結界の変化
「結局、何も分からなかったな」
オレは溜息を吐いた。
大神官から渡された、この指輪のことをこの国の王女である若宮に聞こうと思ったが、何故か話が違う方向へと転がっていたことだけは分かる。
「いや、ワカは多分、知ってると思う」
高田がそんなことを言った。
「は?」
「……ってことは、誰かに口止めをされてるのかな……」
しかも、そう言葉を続ける。
「なんでそう思った?」
オレは、若宮の言葉に嘘はないと思ったのだが、高田は違うらしい。
「好奇心が強いワカが昇段試験って面白そうな非日常を全く調べていないとは思えない。そして、ワカが素直に従うなら大神官か、兄王子殿下の依頼……かな? だから、嘘を吐かない程度に、適当に話を逸らしていたんだと思う」
彼女は自分の考えを整理するかのようにそう言った。
「なんで、お前はその時に突っ込まないんだよ」
「始めから話す気がない人間の口をどうやって割らせるの? 極秘試験ならその内容については絶対に話さないと思うよ」
確かに……、王女相手に下手な尋問もできるわけがない。
オレたちは彼女の友人とは言っても、それは人間界での話であって、この国でははっきりとした壁があるのだ。
「それに……、部屋から出る時に、ワカが言っていたでしょ? あの言葉が妙に引っかかっているんだよ。」
「あの言葉? 何のことだ?」
部屋から出る時?
何も特に思い当たることはない。
「部屋を退室時に、わざわざ呼び止めて、『笹さん、幸運を祈る』なんて……、ワカにしては珍しくない?」
「そうか?」
人間界にいた時にはよく言われた気がする。
だが、あの頃は「Good luck」ではなく、「Bonne chance」て言われてたな。
一般的に知られている英語じゃない辺りが、彼女の性格を表している気がしてならないと思っていたが、グランフィルト大陸出身者ならそれは納得できることだった。
その彼女と従姉妹という立ち位置にあった高瀬は、常に「Good luck」と言っていた覚えがあるが。
「あれって、ワカが『頑張れ』って言いたい時なんだよ」
「まあ、意味合い的にも間違ってないと思うが?」
「じゃあ、何について、『頑張れ』ってことだと思う?」
高田が真剣な顔をしてそう言った時だった。
オレが、その気配に反応するより先に……、真横から爆風が起こる。
「ん?」
「うおっ!?」
オレは突然のことに思わずよろめいたが、その発生源自身はきょとんとした顔をしている。
そして……、その場で倒れている灰色衣装の神官の姿。
恐らく、さっき感じた気配の主と思われる。
「えっと……? もしかして……、わたし、やっちゃった?」
困ったような顔で、彼女はオレを見る。
「いや、やられるところだったのかもな」
オレは、伸びている神官を確認した。
こいつの意識は吹っ飛んでいるようだが、外傷はない。
脈も呼吸も不自然ではないので大丈夫だろう。
高田の魔気による自動防御が発動したのだ。
でも、その危険度は低いと判断したのか、そこまでの魔力を放出していなかったのは幸いだと言えるだろう。
すぐ近くにいたオレを吹き飛ばすこともなかった。
彼女の「自動防御」は、最短時間で発射されるためか、オレが反応して対処するよりかなり早い。
この防御、臨戦態勢になっていないのに、本人が反応するより先に自動的に出てくるってどれだけ有能なんだよ。
護衛としては助かる反面、一歩間違えれば自分も吹き飛ばされる。
護衛が主人に吹き飛ばされていては話にならないだろう。
大分、調整ができるようになっても、不意打ちだとそれなりに威力が出るようだ。
この辺り、そろそろ対策を考えないといけない。
「灰色の衣装は……、準神官だっけ?」
基本的に神官たちの中で雑務をこなしているのは黒色衣装の見習神官だが、彼らは大聖堂の会堂までは入れない。
立ち入ることができるのは大聖堂の通路までであり、大聖堂内の部屋に入ることは許されていないらしいのだ。
だからこそ、若宮も変な仕掛けを大聖堂ではなく、ストレリチア城内にある大神官の部屋の一つにしていたという事情があったことを、後から知らされたのだが。
あの女は常識がない割に、変なところで規則を守るんだよな。
完全な悪人ならもっと対処しやすいのに。
だが、余計なことを考えている暇はないようだ。
「……また来たぞ。今度は手を出すな」
「ふへ?」
通路を曲がったところに、その灰色衣装の神官はいた。
何故か網を持っていやがる。
反応される前に、とっとと眠らせた。
「結界の種類が変わっているな」
「ど~ゆ~ことなの?」
いつもの結界と種類が違う。
若宮の部屋に入る前と出た後では、まとわりつく空気が変わっていた。
「恐らく……、多少、攻撃的な魔法も使えるようになっている」
「いや、それ、国の警護はどうなってる? って話なんじゃないの?」
「なるほど、神官たちが指輪を奪いに来るってことか」
「いやいやいや! それで納得したら駄目でしょう?」
その声に反応したのか、通路内の気配が格段に増えた。
感じる気配は、どれも、分かりやすく攻撃的な気配がする。
「高田……、とっとと部屋に戻るぞ」
「ふえ!?」
オレは、高田の手を引いて、部屋の入り口に転移した。
こんな危険な場所に、彼女と一緒にいれるかよ!
****
「えっと……、状況について何か分かった?」
「椅子取りゲーム形式の試験が開始されたってことだろう。オレが最初から椅子に座ってるから、蹴落としに来たってところか。相手から奪うことは許されているらしい」
これまでの話と状況からそうとしか思えなかった。
「いや、そんな気はしたけど、強奪って神官としてどうなの!?」
「結界の種類が変わっているから、大聖堂、城も公認だろうな。なるほど……。確かに、お前が言っているように若宮も知っていることなのかもしれん」
「そんなところで納得されても!」
どうやら、高田は納得できないようだ。
「でも……、こんな試験が普通にあるなら、城下で少女を拉致するってことに抵抗がなくてもおかしくないかもね」
「そうだな」
自分たちが考えている常識に当てはめてはいけないことはよく分かった。
そして、神官たちは、目的のためには手段を問わないよう教えられている可能性がある。
それが神の教えなのか。
行き過ぎた信仰心の結果なのかは分からないけれど。
「そんなわけだから、お前はここにいろ」
「……ど~ゆ~こと?」
オレの言葉に、高田は目を丸くする。
「オレはちょっと遊んでくる」
「なんで!?」
「実戦にはちょうど良いだろ? 他人との模擬戦なんて、滅多にない機会だ」
「……あなたのその発想もどうなの!?」
高田が呆れたのが分かった。
だが、兄貴以外の相手と模擬戦ができる機会などそう多くはない。
水尾さん?
あの人相手にオレに何ができる?
オレは王族ではないのだ。
規格外の人間の相手など務まるはずもない。
「お前を巻き込まない実戦の場ってある意味、理想だぞ」
「既に巻き込まれているのだけど?」
「どちらにしても、この指輪を持っている以上、狙われるのは決定しているみたいなんだ。そして、護りに入るのはオレらしくねえ! それならば、迎え撃つ!」
「それ、対象を護るべき護衛としてはかなりの問題発言だよ。つまりは……、九十九もストレスが溜まっているわけだね」
「……そうかもしれない」
ここのところ、ずっと若宮に胃をやられている気はしていたんだ。
少しぐらい、ストレス解消させてほしい。
「でも、ストレス解消のつもりが、かえって九十九のストレスが溜まってしまう結果にならないと良いとは思うけど……」
高田が妙なことを言った。
ストレスが溜まる?
魔法はぶっ放せるし、城下の時と違って相手の目的も分かっているのだから、下手に考える必要もない。
来る敵をぶちのめす!
かなり分かりやすいというのに。
「オレがやられるかって話か?」
「いや、そっちは心配してない。でも……」
そう言って、高田は少し考えたが、オレに笑顔を向ける。
「まあ、いいや。大神官さまがワカ曰く苦手な演技をしてまで九十九に授けたその指輪。神官たちに簡単に奪われないようにね。相手は準神官だから、見習神官たちよりは実力も上だと思うよ」
「お、おう」
そのいきなりの変化にオレは戸惑ったが、気にしないことにした。
その時、もっと高田の言葉を真剣に考えるべきだったのだが……、オレは深く考えなかったのだ。
彼女の心配事は、見事に的中し、オレはさらにストレスを溜めることになる。
でも……、あんなのオレに予想できるはずがないだろう?
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