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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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定期診察

「魔力は正常に流れていますね」


 恭哉兄ちゃんは、わたしの手を取りそう言った。


「左手首の方は?」

神喰(シンショク)は治まっています。早めにクレスが気付いたことは本当に良かったですね」

「うん、本当に楓夜兄ちゃんには感謝だね。でも……、神官職としては、神さまに目をかけられるって素晴らしいとか思わないの?」


 人間界では神に近づくために祈りを捧げるって宗教もあった気がする。


 神に目を付けられ、じわじわとその魂が染め上げられていくというのは、ある意味その理想形ではないだろうか?


「思いませんね」

「およ?」


 恭哉兄ちゃんは即答。

 それがなんか意外だった。


 それが何故かを問い返す前に……。


「……栞さん、言葉を変えましょうか?」


 不意にそんなことを言われた。


「ほ?」

「数分後に姫が来ます」


 扉に目線を向けながら、恭哉兄ちゃんはそんなことを言った。


 どうやら、こちらに向かってくるワカの気配がするらしい。

 でも、なんで分かるんだろう?


「……承知いたしました」


 わたしは頭を下げる。


 恭哉兄ちゃん……、いや、大神官さまは再び、わたしの左手首から左腕に真剣な眼差しを向けた。


 普段は綺麗な人なのだけど、わたしのシンショク部分を見る時の顔はすっごくかっこよくてドキドキしてしまう。


 いや……、日頃とのギャップってやつだね。


 海のような青い瞳が、少しだけ緑がかった(あお)に変わっていくのは本当に不思議だと思う。


「大神官さまの瞳は綺麗ですね」


 そんな瞳を見ていたためか、思わず、そう口にしていた。


「そうですか?」


 不思議そうな顔でわたしを見る恭哉兄ちゃん。


 もう既に瞳の色はいつもと同じ色になっていた。


「はい。元の瞳も。色が変わっていくところも、変わった後も、綺麗だと思います」


 そんなわたしの言葉に、大神官さま……、恭哉兄ちゃんは一瞬だけ目を丸くした気がする。


「……私の瞳の色が変わっていますか?」

「はい。クレスが精霊を呼び出す時も瞳の色が変わりましたが、それに似ているなと思いました」

「瞳の色が……それで……?」

「大神官さま?」


 何やら、考え込まれてしまった。


 わたし、気が付かないうちに変なことを言ってしまったのかな?


「失礼いたしました。私は自分の瞳の色が変わっていることを知らなくて……。それは、法力を使う時……でしょうか?」

「毎回ではないと思います。確か……最初に大聖堂に来て、クレスが暴走しかけた時は変わっていませんでした。でも……、この法珠を造ってくださった時は変わっていた気がします」


 一生懸命思い出してみる。


 恭哉兄ちゃんが知らないってことは無意識だということだ。


 まあ、自分が法力使用中に鏡なんて見ていないだろうから、もし発生条件が法力ならば、単純な話だと思う。


 でも……、楓夜兄ちゃんの暴走を止めた時は変わってなかった。


 あれ? と思ったのは確か、法珠の時だったのは間違いない。


「それ以外では?」

「この定期検診の時は、毎回変わっている気がします。だから、自然現象かと思っていました」

()()()()()()()……ということですね。分かりました。教えてくださって、本当にありがとうございます」


 ああ、なるほど。

 毎回じゃないのはそういうことか。


 この法珠も、変な神さまがわたしにシンショクしていたから付けられたのだった。


「普通に法力を使う時は、その神力というものに触れるわけではないのですね」

「はい。神の御力に直接触れる機会は多くありません。ただ栞さんの場合は、その左手に宿り続けている状態です」


 そんなすごい状態だったのか。

 神さまの力が宿っている、とな?


 シンショクって……、単純にわたしが殺されるだけの話かと思っていたのに。


「昔、私の瞳を見て、小さな子供に大泣きをされた覚えがあります」

「へ?」

「その時は、私の目つきが怖いだけだと思いましたが……、瞳の色が変わっていたのですね。確かにそれは不気味で怖かったことでしょう。改めて、申し訳ないことをした、と思います」


 不気味?

 不気味かなあ?

 すっごく綺麗なのに。


 ああ、でも、小さな子ならびっくりして大泣きしちゃっても仕方ないのか。


「大神官様の瞳は本当に綺麗ですよ。その変化を毎日楽しんでいるわたしが保証します!」


 わたしは胸を叩いた。

 なんとなく恭哉兄ちゃんが落ち込んでいる気がしたのだ。


「小さな子だったなら、あまりにもびっくりして泣き出しちゃっただけですよ。その子も後で、悪かったと思っているかもしれません」


 さらにわたしは力説する。


 小さな子でも綺麗なものは綺麗だと分かるはずだ。

 成長の早い魔界人なら幼児だって、大人並の思考をする。


 それが、どれぐらい小さな子だったのかは分からないけれど、単純に驚いただけだと思うのだ。


「あ……。そろそろワカが来るかも、ですね」


 そう言いながら、わたしは左手の袖口を戻す。


 この国では手足の露出は好まれない。

 首に関しては法具、神具の関係でそこまで厳しくはないそうだけど。


 それに大神官と言っても、相手は異性だ。


 この国の王女であるワカにとっては、検診と分かっていても肌を見せている状態はあまり良くないと思われる。


 幼い頃から刷り込まれている倫理感は理屈じゃないと雄也先輩にも教えられているのだ。


「栞さん」


 不意に恭哉兄ちゃんに呼びかけられて、動きが止まる。


「はい?」

「少しの時間、貴女にご無礼をよろしいでしょうか?」

「無礼?」


 その言葉の意味を深く考える前に、わたしは恭哉兄ちゃんに抱きつぶされていた。


 なんですか!?

 この少女漫画のような展開は!?


 多分、配役がいろいろ間違ってる!!


「ありがとうございます」

「ふぶっ!?」


 圧縮されているため、まともな言葉にならない。


 な、何のお礼でしょうか!?


 え?

 抱き締めていること!?


 いやいやいや!

 多分、なんか、いろいろ、おかしい。


「やはり……、貴女は私の……導きの女神ディアグツォープです」


 突然のことに大混乱しているわたしに、恭哉兄ちゃんは優しく甘い声でそんな言葉を口にする。


 なんだ、この糖分過多な響き!!


 雄也先輩に負けてない!

 この人、わたしを太らせる気か!?


「ディア……?」


 その言葉を口にしかかって……ふと気付く。


 なんだろう?

 その言葉……その女神さまの名前? に、覚えがある気がする。


 あれは確か……、ここに来る前……、ああ、夜の港町だ!

 なんかあの紅い髪の人が、そんな小難しい発音をしていたような?


 でも、あの時は神さまの話は全然、してなかった。


 ……って、よく考えたら、なんで、今、あの時のように抱き締められているのですかね!?


 なんか軽い女みたいですっごく嫌なのですけど?

 魔界って、異性宛の抱擁はただの挨拶ってことですか?


 いや、落ち着こう。

 深呼吸、深呼吸。


 この恭哉兄ちゃんは、初対面の女性を躊躇なく抱きしめるような楓夜兄ちゃんと違ってそんなスキンシップを多用するタイプではない。


 これはあれだ。


 もしかしなくても、感極まってってやつじゃないのかな?

 それだけ自分の瞳が変わっていたことを知ったことが嬉しかったのかもしれない。


 ……あれ?


 でも、似たようなタイプの真面目少年にもわたし、つい最近、抱き締められていませんでしたっけ?


 つまり、男は皆、オオカミだ?

 カミの国だけに?


 ……うん。

 頭、冷えた。


「失礼いたしました」


 そう言って、恭哉兄ちゃんはわたしを解放し、わたしの前髪を掬い上げる。


 そして、いつかのグラナディーン王子殿下のようにその髪に口づけをした。


「貴女に、最大の感謝を」


 くそう!

 美形はお得だ。


 そんな風にこの至近距離で微笑まれたら多少のことなら許してしまう。


 いや、大神官からの抱擁ってある意味、かなりのご褒美じゃない?

 なんか特殊な加護や祝福を授かりそう。


 ありがたや、ありがたや?


「そ、そこまでのことは何も……」


 混乱した頭でずっと、アホなことを考え続けていたせいか、頭がくらくらして、恭哉兄ちゃんに対して、それだけ言うのが精いっぱいだった。


「貴女にその意識はなくても、私は何度も救われています。しかし……、申し訳ありません。貴女は異性でしたね。無闇に触れてはいけませんでした」


 そう言って恭哉兄ちゃんは頭を下げる。


「だ、大丈夫です」


 抱擁、甘い言葉、前髪への口付け、さらに深い謝罪。

 見事な流れだ。


 わたしに余計な反応をさせる前に全て進めた。


 実は、慣れているね? 恭哉兄ちゃん。

 わたしはそう思った。


 そして、それからしばらく待っていたが、ワカはこの部屋に来なかった。


 珍しいこともあるものだ。

 よく当たる大神官さまの勘も外れたってことなのかな?


 その時のわたしはそんな呑気なことを考えたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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