着替えタイムだから、お部屋から出れる?」
「……隣の調理場で良いか?」
「うん。準備できたら呼ぶわ」
「へいへい……」
ここ数日……。
若宮は高田に一日一回着せ替えをさせている。
これは……、あの日以来、「青羽の神官」が高田にちょっかいをかけようとしてから続いていた。
あの出来事は、大神官も怒り狂ったが、それ以上に怒ったのは、この国の王女殿下だった。
高神官という立場にありながら、迷える子羊に手を出そうなど、怒り心頭、笑止千万の話らしい。
さらにその対象が高田であったことも怒りに拍車をかけたようだ。
指名をした大神官にもその怒りが向いたぐらいだから。
ただ……、その着替えが、以前、見た時よりも仮装度合いが進んでいる気がする。
人間界のゲームキャラが出てきたときはどうすれば良いかと思ったぐらいである。
オレにもやれと言われたが、それについては、丁重にお断りをさせていただいた。
高田にはともかく、オレにまで無理強いをするつもりはないようだ。
先ほどチラリと見た服。
ちょっと変わった服だった。
いつもと違う雰囲気の服や髪形と言うのはかなり心臓に悪い。
どうせ、若宮のことだから、高田に似合う服を選んでいるのだろう。
今までの服に極端な外れがない。
変な話、あいつとは趣味が合う気がする。
そんなことは口が裂けても言う気はないけれど。
「笹さ~ん、もういつでも、大丈夫よ~」
ちょっと、時間が経ってお呼びがかかった。
「分かった。こっちの準備もしてから行く」
さて、どんな状態でも驚かないようにしないとな。
……と、心構えをしたものの……、割と、無駄だった。
いや~、服装一つでこんなに変わるのか。
こりゃ、びっくりだ。
高田の不機嫌な顔が妙に安心する。
巫女服に見えたけれど、下は袴ではなく、スカートだ。
袖だけが巫女服のように見えただけで、その実、普通の服だった。
白と赤と言う色合わせのせいで、巫女服に見えただけか。
オレ、これは嫌いじゃない。
あ~、自分の好みというやつをまだまだ理解してなかったようだ。
頭のでかいリボンより、横の髪を纏めている飾りの方が好きだ。
そして、黒髪に「紅」って思ったよりも合うんだな。
「どう? 笹さん」
声をかけられて、返答に迷うが……。
「和服、馬鹿にしとんのか?」
そう言うしかなかった。
「おや、お嫌い? こ~ゆ~スカートみたいな浴衣も結構あるのに」
「普通が良い」
「それは残念。でも、今日はこれで行こう!」
「はいはい、分かりましたよ。王女殿下」
高田はこの部分に関して、諦めが良すぎると思う。
素直にそのまま座って、若宮とのお喋りを始めた。
本日の話題は、ゲームの話。
なんとも色気はない。
だが、人間界のゲームは魔界に持って来てもやることができないので、昔話ぐらいしたくなる気持ちも分かる。
知らないジャンルについては、その用語の意味もほとんど分からないが。
流石に女向けの恋愛ゲームまでは知らん。
キラキラした野郎ばかりが登場するゲームに興味はない。
「でもさ~、男女比が同じぐらいのゲームってないかしらね~。美形な男ばかり見ているのも飽きる」
それは既に女向けの恋愛ゲームや、ギャルゲーではないと思われる。
「殿方の性格も極端なものが多いからね」
個性と言うのだ。
似た人間ばかりではゲームとしてつまらないだろう。
「こう逢引きのお誘いを受けて出かけたのは良いけど、相手の意に添わないと不機嫌になって即、帰宅するとかさ~、勘弁してほしいわ。度量が狭い!」
「メモ帳必須だからね、あのゲーム。さらに後半になると、試される計算力!」
いや、それはどんなゲームだ?
そして、高田もその系統をやっているのは少し意外だった。
あまり綺麗系の男には興味なさそうなのに。
綺麗系の男に興味があったら、あの大神官相手に素肌をさらすとかもう少し抵抗があるよな?
オレが知る男の中で、一番、綺麗な顔してるんだが……。
だけど、そんな話だというのに、二人とも良い顔をしていた。
ゲームや漫画を語る時は若宮も高田も本当に楽しそうに見える。
それをオタク趣味と言ってしまえばそれまでだが、それでも、それだけ楽しめる趣味があったのは良いことだ。
そう考えると、それらを半強制的に捨てさせてしまったことが申し訳なく思える。
「笹さん? なんか変な顔をしてるよ?」
若宮から不意にそんなことを言われた。
どうやら、顔に出ていたらしい。
「男の話を聞かされても分からん」
「おや、やきもち?」
「創作物に焼くかよ。それぐらいなら、菓子でも焼いてくる。そろそろさっき準備したやつが良い頃になっているだろうからな」
「生地を寝かせてたのか。それは楽しみだね」
「うん」
若宮の笑顔につられて、高田も笑った。
そして……作ってやったぜ、フォンダンショコラ風焼き菓子!
これは本当に苦労したのだ。
まず、チョコが普通の工程ではないためか、なかなか思うような仕上がりにならなかった。
ココア以上に苦戦することになるとはオレ自身も意外だったのだ。
だが、これなら自信を持って出せる!
恐れ慄くが良い!
そんなオレの心は、出端から挫かれることになる。
「あ~。でも、白の上下お揃いの下着か。清純派っていうか、結構、ベタなものが趣味なのね、笹さん」
おいこら、何の話だ?
「黒や赤って言われるよりは良いよ」
そんな趣味が悪そうな色は好みじゃない。
……ではなくて!
「お前ら、オレがいない間に何の話をしてやがる」
オレはできるだけ、ドスの利いた声を出す。
人の嗜好を簡単に漏らすな!
「いや、いないからこそのお話でしてよ、笹さん。だって、高田の下着がなくても、笹さん、買いに行ける?」
高田ではなく、若宮が取り繕うように答える。
「…………ないのか?」
それは少し、問題だな。
「いや、聞かないでよ」
高田が困ったように答える。
「ん~? でも、サイズアップしたでしょ?」
と、若宮がとんでもないことを言った。
どこの話だ?
「………ノーコメント」
高田が大袈裟に溜息を吐く。
「ほらね」
何故か勝ち誇ったような若宮。
「買いに行くか?」
「「へ? 」」
オレの言葉が意外だったのか、高田と若宮が同時に目を丸くした。
いや、そう言う話をしていたんじゃねえのか?
「服については、水尾さんも買いに行きたがってたんだよ」
なんか痩せて、服がサイズダウンしてしまったらしい。
あれ以上痩せるってどうなってるんだ?
「あ~、びっくりした。笹さんが『見立ててあげる』って話になるかと思って、正直、焦ったわ」
「変態か、オレは」
流石に、それはない。
兄貴なら可能かもしれないが、オレは似合うものを見立てることはできない。
「いやいや、愛しい彼女の下着を見立てるのは彼氏の特典でしょう?」
「……それ、ある程度仲が進んでないと無理だろ?」
「この機会に進めるのです!」
いや、力説するなよ。
「若宮が進めたいならそうしろよ。……ったく、今日もこいつに変な服を着せやがって」
「可愛いでしょ?」
「……違和感しかない」
それも悪い違和感ではないのが本当に困る。
変な扉を開いた気分だ。
「じゃあ、笹さんはどんなのが好きなの? セクシーなの? キュートなの? らぶり~なの?びゅ~てぃほ~なの?」
色気、可愛さ、愛らしさ、美しさ……か。
「その中なら、キュート。」
どうせ、次回の服の参考にでもする気だろ?
それなら、好きな系統のものが見たい。
「ほほう、活発で愛らしい路線ですか」
「高田に着せるなら……だろ? セクシーやビューティフルはこいつに該当しない。ラブリーは単に苦手」
若宮に挨拶した時の服は、ちょっとフリルが多すぎて落ち着かない。
嫌いじゃないとは思うけど、少し、嫌だった。
昔を思い出したのかもしれん。
シオリは……、あんな系統の服が多かったから。
「なるほど、露骨なフリフリはダメか……。好きな服装ジャンルは? ナースとか猫耳とか、ポリスとか女教師とか?」
おい、こら。
その選択肢はなんだ?
おっさんか、オレは?
いや、この場合、おっさんなのは若宮の方か?
「……その中にはないな。でも、和服は嫌いじゃない。その変形はどうかと思うが」
夏祭りで見かける浴衣とかは割と好きだった。
それと卒業式で着るような袴とかも。
身近にはいなかったから写真で見た限りだったが、素直に綺麗だと思った。
「あ~、笹さんは拘り派だったもんね。よし、明日は十二単を用意しよう」
「それはやりすぎ」
系統が違いすぎる。
面白そうではあるけれど……。
「それは着たくない」
高田もすかさずそう言った。
そして、何故だろう?
なんとなく疑いの眼差しを向けられているような?
「そろそろ、大神官さまにお伝えしても良い? 王女殿下のお遊びが過ぎますって」
高田が大きく肩を落とす。
なんだ?
この状況って大神官は知らないのか?
「え~? 遊び相手で遊んで何が悪いの?」
「性格?」
高田がさらりと酷いことを言う。
「意地? 根性? いや、脳?」
オレも心当たりを口にしてみる。
「二人とも酷い! って、笹さん、ものすごく酷い!!」
毎度、自分の主が付き合わされているのだ。
これぐらいは言ってもバチは当たらないだろう。
滅多に着ない服を見るのは……、嫌いではないけれどな。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




