絶対命令服従魔法
「因みに王子さまは……、どんな人なの?」
「オレは嫌いだ」
九十九は即答する。
王妃だけではなく、その息子も嫌いらしい。
「いや、九十九の好みじゃなくて、客観的な意見を聞きたいのだけど」
「王子殿下は多少強引な面もあるけど、素直で、真面目な努力家という感じかな」
そう。
そう言う意見が聞きたかった。
好き嫌いじゃなくてちゃんとした周囲の評価というやつだ。
「それなら、わたしが表に出なければ良いわけだね。真面目な努力家なら上に立つのに相応しいよ」
「何事もなければ、今の王子殿下がそのまま継ぐことになるだろうね。王妃殿下は苦手でも王子殿下ならという者がいるのも事実だから」
雄也先輩はそう言うが……。
「オレは嫌いだ」
再度、九十九は念を押すように言う。
彼がここまで毛嫌いするのも珍しいかもしれない。
「なんで?」
そこまで嫌いなら、それなりに理由はありそうだ。
「……アイツ、外面は良いけど、中が黒いんだよ。だから、オレは嫌いだ。ま、お前がそれを覚えていないのが幸いなのかもな」
「……わたしも過去に会ったことがあるのか」
「聞いた限りでも、何度か会っているはずだ。隠れていても、お前は城を脱走するのが好きだったからな」
そう言っていつもより優しく微笑むから、気付いてしまった。
いや、なんとなくそうかな~と思っていたことが、確信に変わった気がした。
「……九十九?」
「何だよ」
「さっきから気になっているんだけど……、もしかして、過去のわたしのかなり身近にいたの?」
「…………一応な」
なんとも複雑な表情だったけど、肯定された。
「雄也くんも九十九くんも、貴女専用の護衛だったのよ」
言葉が足りない九十九の代わりに母がそう付け加える。
「護衛?」
「そう。表立って貴女を庇えない王がせめてもの親心で、彼らを貴女の友人兼護衛にしたの」
本当に幼馴染というヤツだったのか。
それを、全く覚えて無くてごめんね。
「それに、俺たち兄弟はキミに救われたんだよ」
雄也さんがそんなことを言った。
「え?」
「両親が他界して、5歳と3歳の子どもがたった二人きりで生きていくには魔界は厳しくてね」
いや、多分、魔界じゃなくても厳しいと思います、雄也先輩。
「たまたま城の外にいたキミが拾ってくれたんだよ」
「拾うっていうのとは違ったと思うけどね、あれは。お友達がいなかったから大喜びで連れて帰ってきたのよ」
お友達……、つまり、実質は護衛というより遊び相手だったってことかな。
……でも、犬猫じゃないのに、よく男二人も連れ帰ったな、当時のわたし。
そして、よく許してくれたね、母。
でも、そのおかげで、今のわたしたちがいるのだ。
「ああ、そうだ。ついでに良いことを教えてあげる」
「え?」
雄也先輩が不意に何かを思い出したかのように言った。
「栞ちゃん。オレたち2人に何でも良いから『命令』してくれるかい?」
「へ?」
「げ。それを教える気かよ」
九十九が露骨に嫌そうな顔をした。
「教える気だよ。元々彼女の為のものだ。彼女は知る権利があるし、それに……、これにまで制限がかかっていたとしたら厄介だからな」
「えっと……、『逆立ちしてください』とか?」
笑顔の雄也先輩と対象的に、九十九はかなり不機嫌な顔になった。
「それに『命令』という単語をつけてくれるかな?」
「命令?」
わたしが何気なくその単語を口にした途端、2人の顔つきが変わった。
特に、九十九は表情がなくなった気さえする。
「それで続けて」
表情のない顔のまま、雄也先輩が言う。
「え? え? 『命令』……、『逆立ちしてください』?」
それをわたしが口にしたとほぼ同時に、2人が揃って逆立ちしたのだ。
「うわっ!!」
思わず驚きの声が出てしまった。
2人がやっているのは、それはもう本当に見事なまでの倒立だった。
支えなしって凄いと思う。
わたしは5秒くらしかできない。
彼らはどれだけ体幹を鍛えているのだろうか?
いや、これはバランス感覚か?
「どう?」
逆さのまま、雄也先輩はわたしに尋ねる。
「ど、どうって!?」
これを見た感想の話ってことで良い?
「栞。もう一度『命令』しないといつまでもこのままよ」
「へ?」
母の言葉が分からなくて、一瞬、思考が停止する。
ここ数日で、何回、わたしの考えは一時停止してしまったことだろう。
「いいから。『命令』を解除しなさい」
「『命令』を……、解除?」
その言葉と同時に、九十九は崩れ落ち、雄也先輩は逆立ちを止めた。
「いってぇ~!!」
バランスの悪い倒れ方をしたのか、九十九は首を押さえている。
「今のは『強制命令魔法』とか『絶対服従魔法』とか言われているものだよ。通称『命呪』と言って、俺たち二人にかけられている。キミの『命令』の言葉に反応して、指示に従うようになっているんだ。命令次第ではさっきみたいに解除とかが必要になるけど」
「命呪?」
長い方の言葉はともかく、こちらは覚えやすい。
「そう。王がキミの安全のために俺たちにかけたんだ。万が一、俺たち二人がキミを害そうとしても、強制的に止めさせることが出来るようにね。まあ、外部から来た人間を抑制も無しに愛娘の傍にはおけなかったんだろうね」
「魔法というより呪いだよな。これ……」
それには、強制とか服従とか、なんかファンタジーでたまに見る「従者の縛り」みたいな響きがあった。
悪魔や魔物を召喚した後で、自分に逆らわずに強制的に従わせるように、契約者が対象に制限を施すような感じだ。
それを九十九が「呪い」と言いたくなる気持ちはよく分かる。
なんだか酷く気持ちが悪い。
下腹部辺りがムカムカしてきた。
「九十九の方が単純なせいか、魔法のかかりが良かったようだね。俺は意識を保っていられるけど、九十九は無意識で動くようになっている。年を重ねれば……とも思っていたが、先ほどの状態を見る限り、やはり意識はないようだね」
「覚えてないから別に気にしない。軽い気持ちで使われても困るけどな」
強制的に操られる際、自分の意識があるのとないのではどちらがより精神的にきついだろうか?
でも……。
「では、わたしは今後使いません」
「どういうことだい?」
雄也先輩が聞き返す。
まるで試されているみたいに。
「強制的に人を操るなんてしたくないんです」
そうだ。
そんなの間違っている。
「小さい頃の貴女もそう言って使いたがらなかったわ」
母が微笑んだ。
「そうなんだ」
その言葉に少しだけ安心する。
記憶がなくても、過去も今も、そんな間違ったことは嫌いなところは一緒なのだ。
だけど……、その雰囲気を吹き飛ばすかのように……。
「一度だけ使われた」
九十九がそう呟いた。
「え?」
その言葉は彼らしくない感情が込められている気がして、聞き返す。
「九十九!」
雄也先輩がそれを制止しようとしたが、九十九はそのまま言葉を続ける。
「あの日……、お前たちがいなくなった日。オレたちはお前に足を止められた。『気配がなくなるまで絶対に動くな』って……」
そう言う九十九の瞳は、わたしを……いや、過去のわたしを責めている気がした。
わたしたちが、どんな経緯で人間界に来たかはまだ分からないけれど、その言葉から、魔界って場所から逃げるような事態になったことは間違いない。
それを……、幼馴染である彼らは見届けさせられて……、その後に、ここに来ることになったということも。
そして……、多分、九十九はそれを今でもどこか納得できてないのだろう。
でも……、わたしには過去の自分の気持ちがなんとなく分かった気がする。
そう考えると記憶がなくても、やはり同じ「わたし」ってことなのだろうか?
少し考えて、わたしは思ったことを口にしてみる。
……それが、本当に正解なのかは分からないけれど。
「多分、巻き込みたくなかったんだと思うよ。九十九も雄也先輩のことも。どうなるか分からない状態で、貴方たちにまで今までの全てを捨てさせたくなかったんじゃないかな」
「だけど! アレはどれだけオレがショックだったか分かるか?」
「いや、さっぱし。その状況を覚えている訳じゃないし」
だから、今のわたしに向かって、そんなに感情的になられても困る。
でも……、その半面、彼が年相応の少年という感じがして、少しだけ安心した。
再会してからの彼はどこか……、多少のことでは動じず、妙に大人びているような印象があったから。
「そうだな……」
九十九はポツリと漏らす。
「……今のお前に言っても……、仕方ないことだ」
「そう言うことだ。それに今も昔も彼女に罪はない。俺たちが護りきれなかっただけの話だ」
……その言葉から、実は、雄也先輩も不満が少しあったのかなと思う。
その言葉に、後悔の念が含まれていたから。
【序章】に繋がる話(一部だけ)です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。