一芝居打つ
「何でも疑われるのは本気で心外なんだけど」
ワカは不機嫌さを隠さずに言った。
「それってアレでしょう? 準神官の試験。数日前から、ベオグラがクレスと一生懸命、倒れる練習をしてたわ」
「……わざわざ練習してたのか」
「でも、なんでクレス?」
わたしは疑問に思った。
「面白そうだから見学って言ってたわ。でも、ベオグラの倒れ方って下手くそだったのよね。クレスはなかなかうまかったけど。本番ではうまくできたのかしら?」
ワカはそう言いながら、九十九をチラリと見た。
「少なくとも、準神官たちは騙されてたぞ」
「ベオグラが芝居打つなんて疑いもしてなかったでしょうからね。多少、下手でも、脳内フィルターってやつがガッツリ嵌ってるはずよ。歴代大神官で性格が良かった人間なんていないのに、それを知らない世代が多いから」
ワカは大袈裟に溜息を吐く。
「あの場にいた連中より、若宮の方が若そうだが?」
「年齢はね。でも、こう見えても、私、先代大神官とも先々代の大神官とも面識はあるから」
ワカは得意げに笑う。
「試験の内容って……、ワカは知ってるの?」
「基本は知らない。でも、兄さまは知っているかも。年に一度ある昇格試験に関しては、王族は神官たちの手伝いもするから」
「若宮はしないのか?」
「したわよ。大根神官の演技指導」
「『大神官』の文字に変な言葉が付いたぞ」
「事実だから仕方ない。笹さんも騙されたわけでしょう?」
ワカがニヤニヤしながら、九十九に確認する。
「……倒れた瞬間は見てねえ。でも……、意識を失った人間にしては不自然なところがいくつもあったとは後からになって思う。何より体格の割に、運びやすかったからな」
まあ、九十九は意識を失ったり、脱力状態のわたしを何度も運んでいるからね。
「まあ、実際は意識があるから仕方ないけど、筋肉の弛緩だけは見た目だけ真似できても難しいのよね~。実際、本物を知っている人を騙すことなんてできないわね。触れられたら一発で分かっちゃうから」
ワカは溜息を吐く。
「で、この指輪はどうすれば良いんだ?」
「試験については分からないけど、護れってことは、奪いに来る人間がいるのでしょう? ああ、高田の薬指に嵌めたら? 一石二鳥じゃない?」
「……だそうだが、どうする?」
「いや、わたしに聞かれても」
なんでこんな形で薬指に指輪を嵌めなきゃいけないのかという疑問はある。
そして、何より、ワカが妙に笑顔なのが気になった。
「ダメねえ、笹さん。そんな時はこうして高田の手をとって……」
そう言いながら、ワカはわたしの手を握ると……。
「愛しているよ、シオリ」
声色を作りながら、手の甲にキスをした。
「ごめん、そんな九十九、無理」
しかも、フランス語だし?
そこは英語とかでも良かったのではないだろうか?
「あら、つれない。でも、やってみて、笹さん」
「本人、嫌がるのを分かっていてやらせる理由が分からん」
「私の娯楽ですよ。当然じゃない」
ワカはそう言いながら笑顔で応える。
先ほどのワカがしたことを九十九がする?
無理無理無理!
雄也先輩は似合いそうだけど、九十九には絶対、似合わない。
背中辺りから変な悪寒がする。
「まあ、からかうのはこれぐらいにして……、私としてはここからが本題なんだけど……」
そう言いながら、ワカがわたしと九十九に鋭い目線を送る。
「私の個人情報を漏らしたのはどちら?」
「個人情報?」
はて?
何のことだろう?
九十九も分からないみたいだ。
「なんで、ベオグラは私が人間界で演劇やっていたことを知っていたの? ヤツには話してないのに」
「そんな話はした覚えがないけど……」
「クレスじゃねえか? オレも話してない」
「彼は違うって言っていた。じゃあ、一体、どこから?」
ワカが考え込む。
本人が言ってなくて、それを知る人間たちも誰も言っていないのなら、考えられることは一つしかない。
「……たまに部屋で『外郎売』を唱えているからじゃないの? もしくは『アメンボ赤いな』とか?」
「え? 何故それを!?」
わたしの言葉に、ワカが驚愕の声を上げた。
「たまに聞こえる。テラスにいた時とか」
「な、なんですって!? それは、かなり、はずい……」
ワカはたまに部屋で「外郎売」や「発声練習」をしているようだ。人間界の演劇で根付いた習慣なのだろう。
実は、温泉旅行に行った時も、こっそりやっていたのを見ていた。
「『外郎売』ってなんだ?」
「演劇の活舌練習用の長文かな。アナウンサーとかも練習しているらしいよ」
「薬屋さんの話。万能薬を飲むと舌が回りだして早口言葉も何のその。だからこの薬買わない?ってやつ。確か歌舞伎か何かが元だったはずだけど……」
出典元が歌舞伎だったってことは知らなかった。
そして……あの早口言葉にそんな意味があったとは……。
いや、流し聞いていただけだったから、その意味について深く考えたことはなかったのだ。
「あ~、だから、ベオグラが『姫の活舌は薬師如来のご照覧によるものですか? 』と言っていたわけだ」
「……それ、思いっきり、聞かれてるじゃないか」
確か後ろの方に「薬師如来も照覧あれと」いう文章があったはずだ。
わたしはあの長文を暗記までしていないが、それでも、ワカが覚えるのに付き合ったから何度か原文は読んだことある。
つまり、それだけ恭哉兄ちゃんに聞かれているかってことか。
少なくとも、一回、二回聞いたぐらいでは覚えられないだろう。
あれは本当に長すぎるから。
しかし……、大神官という宗教もまったく違う人の口から「薬師如来」なんて言葉が出てきたなら、ワカはびっくりしたことだろうね。
でも、そこで何故、追及しなかった気になるところではあるのだけど。
「……と言うか、この城、そこまで音が漏れるのか?」
「人間だって鍛えれば、結構な範囲まで声は届くよ。ワカは発声練習を習慣にしていたし……、魔界人だからね」
外に出ると聞こえているから、窓を開けているのかもしれない。
「……大体、なんで、今も発声練習してるんだよ。演劇やってないねえのに……」
「ストレス解消! 決まってるじゃない」
「それで、結果、ストレスがたまったわけだろ? 完璧な自爆なのに、人のせいにして……」
「ぐっ! それはそれ! くっ……。ベオグラのせいで、笹さんに突っ込まれたじゃない」
そう言いながら、ワカはさらに、ここにいない人のせいにしている。
「なんで、演劇やってたことを知られたくなかったの?」
「……まあ、いろいろとあるのよ。面倒な事情とか、厄介な実情とか、煩雑な実態とか複雑な実相とか」
ワカは早口でそう言い切った。
「言葉変えてるけど、意味は似たようなもんだよね」
「よく聞き取れたな」
「ワカは活舌が良いから」
「くっ! こんなところで練習の成果が出てしまうとは! 高田の時々舌足らずになる活舌が羨ましい!!」
「悪かったね。どうせ、活舌はよくないよ」
「言われてみれば……、時々、変だよな。お前の言葉。魔法の詠唱とかもなんかおかしいし」
「高田も演劇の練習する? 活舌良くなるし、芝居も上手くなる。そして二人で、ストレリチアの星になろうよ。」
「何故?」
「一人じゃつまらないから。ああ、笹さんもいると良いね。男役者がいると、芸の幅が広がるわ~」
「悪いが、他を当たれ」
「つれな~い。ああ、クレスなら誘えば、乗ってくれそうね。倒れる演技もベオグラよりはうまかった」
「クレス? なんで?」
不意に楓夜兄ちゃんの愛称が出てきて聞き返す。
「言わなかったっけ? ベオグラの演技指導の時、近くにいたから」
「そう言えば……、言ってたな」
「芝居の上手い男なんて、うさんくさいだけだけどね」
「おい、元演劇部?」
九十九がそう言いたくなる気も分かる。
「そう言えば、クレスとはどんな関係なの? 連れとは言ってたけど、魔界に来てからの関係でしょ?」
「いや、私とは大阪で知り合ったの」
「ああ、そう言えば彼は大阪にいたって言ってたわね。なるほど、五年だか、六年だかにあのたこ焼きのキーホルダーをもらった時か」
「……ベタだな」
「高瀬にはお好み焼きのキーホルダーだった気がする」
「ふ~ん……。なるほど……ねえ……」
そう言うワカの口元はどこか綻んでいる気がした。
「……若宮。嬉しそうだな」
「うん」
九十九もそれが気になったようで、わたしに同意を求める。
「え~? 謎が解けた時ってすっきりしない?」
その声が聞こえていたようで、ワカはにんまりと笑った。
「こちらはわけが分からんことに巻き込まれそうなのでモヤモヤしてるんだがな」
九十九は自分の薬指を見ながら、溜息を吐いたのだった。
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