企む人たち
「栞さん、水尾さん。申し訳ありませんが、少々、お時間がありますか?」
大聖堂から地下に向かう時である。
珍しく、そこの主に呼び止められた。
「何でしょう?」
水尾先輩が恭哉兄ちゃんに向き直る。
「王子殿下が、地下のお二人の様子を見学させていただきたいそうです」
「はあ!? この国の王子は暇人ですか?」
水尾先輩は、相手が大神官であっても遠慮なく言い切った。
「いえ……、見習神官の試験に使えないかと思われたようで」
「グラナなら、大丈夫だろうけど、耐性がない神官たちは死ぬからやめた方が良いとお伝えください」
何気に恐ろしいことを言う水尾先輩。
ちょっと待ってください?
死ぬって何のことですか?
わたし、あなたの魔法を毎日、食らってるのですが!?
「結界を張っても無理か? ミオルカ」
大神官の背後にある準備室みたいな部屋から声がして、王子殿下が現れる。
「……いたのか。結界の種類による。まあ、グラナの目で見て判断してくれ」
そう言って、それ以上、余計なことを言わずに水尾先輩は大聖堂の祭壇の裏に隠されている地下へと降りて行った。
「えっと? 行きますか?」
残された側としては、そう言うしかない。
「王子殿下、どうされますか?」
「行くに決まっているだろう。魔法国家の王女の魔法など、見る機会は多くない」
大神官の問いかけに、王子殿下が答えた。
わたしは、ほぼ毎日見せられているのですが……。
そう思いながらも、三人で地下に降りていくことになった。
「本日、九十九さんは?」
恭哉兄ちゃん……じゃない、大神官さまが近くにいない護衛の少年の姿を探す。
「九十九なら、今はココアに挑戦中です」
「ここあ?」
大神官ではなく、王子殿下が問い返した。
この世界にココアはないらしい。
「先日、召し上がったチョコレートに似たものですよ」
「チョコレート……。ああ、あれは美味かったな」
いつの間にやら、九十九の作ったお菓子は、王子殿下のもとへと届けられていたらしい。
それが、ワカから流れたか、恭哉兄ちゃんからの提供なのかは分からないけれど。
そして、この反応。
この王子殿下は甘いものがお好きだと思われる。
いや、気のせいかもしれないけれど、魔界人は甘いもの好きが多い気がする。
水尾先輩はいうまでもなく、ワカも、楓夜兄ちゃんも、この恭哉兄ちゃんですら、甘い物で表情を緩ませるのだ。
雄也先輩は……、食べ慣れているのかそこまで表情の変化はないのだけど、実は嫌いじゃないと思っている。
苦手なものは避けそうだからね。
「結界を張るのはどちらだ?」
先に地下の部屋で待っていた水尾先輩が二人に確認する。
「自分でも張るが、大本はラーズに頼む」
「承知しました」
水尾先輩の言葉に対して、王子殿下が恭哉兄ちゃんに指示を出す。
「まあ……、それなら、大丈夫か。高田、準備は?」
「いつでもおっけ~です」
わたしは準備運動を済ませ、軽く、屈伸をして答える。
そこから少し離れた場所で、恭哉兄ちゃんと王子殿下が会話しているのが聞こえてきた。
「ラーズ。シオリは何をしているのだ?」
「準備体操でしょう。身体を動かすために必要なことです」
「イメージ強化する瞑想ではなく?」
「シオリさんは、魔法が使えませんから」
「話に聞いていたが、それは本当なのか? それで、あのミオルカに……、魔法国家の王女に対抗する……と?」
「ええ、ミオルカ王女殿下が加減をしておりますが、十分すぎるほど耐えております」
「……それは、末恐ろしいな」
その言葉に恭哉兄ちゃんは答えなかった。
水尾先輩の指先から火が放たれたからだ。
「三つ同時か……。流石だな」
王子殿下が感心したように呟いた。
いやいやいや、あの方、最近では10個くらい、まとめて放ってきますよ。
まずは様子見のようだ。
彼女自身の調子と……、多分、観客の反応も。
わたしはそれを避けようとして……、踏みとどまる。
「避けないのか?」
「既にミオルカ様が何かしていますね。あの先に、見えない火の気配を感じます」
流石だね、恭哉兄ちゃん。
水尾先輩は透明の炎を罠に使う人なのだ。
わたしの回避方向を予測して、設置している。
そんなことができると聞いてはいたが、実際、初めて見た時はびっくりしたのだ。
「ていっ!」
わたしが気合を入れると、炎は目の前で消える。
何度見ても、これに慣れない。
わたしの魔気の護りは、火属性の魔法に強いらしい。
「魔気の乱れもなくなったな」
「努力されていますからね」
王子殿下の言う通り、この魔気の護りを意図的に使うことは難しい。
普通は魔法で対処するべきところらしいのだけど、わたしにはそれができない。
その結果……、何度か暴発させて、水尾先輩から文字通り、意識を何度も奪われている。
こんな風に、防御として使えるようになったのは数日前だった。
空気の流れが変わる。
水尾先輩の様子見の時間は終わったらしい。
致命傷になるような魔法は一切、使わないが……、最近では基本魔法以外のものが繰り出されている。
水尾先輩はにっこりと微笑んだ。
魔法を放つ時の彼女は妖しい魅力があると毎回思う。
「拡散する炎」
彼女の指から放たれた炎は小さかったけれど……、とても数えられなかった。
昔、母の実家近くで見た蛍の乱舞。
それを何故か思い出す。
周囲を囲まれ、とてもじゃないけど逃げられる気がしなかった。
わたしの「魔気の護り」も、今のところ、自分の正面しか意識的には働かない。
「あうっ!」
たちまち被弾した。
ああ、でも、威力はないようで、少し肌が紅くなる程度ですんでいる。
「今日は九十九がいないからな……。確実に当たる魔法を選んでやるよ」
それは酷い!?
「それが嫌なら、反撃してみろ」
そう言いながら、水尾先輩は笑顔で次の魔法を準備する。
「ちょっ!?」
観客がいるのに使って良い魔法じゃないものが出てきた。
かなり大きい火の玉。
いや、火の塊が部屋を覆いつくす。
「……何、考えてるんだ。ミオルカは……」
「防火をもっと強化しましょう」
それでも、観客に緊迫感はなかった。
うん、信じてる。
近くにいるのは、この国の王子殿下と大神官さま。
普通よりはずっと護りも強いだろう。
彼らのことは信じているのだけど……。
「あ……、またやりやがった」
「これは……」
「防風を強化します」
三者三様の反応。
そんな声だけが耳に届いた。
その直後に、部屋に轟く轟音。
「やっちゃった」
自分の意識が残っただけマシだろう。
「何度も言うが、それじゃ、無駄が多すぎるんだよ」
吐き捨てるような水尾先輩の声。
「自然に出るんだから、仕方ないじゃないですか」
少しでも大きな魔法の気配を感じると、自動的に発動してしまう魔気の護り。
それも全方向。
そして……、床に張り付く自分。
「これは……、凄いな」
「そうですね」
床に張り付いた状態で褒められてもあまり嬉しくはない。
「凄くねえよ。これはほぼ自爆技だ。しかも、見た目が派手なだけで威力があまりない魔法に対してこのザマときている」
「お前たちを基準に考えるなよ、魔法国家」
「その魔法国家も消滅する時代なんだぞ、法力国家」
わたしたちがこの国に来る前に、フレイミアム大陸にあるクリサンセマムという国にて中心国の国王陛下たちが集まり、首脳会議みたいなものが行われたらしい。
その詳細については分からないけれど、フレイミアム大陸から魔法国家アリッサムという国がなくなったことは間違いないため、早急に新たな中心国を決める必要があるそうだ。
まあ、まとめる国がなければ荒れてしまうってことなのだろうけど……、水尾先輩の立場としては複雑だと思う。
「それでも……、普通に考えれば過剰だろ? よくも容赦なく友人に魔法を叩き込めるものだ」
「容赦はしてる。だから、ほとんど基本魔法しか使ってない」
「基本魔法は複数同時に発動しないし、無数に分裂することもない。さらに部屋を覆いつくすようなこともないと思うが?」
そうなのか。
わたしの基準が水尾先輩なので、基本魔法の「基本」が分かってない可能性はあるかもしれない。
「それで? これをどう試験ってやつに使う気だ?」
分かりやすく話題を変えようとする水尾先輩に、王子殿下は顔を顰めたが、彼女の言う通り、元々の目的は、その見極めに来ていたはずだ。
「胆力と判断力……、それと救済の心……かな」
王子殿下はそう答えたが……。
「先ほどの状況を見て、それを試せると思うか? 私はともかく、高田はまだ出力調整もできてない。見習神官の屍が堆くなるだけだぞ」
そんな身も蓋もない水尾先輩の言葉が返ってきて、王子殿下は大きな息を吐く。
「そのようだな……。もう少し考えてみるか。貴重な時間、感謝する」
「お邪魔して申し訳ありませんでした」
そう言って、王子殿下は大神官とともにこの場から去っていった。
「何やらかす気なんだろうな、あいつら……」
「さあ?」
水尾先輩の言葉に、わたしは床に張り付いたまま、そう答えるしかなかった。
この時は、自分には何も関係ないと思っていたが……、後日、別方向から巻き込まれることになることをわたしは知らない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




