嫁を探して
「いや……、嬢ちゃん。ホンマ、えらい災難やったな」
「本当に……」
楓夜兄ちゃんの言葉に、わたしはそう返すしかなかった。
「なんや、嬢ちゃん。えらい疲れた顔しとるで?」
「あの騒動の後ですから」
そう答える九十九の声も、彼にしては珍しく疲労を隠せていない。
「70歳か……。15歳の高田と……55歳違い。もはや、親子を越えて祖父と孫の世界だな」
水尾先輩が呆れたように言う。
「わたしの母方の祖父も、そこまで年上ではなかったはずです」
その祖父も、確か……まだ六十代だったと記憶している。
恋愛に貴賎なしと言うけれど……、年齢はわたしにとって、十分立派な壁だと思った。
父方の祖父は……、生きているとは聞いているけど、その人についてほとんど聞いたことはない。
……というか、わたしがあまり聞こうとしなかったのだけど。
「『青羽』……。交代したんやて?」
「当然だな。信者どころか悩める子羊に手を出そうとしたんだ。それが純粋な動機であっても、大問題であることには変わりない。復帰した大神官猊下も珍しくお怒りだったようだ」
「へ~、あのベオグラが?」
雄也先輩の言葉に、楓夜兄ちゃんがどこか感心したように言った。
「絶対零度の笑みだったと目撃した者たちは口を揃えて言ったそうだ。その表情は二種類に分かれたらしいがな」
「二種類?」
九十九が聞き返す。
「蒼褪めるか、頬を染めるか」
「神官には変態が多いのか」
雄也先輩の言葉に、九十九は眉間に皺を寄せた。
「まあ、ある意味閉じた世界やからな。神女と結ばれる神官もおるけど、ほんの一部や。圧倒的に男社会やからな」
楓夜兄ちゃんが言うように、確かに女性は少ない気がする。
「男女比は19対1ぐらいやろうか」
「本当に少ない」
「これでも増えたらしいで。あの大神官と王子のおかげで」
「「「「ああ」」」」
その場にいる四人が同時に納得してしまう言葉だった。
見習いでも「神女」になれば、グラナディーン王子殿下や恭哉兄ちゃんに近づくことができる可能性があるからだろう。
見ることしかできないものでも、できることなら少しでも近くで見たいという気持ちは分かる。
遠くから見る「憧れ」は心の栄養だからね。
さて、本日は久しぶりにわたし、九十九、雄也先輩、水尾先輩、楓夜兄ちゃんの五人で集まっていた。
そろそろ、定期船が動くらしく、楓夜兄ちゃんも帰り支度を始めるらしい。
ちょっと寂しくなるね。
「で、元『青羽』は結局、どうなったん?」
楓夜兄ちゃんが雄也先輩に確認する。
「懲罰の末、還俗したらしい」
「罰の上、放り出される……。事実上の追放処分だな」
水尾先輩がしみじみと言う。
わたしに関わったばかりに気の毒だ……とは、思えない。
今回の場合、わたしが嫌な思いをしただけで、実害としてはそこまでなかったが、もし、これが、何の抵抗力も持たない本当に迷える女の子だったら……と思うと、なあなあで済ませるのはいけないことだろう。
あんな身の毛もよだつような思いを誰にもして欲しくはないのだ。
「懲罰……、色は?」
「黄」
楓夜兄ちゃんの不思議な質問に、雄也先輩は一言だけ返した。
「罰に色があるんですか?」
楓夜兄ちゃんと雄也先輩のそんなやりとりが少しだけ気になる。
「ああ、罰の色と言うより、罰則の重さかな。この国は、基本的に色で分けることが好きだからね」
雄也先輩に言われて思い起こせば、確かに神官たちの服とかはしっかり色分けされていたことに気付く。
見習神官は黒だし、準神官は灰色。
下神官は茶色の衣装だ。
その上の正神官は黒で上神官は茶色。
それだけだと見習神官と下神官と同じように見えるが、正神官と上神官はそれらの色に、更に、主神に関係する色と模様が入るらしい。
そして、更に上の役職である七人の高神官はそれぞれ「赤橙黄緑青藍紫」の服で、最高位の大神官である恭哉兄ちゃんは白い服を着ていることが多い。
「黄色の罰ってどんな罰ですか?」
わたしがそう質問すると……。
「一般的には知られてないはずだぞ。他国にはない法力国家内のことだし」
と、水尾先輩は言ったが、何故か雄也先輩は微笑み、楓夜兄ちゃんは目を逸らした。
一般的に知られていないはずの罰則を、何故この二人が知っていそうなのかは……、深く追及したら駄目なのだろうね。
世の中には知らない方が幸せって言葉もあるぐらいだし。
「ところで楓夜兄ちゃん。定期船が動き出したら本当に帰るの?」
「もう目的は果たしたからな。まあ、あまり長いこと、国を出とるわけにもあかんやろう」
それもそうか。
身軽なわたしたちとは立場が違うのだ。
「……こんなに長い間、城から出て大丈夫だったのか?」
水尾先輩もその辺りが気になるらしい。
「まあ、毎度のことやからな。『嫁探し』言うとるわ」
「よ?」
「め?」
楓夜兄ちゃんの言葉に、わたしと九十九が反応した。
「ああ、なるほど。それなら多少、長く空けられるのか。良いなあ、男は……」
水尾先輩はそう言うが……。
「楓夜兄ちゃん、お嫁さん探ししてたの?」
わたしとしては、そこが気になった。
「独身王族やからな。早いところ見つけんと、あかんのや」
「……と、ど~ゆ~意味?」
楓夜兄ちゃんは「あかん」と言った。
つまり、早くお嫁さんを見つけないといけないと言うことだ。
それは……、どう言う意味を持つのか、わたしには分からない。
「ジギタリスは兄貴が継ぐからな。俺は王位を狙っていない意思を示さなあかんのやけど、同時に王族を減らすわけにもいかん。セントポーリア国王陛下と違うて、ジギタリスの国王陛下はそこまで若うないんよ」
な、なんかいろいろと複雑そう。
「ジギタリス王国王陛下は、確か御年五十二か。そろそろ退位を考える年代ではあるな」
それでも、あの高神官だった人よりは若いと思ってはいけないのだろうか?
いや、52歳も結構……、きつい……、かな?
「今は兄も健康やけど、魔界は風邪だけで死ぬこともある。兄に子ができれば一番、問題はないんやけど。婚約者はいるんやから可能性はあると思っとる」
「どこの国もいろいろあるんだな」
水尾先輩が溜息を吐く。
その辺りの王族の責務とかそう言ったことはわたしにはさっぱり分からない。
自分の結婚が国に関わるとか重すぎる。
でも……、好きな人と添い遂げることがままならないということだけは……、なんとなく分かる気がした。
「当たり前や。この国かて他人事やなさそうやし」
「ああ、法力がある兄王子か。魔力が強い妹王女かって話だな」
「ディーンも王族としてそこまで劣るわけやないんやけど……、ケーナの魔力がちぃっとばかり、強すぎるんよ」
ああ、ワカの魔力は確かに、兄王子を上回っている。
そこが、問題を複雑にしているのだけど。
「いっそ、クレスが若宮を娶れば? 双方の問題が解決するだろ?」
「「「「…………」」」」
水尾先輩の言葉に変な沈黙があった。
「ミオ……」
「な、なんだよ?」
楓夜兄ちゃんのなんとも言えない反応に、水尾先輩が少し警戒したように問い返す。
「俺、とっくにふられとる」
あっさりと言った楓夜兄ちゃんの言葉に対して……。
「へ?」
水尾先輩が変な声を出し……。
「は?」
九十九が自分の耳を疑い……。
「ええっ!?」
わたしは単純にびっくりした。
雄也先輩だけが涼しい顔をしている辺り、そのことを知っていたのだろう。
「い、いつの間に!?」
わたしが思わず、楓夜兄ちゃんに詰め寄る。
「なんや、嬢ちゃん。聞いとらんかったんか」
「き、聞いてない」
「ああ、ベオグラの禊期間中やったから、嬢ちゃんたちも忙しくしとったな」
でも、その期間もわたしは毎日、ワカと会っていたのに。
「大神官がいない時を狙う辺り、姑息だな」
「ミオはきっついな~。せやけど、そこは当然やろ? どう見たって、アイツが一番の障害や」
楓夜兄ちゃんと水尾先輩が何か言っているけど、わたしの頭には入ってこない。
声がただの音として耳に届き、聞き取ることができなかった。
「で、なんて言ったんだ?」
「自分、えらい趣味、悪いなあ。まあ、減るもんやないからええけど。ケーナには自分の身分と魔名を明かした上で、『結婚してほしい』言うたで」
「直球だな」
「分かりやすいやろ? 誤解のしようもない」
「で、ふられた……と」
「正しくはフラれたっちゅ~より、『今は考えられん』って断られたんよ」
「ジギタリスの第二王子と結びつくと、若宮の立場がしっかりしちまうからな」
「ああ、やっぱり、ミオもそう思うか?」
まだ二人が何か言っている気がするけど……、頭に残らない。
「水尾さん、すみません。展開が急すぎて、高田の思考がついてきていません。オレもちょっと説明が欲しいです」
「……みたいだな」
そんな九十九の言葉の後、水尾先輩が楓夜兄ちゃんと雄也先輩を見て、肩を竦めたのだった。
話の構成上、次話は18時更新予定です。
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