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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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上に立つ資質

今回は残酷描写が入ります。

ご了承ください。

「王子殿下!」


 声とともに、その部屋に転がり込むように現れた黒髪の少年の姿が目に入る。


 まだどこかあどけなさを残したその顔を見た時、意識だけの存在は思わず叫びそうになった。


 その少年は、床に落ちていた槍を一本掴むと、その勢いのままぶん投げる。


 その槍は大蛇の背に突き刺さる……ことはなく、刃先がぐにゃりと不自然な形に折れ曲がって、真下に滑るように落ちる。


 この大蛇はそれだけ固い体を持っているのだろうか。


 だが、その黒髪の少年は、それも予想していたかのように、少しも動揺を見せずに、大蛇の胴体横をすり抜け、転がるように動き続け、次々に落ちている槍を掴んでは投げていく。


 少年が現れた時は、標的しか見ていなかった大蛇も、その少年の行動はかなり鬱陶しかったのだろう。


 大きな口を閉じ、その動きを止めた。

 目だけをジロリと黒髪の少年へと向けるが、そんなことで、彼も怯まない。


 掴む槍がなくなると、次は杖を投げていく。


 その杖は勿論、大蛇に大した損傷を与えることはないが、それでも、少年は投げ続けることを止めない。


 折れ曲がった槍と、杖を片っ端から掴んでは目標に的中させる。


 そして……、その内の一本が、大蛇の頭頂部にあったプレートに当たり、その場に落ちる。その時、大蛇は彼の方へ顔を向けた。


 その瞳は魔法を吸収している時と同じように深紅から金色へと変わっている。


 黒髪の少年は、その間に、金髪の少年の下へと滑り込み、体格がほとんど変わらない彼を持ち上げようと、武器を離し、彼に向ってその両腕を伸ばす。


「え…………?」


 その呟きは、一体、誰の口から洩れたものだったのか……。


 金髪の少年は、黒髪の少年が接近するなり、その彼が伸ばしてくれた両腕にしっかりとしがみついて、()()()()()()()()()()()()


 それは恐怖からくる行動に見えないこともなかったが、まったく違う。

 彼には明確な目的意識が見てとれた。


 標的と邪魔をする人間が一か所に纏まってくれたために、大蛇の動きに迷いはない。

 大きくその頭を振ると、その口を再び大きく開けた。


 立場的に黒髪の少年は、金髪の少年に逆らうことはできない。


 そのためか彼は身動きもせず、取り乱すこともなく自分へと向かってくる大蛇の口を見ていた。


 そして……、意識だけの存在はその目を疑うような光景を目にすることとなる。


 金髪の少年は、大蛇が大口を開けた時、黒髪の少年を持ち上げて、その口へ押し込むように向かわせたのだ。


 通常、ヘビという生き物は、獲物を絞め殺して無力化した後に丸呑みするという。


 しかし、この大蛇は生態系が違うのか、そのまま流れ作業のように黒髪の少年を捉えて丸呑みをした。


 意識だけの存在は、俯瞰(ふかん)視点のまま、その信じられない光景から目を逸らすことができなかった。


 その瞬間の黒髪の少年の胸中は如何ばかりだったことだろうか?


 だが、幸か不幸か。

 意識だけの存在には、その瞬間の彼の表情を見ることはできなかった。


 大蛇の体内に異物が下りていく姿が目に入る。

 抵抗をしているのか、その大蛇の姿が不自然な形に歪んでいた。


 その大蛇も、少年を一人飲み込んだことで、意識がそちらにいったのだろう。

 真下で座り込んでいる金髪の少年には目も向けず、天井ばかりを見ていた。


 金髪の少年はこんな状況だというのに、安堵したのか笑っているように見える。


 その口元が僅かに動いているので、何かを言っているのだろうが、その声はここまで届くことはなかった。


 いや、仮に届いたとしても何も聞こえなかったのかもしれない。


 その大蛇は少し苦しくなってきたのだろう。


 それまで一度も使うことがなかった背中の翼を広げ、天井に舞い上がると、翼をたたんで自由落下する。


 床に激しい振動が起こるが、誰もその場から動けない。


 大蛇は頑丈なのか、その行為に慣れているのか。何度もそれは繰り返されたが、止める様子はなかった。


 その代わりに豪奢な敷物が敷かれた床は、みるみるうちに変形していく。


 近くで倒れていた人間たちがさりげなく、激震のタイミングに合わせて不自然ではない程度に少しでも安全な場所へと移動している。


 それでも、大蛇は自分の体を床に叩きつける行動を止めようとはしない。

 何度も何度も狂ったかのように同じ行動を繰り返す。


 やがて・・・、()()()()()()()()()()()()……、()()()()()()()()


 誰かの息を呑む声が聞こえた気がする。


 大蛇もその腹が落ち着いたことで、動きを止め、金髪の少年へ再び顔を向けた。

 今度は口を開かないが、ずるりと体で彼を囲うかのように移動を開始する。


 自分の目の前に長く銀色の体を向けられ、その目的を察した金髪の少年は「ヒッ」と短く悲鳴を上げた。


 周囲の人間は今度こそ絶望する。


 だが、やはり誰も動くことはできない。

 動けば、次に標的とされるのは動いたその人間だと理解してしまったのだろう。


 そこへ……、「一陣の風」が走り抜ける。


 その場にいた誰もが、その気配を察し、息を呑んだ。

 本来、この場所に来るはずの人間が現れたからだ。


 それまで、誰の攻撃も、ものともしなかった大蛇は、金髪の少年を囲う不自然な体勢のまま、その声を上げることもなく絶命する。


 首から上は床に落ちて転がり、その尾も翼も、先ほどまであった場所からなくなっている。

 長い胴体は、いくつかに分かたれた。


 その事態を引き起こした「金色の風」は、無言でその手にしていた剣を鞘に納める。


「加減はできなかった。すまぬ」


 彼は一言だけ首だけになった存在に告げると、手にしていた剣を放り投げて、不自然な膨らみがある胴体の断面に向かって迷いもなく自身の右腕を突っ込む。


 ぐちゃりぐちゃりとあまり耳触りのよくない音が聞こえた後……。


「いたな」


 その端正な表情を少しも変えないまま、金髪の青年は呟くと、そのまま掴んだものをずるりと引きずり出した。


 その際に少しの抵抗があったが、その手の先には、先程、大蛇に呑まれた黒髪の少年がその全身を赤く染めた姿があった。


 彼は目を閉じ、血やその他の液体に(まみ)れていたために、見ただけではその生死は分からない。


 ピクリとも動かない少年を見て、金髪の青年は眉を(しか)める。


「この場に治癒魔法と修復魔法を使える人間はいるか?」


 だが、その声に誰も応えない。

 先ほどまでと同じように、床に張り付いて、誰も動かなかった。


「これだけ人間がいて不甲斐ないことだな」


 青年は皮肉気な笑みを浮かべ、黒髪の少年を抱きかかえた。


「ダルエスラーム。この場の始末はお前に任せる」


 そう言って、彼はこのまま立ち去ろうとする。


 一国の王子を呼び捨てできる人間など、この国では二人しかいない。


「ち、父上!」


 金髪の少年は、父である国王に向かって叫ぶが……。


「時がない。話なら、後にしろ」


 そう言って、その場から足早に去る。


「…………」


 そうして、後に残されたのは、倒れている人間たちと金髪の少年。


 金髪の少年は大蛇の亡骸を見ないように移動していく。

 その時に足に何か触れる。


 それは、国王が先ほどその場に落とした剣であった。


 王子は、何気なく、その場に落ちていた剣を拾い、その鞘から引き抜こうとしたが……、何故か抜けなかった。


 そうなるともう意地である。

 国王から告げられた言葉も忘れ、既にその剣を引き抜くことだけに集中していた。


 その姿を意識だけの存在はどこか冷めた瞳で見つめている。


 生きるために犠牲が出ることは仕方がないと思う。

 実際、綺麗ごとだけでは生きていけないのだ。


 それでも、誰かが犠牲になることで他の全てが救われるなら、多少の犠牲がでてしまうことはやむを得ないだろう。


 だが、先ほどの光景はそれとは絶対に違う種類のものだった。

 

 ―――― ああ、本当に……。


 意識だけの存在は、思った。


 ―――― 彼には上に立つ資質がない。


 ある意味、意識だけの存在は、彼のことで頭がいっぱいだったのだろう。


 剣しか見えていない幼き少年や、まだ死んだふりを続けている人間たちの中で、誰もが気付くことはなかったが、第三者視点で見ていたはずの意識だけの存在も気付けなかった。


 その大蛇の亡骸から黒い靄に似たものが立ち上っていたことに。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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