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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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昔のわたし

「しかし……匂い……か。記憶を封印していても、やはりその能力は変わらないみたいだね。そうなると、これは性格ではなく、本質的なものかな」

「え?」

「記憶を封印する前、魔界人だったシオリちゃんも匂いで違いが分かると言ったことがあるんだ」


 そんな意外なことを雄也先輩は口にした。


 その瞳はどこか懐かしむ瞳。

 九十九が、たまにわたしの背後を見ている時によく似ていて、酷く居心地が悪く感じた。


 ああ、そうか。

 この瞳は、思い出しているのだ。


 わたしではない「誰か」のことを。


 そんなことは分かっていたはずなのに、今更ながら理解する。

 言葉で理解しているのと、心が感じ取るのはまた違う話なのだろう。


「記憶を封印する前のわたしと、今のわたしはそんなに違いますか?」


 思わずそんなことを聞いていた。


「うん。俺は別人だと思っている」


 雄也先輩は包み隠さずにそう答える。


「年齢の違い……とか?」


 いくらなんでも5歳と15歳で同じ性格のまま育つってことはないだろう。


 積み重ねられる知識とか周囲を取り巻く環境とか、人間関係だって変わっていく。


 実際、記憶の中にある幼い自分と今の自分だって違うのだ。

 ……多分。


 昔、やらかした失敗を含めた過去のあれやこれやを焼却した後、穴掘って埋めたいと思うことだって多々ある。


 だが、雄也先輩は首を横に振った。


「俺たちが人間界に来たのは、多分、キミたち親子とそこまでの時差はないと思う。主観だけど、一週間以内には九十九は栞ちゃんを見つけていたんじゃないかな」


 首を振ったのは性格が変わって見えるほど成長していないという意味ではなく、年齢の違いで分からなかったのではないかというわたしの言葉に対してだったようだ。


 ちょっとだけホッとする。


「それでも……、俺には分からなかった。姿……、外見は確かに同じだけど、本人たちという確信が持てなかったんだ」

「わたしたちは姿を変えていなかったんですね」


 確かに元々、黒髪、黒い瞳ならば人間界の日本なら目立たない。

 ワカみたいに、基が色彩豊かなら、変える必要があったかもしれないけれど。


 それでも、追われている可能性があったなら、少しぐらい変装……、というか多少の外見変化ぐらいさせるべきだったんじゃないだろうか。


「魔界人は目に映る外見ではなく、魔気で人物の判断をしているってことだね。キミたちがそれを知っていたかどうかは分からないけれど、本当に魔気と記憶を完全に封印しただけだったみたいだ」

「それもなんだか不思議な話だと思います」

「外見は化粧のように魔法でいくらでも変えられるからだろうね。そのためか、魔界人は変装する時、まず、魔気をどう誤魔化すかを考えている気がするよ」

「まあ……、、魔力を誤魔化す方が難しそうですからね」


 魔力とやらの封印を解いてから、暫く。

 わたしの世界は変わってしまった。


 目に映る。

 耳に入る。

 鼻を擽る。

 肌に触れる。

 味わう。


 それらの五感に寄り添うように、もう一つの感覚が存在するようになった。

 それは意識すると、より鋭敏になり、元々あった感覚器官たちもより強化されていく。


「普通はそこまで難しくはないよ。ただ栞ちゃんや水尾さんの場合は、基の魔力が大きいからその分、大変ではあるけれど」


 そのためにかなりえらい目に遭ったわけですが。

 主に水尾先輩の指導で……。


 わたしは、魔気の制御がなかなかうまくいかなかった。


 そのために水尾先輩がとった手段。

 それは、千本ノックのように魔法を連発してどれだけ防御できるかというものだった。


 ええ、結構、それに慣れるまではズタボロになりましたよ。

 最近、被弾する回数も減ったので、九十九の治癒魔法を受けるのも減りましたけどね。


「あれだけ大きかった魔気が完全になくなるなんて俺は思っていなかった。当時はそんなことをしようとする意味も分からなかったからね。魔法を自ら使えなくするなんて、魔界人の発想としてはないものだ。この部分は、チトセさまの考えだったかもしれないけどね」

「母は元々、人間ですからね」


 魔法が使えちゃうけど、あれでも母は人間界育ちの人間だと聞いている。


 そして、実際、わたしは人間界で母の両親やお兄さん……わたしにとっては伯父さんにも会っている。


 何故か魔法が使えてしまうけど、母が人間界で生まれたのは間違いない。


 でも……、母のお兄さん……、わたしの伯父さんは昔、母のことをナントカな部分があるって言ったのを聞いたことがある。


 大分、昔過ぎて細かく思い出せないのだけど。


「それで……、雄也先輩と九十九は十年かけて確認したってことですか?」


 九十九は間違いないと確信できるまで十年かかったと言っていた。

 つまりは、そ~ゆ~ことなんだと思う。


「いや、九十九は一目見るなり二人で間違いないと言った。ただ……、何故か無視されたとも言っていたが」

「ほへ?」


 あれ?

 なんか聞いていた話と違う言葉が返ってきた。


「記憶を封印されているんだから、知らない坊主(クソガキ)なんて無視してしまうよね」


 そう言って雄也先輩は苦笑する。


 十年前……、、九十九に会った?

 覚えていない。


 わたしが覚えている九十九との出会いは小学校から始まっている。

 あれは確か……?


 うん。

 忘れた。


 何かを思い出しかけて……、わたしは自分の記憶の蓋をそっと閉じた上で、しっかり南京錠をかけた。


 記憶の封印というやつは、こういった小さなことの繰り返しなのかもしれない。


「でも、九十九はなんで分かったんでしょうか」


 幼馴染によく似た顔の娘がいて、でも魔力をまったく感じない。

 さらには自分に会っても顔色一つ変えずに無視される。


 そんな状況、普通の幼児なら泣き出しているんじゃないでしょうか?


「あれほどあった魔気を感じないけど、九十九は二人と全く同じ『光』を見た、と言っていたよ」

「光?」

「栞ちゃんが匂いで判断したように、九十九は特定の人物を光で見分けるらしい。どんな視界かは本人に聞いてもよくわからないんだけどね」

「特定の人物?」

「俺とキミたち母娘。そして……、俺たちの師であった人かな」


 それは恐らく九十九と長く接した人間。

 つまり……。


「親しい人間だけが分かるってことですかね?」

「そのようだね。接した時間とかにもよるかもしれないけど」

「でも……、それなら、九十九もあの見習い神官の正体が実は雄也先輩だったって気付いているんじゃないんですか?」

「アイツがちゃんと気付いていると良いんだが……、一応、俺の方でも九十九の眼に対する対策はとっていたからね」


 なるほど。

 兄弟だけあって、ちゃんと対抗策は調べてあるらしい。


「それでも、何故かアイツの眼はキミたち母娘を見つけ出す。俺の光は視えないことはあっても、昔のシオリちゃんを見誤ったことはただの一度もないんだ」


 だから少しだけ信じてみようと思ったんだけどね、と雄也先輩は付け加えた。


「何故、わたしと母だけは誤魔化せないんでしょうか」


 血縁である兄弟よりも強く働く感覚ってなんでなんだろう?

 実は、母と九十九が親子だったり?


 いやいや、わたしと九十九の生まれた日は一月しか違わない。


 男親が同じならともかく、女親が一月で生むなんてことは身体の状態を考えても無理だろう。


 生まれ年や月を誤魔化さない限りは……の話だけど。


 それにそれでは雄也先輩との関係が変わってしまう。


 感じられる魔気は二人ともよく似ているのだ。

 異母兄妹であるワカとこの国の王子だって片親が違うらしいのによく似ていた。


 これで二人が兄弟じゃないとは思えない。


 そして、仮に父親が同じだったとしても、それではわたしの母に対して感知能力ってやつが働く理由がなくなってしまう。


 まあ、血縁関係がなくたまたま近くにいた彼らの師であり、母の友人でもあった人のも分かったなら、同じ血が流れているとかは実はあまり関係ないのかもしれない。


 近くにいると魔力が影響し合う感応症って現象のせいなのかな?


 そこまで考えて、わたしはふと自分の考え方がすっかり魔界人に近くなっていることに気づく。


 魔力の封印が解かれ、魔気というそれまで目に映らなかったものが視えるようになったためか、あっさりしっかり受け入れちゃっているのだ。


 感覚器官が追加されたような奇妙な状況にもすっかり馴染んだ。

 第三の瞳が開くという症状はこんな感じなのかもしれない。


 いや、こ~ゆ~のは、第六感っていうんだっけ?

 もしかして、幽霊とかの姿がしっかり視えるようになったとか?


 いやいや、魔界に来てからホラー要素は間に合っていますけどね。


「その点に関して、心当たりはないわけではないけれど……、それがあっているかどうかは分からないな」


 雄也先輩が困ったように笑う。


「雄也先輩に心当たりがあるなら、それはドンピシャ大正解! というやつでしょうね」


 頭が良い人ってのは、どうしてこうももったいぶるんだろうね。


 あっているかどうかなんて分からないし、言っちゃえば新たに分かることだってあるかもしれないのに。


「それでも、確信が持てるまで口にしたくはないな」

「完璧主義者ですね」


 わたしがそういうと、彼は心底意外そうな顔をした。


「いや、俺は不完全だよ。だから、自信が持てるまでは無責任なことを口にできないだけかな」


 謙遜もすぎれば嫌味だと言うが、彼は本心から言っているのだろう。


 九十九の陰でいろいろと暗躍していたりするのも、入念すぎる下準備も、全ては自分に自信が持てないから。


 それでも課せられた指命は決して小さいものではなく、絶対に失敗できない重圧の中、それでも彼はより完璧に近づけようと努力する。


 僅かな綻びすら許せば、整列していたはずのイトが一気に解れてしまう気がするのだ。


 そんな気持ちならわたしにもある。

 わたしも自分に自信が持てない方だから。


「そんな雄也先輩にお聞きしたいことがあります」

「なんだい?」

「九十九は……、昔のわたしのことが好きだったんでしょうか?」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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