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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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緊張する少女

「初めまして、異国のお嬢さん」


 その神官は真っ青な服を身に着けていた。


 実年齢は七十とされているが、その外見は四十代でも通じるだろう。


「初めまして。今回はよろしくお願いいたします」


 黒髪の少女は丁寧にお辞儀をする。


 その表情は、緊張からか酷く蒼い。


 ―――― 珍しいな。


 少女の付き添いである黒髪の少年は思った。


 先ほどまで支えていた手は、この部屋に入った途端、小刻みに震えていたのだ。

 以前、封印を解呪するためにも震えていたが、それとは明らかに違う種類のような気がする。


 怯え……、それも恐怖に近い。

 しかも、不快感も混ざっている。


 先ほどまではなんともなかったのに少女の様子が明らかにおかしい。


 少年は初めて会う高神官を見る。


 自分や、同じように傍にいる兄に対しても敵意は見当たらない。

 少女に対する目は……、神官らしく慈愛に近いと思う。


 警戒するようなものは……、多分、ないと少年は判断した。


 一瞬、自分の中で何かがひっかかったような気がしたが、それは彼の気のせいだろう、と。


「神よりお気に召されたとか。それも無理もないことでしょう。このように愛らしいお嬢さんですから」


 歯の浮くようなお世辞。


 それは神官では珍しくもない。


「大神官様もお忙しい身だというのに……、もっと、早く私を頼ってくだされば……」


 そう言いながら、神官はいそいそと椅子に座る。


「さあ、お嬢さんもそこにお座りください」


 にこやかに笑う神官。


 それは傍目には素晴らしい笑顔だったが、少女の背筋にはゾッとしたものが走った。


 ―――― 座りたくない。


 それは本能的なもの。


 この場にいる男二人が感じられない程度のものかもしれないけれど、その笑みが向けられた自分だけには感じられる恐怖があったのだ。


 今まで、敵意も害意も殺意すら少女には向けられてきたことがあるが、そのどれとも違う。


 そこにあるのは確かに慈愛の心。

 守護や、加護と言った相手を慈しむ心。


 だが……、それが妙に怖いものに思えた。


「どうした?」


 様子がおかしい少女に少年が尋ねる。


「えっと……」


 だが、それをうまく言葉にできない少女。


 今までにない感情に戸惑いは隠せない。


「そこの少年。お嬢さんに近づきすぎですよ。そこの青年も。もう少し離れてください。今から、状態を見させていただくのですから」


 神官からそう言われては、兄弟は少し離れるしかない。


 だが……、何故か、「もっと」「さらに」と距離を追加され、最終的には部屋の入口まで追いやられてしまった。


「兄貴、どう思う?」

「…………」


 流石に不安を覚えた少年の問いかけに、青年は無言を返す。


「さて、可愛らしいお嬢さん。お座りください」

「……はい」


 頼りになる護衛は距離をとられ、少女は観念したかのようにその椅子に座る。


 黒い髪の少女は、なんとなく、鳥籠に入れられたような自分を想像した。


「その黒髪は地毛ですか?」

「い、いいえ! 本当の髪も黒いですけど、これは長くしています」

「ああ、なるほど。では、少しだけその()れ髪を外していただけますか?」

「へ?」

「貴女の本来の髪を見てみたいのです」


 一見、普通の会話。

 しかし、随所に違和感が残る。


 それでも、少女は素直にウィッグを外した。


「これはこれは!」


 老神官は大袈裟なまでに驚く。


「隠していることが勿体ないほど、美しい御髪(おぐし)ですね。触れてみてもよろしいでしょうか? 何……、神に仕えるものとして、法力の元となる髪というものに興味があるだけですよ」


 少女はその言葉に悲鳴を飲み込む。


 なんとなく、この御年(おんとし)七十の神官に、肉食獣の鋭い眼光を見た気がしたのだ。


「兄貴、どう思う?」

「…………」


 先ほどよりも強い口調の少年の問いかけに、青年はまたも無言を返す。


 その間に観念した少女は素直に、髪に触れる許可をした。

 自分の頭を艶めかしく動く指。


 それはとても大切なものを扱うような仕草ではあるのだが、少女はその一撫でごとに、背筋が伸びる気がした。


 ―――― も、もう……、なでなでなんて絶対にしない!


 人からされて初めて分かる相手の気持ち。

 確かに絶叫して逃げだしたくなるのはよく分かった。


 少女は、拳を握ってぐっと堪える。


 しかし、これはまだ序の口だった。

 少女は髪を撫でられに来たわけではなく、身体の調子を見てもらいに来たのだ。


 少年たちから見れば、柔和な笑みを浮かべた神官が、少女を愛し気に撫でる図であるはずなのだが……、実際、それをされている少女の思いはたった一つ。


 ただただ「早く終われ! 」だった。


「さて、お嬢さん。そろそろ診ましょうか」


 その言葉で、少女の血の気がザっと引いた。


 髪を撫でられただけでも、この状態なのだ。

 肌に直接触れられたのなら、どれだけの悪寒が身体中を全力疾走することだろうか。


「ひ、左手首だけでよろしいでしょうか?」


 声を上擦らせながら、少女は神官に上目使いをする。


 その言葉に神官は細い目を丸くし、笑顔で首を振る。

 すなわち、拒否だ。


「可愛らしいお嬢さん。神喰(シンショク)というものは、貴女が思っている以上に危険な状態なのです。大神官様の御力があっても停滞させることしかできない。それも完全なものではありません」


 神官は笑顔を携えながら、そう答える。


 少女は、後ろに控える護衛を見た。

 彼らは離れているため、自分の表情が見えていないかもしれない。


 部屋は薄暗く、光は、この場所にほんのり灯っているだけなのだ。

 大神官と二人の時にこんな思いをしたことはない。


 でも、このままでは精神が持たない。

 自分の魔気が暴走しないように必死で抑え込む。


 その少女の反応をどうとらえたのか。

 神官が手を伸ばして、彼女の左手首を掴んだ。


「ひっ!!」


 突然の神官の行動に、思わず少女は短い悲鳴を上げたが、神官は気にせず、少女の左手首をみる。


「ああ、痛々しい。このように滑らかで美しい白い肌に、毒々しい気配……。これは……、しっかりと隅々まで見なければ……」

「も……」


 そこで少女は我慢の限界に達した。


「もう無理ぃ~~~~~っ!!」

「このド変態が――――!!」


 少女の悲鳴と、少年の怒号が重なる。


 高位の神官と言っても、王族の手加減なしの魔気など、まともに受けたことなどないだろう。


 さらに、そのまま少年も「誘眠魔法」を叩き込む。

 他の攻撃系魔法でなかったのは、せめてもの理性だったと言える。


 そして、青年は、そんな二人の行動を予測していたのか、既に制限区域魔法を使い、被害を最小限に留めていた。


「が、我慢できなかった」


 少女は息を荒げながらそう言った。


「いや、正直、あそこまでよく耐えたと思うぞ」


 少年は、少女の左手首を掴み、「洗浄魔法」を施す。


 彼の顔は分かりやすく不機嫌だった。


「こ、この部屋入って、目を合わせた途端、信じられないほどの悪寒が走った。こんな経験、初めてだったよ」


 少女は洗浄の光を見つめながら、左腕の袖をまくり上げた。


 その左腕の色白できめ細やかな肌には、不似合いなぶつぶつしたものが並んでいる。


「すっげ~、鳥肌だな」

「心底、嫌だったからね」


 あの瞳で見られるのも、あの口で語られるのも、自分に触れられるのも本気で嫌だったと少女は言う。


 彼女がここまで初対面の人間を毛嫌いするのは恐らく、15年ほどの人生において、初めてのことだろう。


「生理的嫌悪感ってやつかな……。わけもなく嫌なんて感情。なんか嫌な人間になっちゃった気がする」

「高田……」


 少年はどう声をかけて良いか分からない。


 確かに言動は妖しかったが、それでも、会った瞬間にそこまでの感情を少年は持たなかったからだ。


 そして、同時に、この少女にもそう言った危機意識は働くのだなと感心もしていた。


「気にしない方が良い」


 それまで無言を貫いていた青年がようやく口を開く。


「神官と言うのはある意味閉鎖的なところがあるからね。この場合、栞ちゃんは何も悪くない」

「どういうことだ?」

()()()()()()()()()がいたから、()()()()()()のだろう」

「「は? 」」


 青年の言葉に二人が目を丸くして固まる。


「この女が好みってどんだけ少女趣味なんだよ!?」


 いち早く復活した少年が青年に向かって言う。


 いつもならそこで彼の言葉に対して「酷い」と思う少女だが、今はそこまでの感情が働いていないらしい。


「少女趣味とは少し違うと思うぞ。この方は、孤児たちに対して普通の接し方をしていらっしゃる。そこで特に問題なかったから、依頼したはずだからな」

「それとわたしのこの悪寒は何の関係が?」


 自分の身体を守るように、少女は自分の両腕を掴んだ。


「栞ちゃんは、七十歳は恋愛対象になりえる?」

「……少なくとも、この人には無理でした」

「だから、身の危険を感じたのだろうね」


 青年は肩を竦める。


 少女ではなくても、55歳も差があれば、多少若く見える魔界人でもご遠慮願いたいと思うことだろう。


「身の危険レベルか……。発情期じゃなくて良かったな」

「……発情期ってこれ以上なの?」

「理性が完全に吹っ飛ぶから、さっきみたいに問答はできないらしいぞ」

「うわあ……」


 少年の言葉に少女はゾッとした。


「老いらくの恋……か。話に聞く分には良いが、実際に好意を向けられると……難しいということかな」


 そう言いながら、青年は倒れている老神官を抱え上げる。


「どうする気だ?」

「勿論、他の方に替えていただく。私情を優先するような神官など論外だ」


 青年は冷たく言い放った。


 ―――― 合掌。


 少年は、名前も知らない神官に手を合わせるのだった。


 まあ、そんな理由から、少女の状態は、高神官最高位の「赤羽(せきう)の神官」が行うことになった。


 神官としては珍しく妻帯者であり、かなりの愛妻家と評判なので何も問題はないだろう。


 そして、後日。


 「()()魔法」から目が覚めた「青羽の神官」から巨大な花束が少女に届いたのだが、丁寧に突き返すこととなる。


 偶然、少女の近くにいた王女殿下の罵声と共に投げ返されたとも言うのだが。


 どうやら、彼にとっては初恋だったらしい。


 艶やかな黒髪。

 瑞々しくも白い肌。

 花が綻ぶような薄桃色の唇。

 そして清らかな魔力を持つ大人になり切っていない少女。


 そんな娘に出会ったのは初めてだったそうな。


 それでも、少女にとっては良い迷惑だったことだろう。


***


「なあ、兄貴」

「なんだ?」

「オレは間違いなく()()()()()使()()()()()だが……」


 少年は気になっていたことを兄に確認する。


「間違えたのだろう」


 そんな弟に対し、兄は素っ気のない言葉を返す。


「そうか……。間違いか……。契約したけど、まだ使えなかった魔法があの場面で間違えて使えたとは、不思議なこともあったものだな」

「……単なるまぐれだろう」

「そうだな。()()()使()()()()、オレはまだ使えないはずだもんな」


 そんな白々しい兄弟の会話が、少女の知らない場所で交わされたとかなんとか。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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