少年は葛藤する
「話って何?」
特に警戒することもなく、高田はオレを部屋に入れた。
いや、そんなことは分かっている。
護衛としてはかなりの信頼だと喜ぶところなのだろう。
「お前は若宮の誘いを即決するかと思った」
「状況が変わったってのが一番かな」
彼女は迷うこと無く即答した。
確かに当初の計画より大分、修正の必要が出てきた。
兄貴や水尾さんに知恵を借りることは間違っていない気がする。
「自分だけなら気にしなくて良いだろうけど……、水尾先輩もいるからね。王子殿下が二十歳らしいから、十六歳の先輩は十分、王妃候補に上る可能性もあるかなと」
高田の言う通り、二人は歳の近い王族だ。
だが、現在の水尾さんの置かれた状況を考えると可能性はそこまで高くない。
だが、それを補って、さらにお釣りが来るほどの魔力と知識の保持者ということは知っているのだ。
あれらだけでも相当な価値があるだろう。
正妃ではなくとも、寵姫候補には上げられることはあるかもしれない。
「思ったよりちゃんと考えていたんだな。だが、お前自身も他人事じゃねえ。水尾さんほどじゃなくても、魔力が強いことは王子殿下に知られているんだからな」
オレとしてはそちらの方が気にかかる。
正直、水尾さんが見初められてこの国に留まることは、帰る国がない彼女にとっても悪くはない話なのだ。
だが、それが目の前の女が対象となると、話はかなり変わってしまう。
「九十九も強いらしいけど?」
「……性別! オレも王子殿下も男!!」
流石にそれは無茶が過ぎる。
「同性婚は認められてないの?」
「生物学上、無理だろうが。どうやって子供を作るんだよ?」
「……そこは魔法で性転換……とか?」
「だから、お前は魔法をなんだと思ってるんだ!? それにそんなことで労力割くより、普通に女を見つけてきたほうが絶対早い!」
オレが知らないだけで、そんな魔法があるかもしれない。
だが、契約したいかと問われても、御免こうむりたい。
凄いけど、生物の法則を捻じ曲げることになるのだ。
いや、確かにそれで救われる人間はいるかもしれないが、オレは気が進まない。
「まあ、その辺りも含めて話し合いだな。オレたちだけじゃ見えていないことでも、王族の水尾さんが知っていることもあるだろうし」
「やっぱり、報告、連絡、掃除って大事だね」
「おお……って、明らかに変なのがなかったか?」
本来、「相談」と呼ばれる場所に、「掃除」という単語が聞こえた気がするが、気のせいか?
「気のせいだよ」
すっとぼける高田。
どうやら、深く考えた言葉ではないらしい。
多分、先ほど医療関係の話が出たからなんとなく洗浄のイメージが残ったままなんだと納得しておくことにする。
「まあ、良い。そこを追求してもオレが疲れるだけだろう」
そう言いながら、オレは言葉を探した。
あのことを……、どう切り出したものだろうか?
先ほど、廊下で歩きながらした会話の中で、気になる話題があったのだ。
その部分については、オレもある程度覚悟を決める必要があるが、彼女はそれをどれくらい意識して口にしているのだろう?
こうして見ると、本当に普通の、どこにでもいる少女だ。
本当に小柄で同じ歳には見えない。そして、基本的に笑っている。
まるで、この年代には珍しく、悩みなんか一つも持っていないかのように。
勿論、そんなはずがないことは知っている。
それを奥底に完全に隠しきっているところが凄いのだ。
「九十九、そんなに見られると、わたしの顔に穴が空いちゃうよ?」
オレの目線が気になったのか、彼女はそう言った。
「ああ、悪い」
そう言って、オレは顔をそらす。
特に意識してはいなかったが、確かに彼女がお菓子を食べる所を見つめていたようにしか見えないだろう。
だが、彼女は気付いていたようだ。
「他にもあるんでしょ?」
彼女からそう切り出された。
「いや……、さっきの話なんだが……」
「どの話?」
話題が多すぎてどれのことだか分からないようだ。
「廊下で大神官と話していたやつ」
「医学?」
確かにその話題もした。
だが、ソレについては新しい情報はなかった気がする。
「うん、はっきり言えないオレが悪い」
言いにくいって言うより、質問しづらい話題ではある。
だが、確認はしておきたい。
「その前、お前が女だから……心を折るためには……って話」
言いたいことは分かる。
でも、あの場で彼女が本当にそれと意識しての発言なのかは分からなかった。
「……辱めがどうとかってやつ?」
思ったよりあっさりと彼女の口から出てきた。
おかげで続けやすい。
「そうだ。どうしてそう思った?」
「船にいる時、雄也先輩にそれとなく言われた。万一、わたしがセントポーリア王子に捕らえられたら、女性として酷い目に遭う可能性が高いって」
兄貴の入れ知恵か。
それなら分かる。
「治癒魔法が使えるこの世界なら、身体を傷つけるよりは心を傷つける方が効果もあるだろうし、より深く抉るなら、性的暴行が一番わかりやすいでしょ?」
「そんなあっさりと言うことかよ」
確かにそうかもしれないが、それを女の口から言うとなると受け取り方が全然違う。
これは悟っているのか、当事者意識の欠如なのかは判断できない。
「水尾先輩も少し前に言ってた。魔力の高い女性は、魔力が弱い男性からすると次世代へ望みを繋ぐ存在に見えちゃうんだって。子供を産ませるためだけのものとして扱われることもあるってさ」
確かに地位が高くなれば、家を守るためにはそんな考え方になっても仕方がない。
さらにそれが国家単位になると、当人の意思だけで決定などできなくなるだろう。
「ひどい話だよね。女性を女性として見ているようで見てないんだよ。子供ができる可能性があって、相手の心に傷もつけられる。向こうからしたらかなり有効な手だよ」
「その発想は兄貴の言葉だけ……か?」
「いや? 漫画や小説の知識から」
思わずオレはずっこけそうになった。
ああ、淡白なわけだ。
自分には関係ないとどこかで思っているから。
「……何の本を読んでるんだよ。エロ本か?」
うっかり思ったままの言葉を口に出してしまった。
「……九十九の口からそう言った単語が出るとは」
案の定、高田もそこにひっかかってしまったようだ。
あまり、そういった話は異性としないもんな。
「普通の少女漫画って少年漫画より表現が激しかったりするんだよ」
「うん、なんか、オレが悪かった。でも、お前にもそういった方向の危機感がないわけじゃなくて、正直ホッとした」
当事者意識が欠けている気がするが、知識があるかないかで全然違う気がする。
覚悟の程度もかわってくるだろう。
「なんで、九十九がホッとするの?」
彼女はいつものようにきょとんとした顔を向ける。
若宮との会話を見ていた限りでは、そんなに鈍いとは思えないんだが、とぼけているだけなんだろうか?
「護衛とは言え、オレを信用しすぎているからだよ。なんであっさり部屋に入れんだよ。びっくりするわ!」
「そんな事言われても……」
「あまりにも男扱いされてないから、お前にそう言った感覚がないのかと本気で心配してた。若宮もそんな感じのこと言ってたし」
「九十九に対して、少し麻痺していたのは認める。九十九がわたしに興味がないこと知っているから安心しきってた」
どうすればこいつにこのもどかしい気持ちが伝わるのだろうか?
信用されているのがイヤだと言うわけじゃないんだ。
恋愛対象として見られるのは勘弁願いたいが、男として全く意識されていないのも腹立たしい。
遠回しに「ヘタレ」扱いをされている気がする。
そう言った部分を含めてなんとかしたい。
魔法での対処は論外だ。
傷つける意思はないから結界は大丈夫だったとしても、驚かすような行動も彼女が本気で身の危険を感じるレベルなら魔気の護りは発動するだろう。
この至近距離であの暴力的な魔力の塊を喰らうのは避けたい。
そう考えると、不意を突いた体術が一番無難だろう。
周囲を見回す。
彼女がどれだけの技術があるか分からない。
柔道を含めて格闘技をやったことがあるとは聞いたことがないので、受け身をとることすらできない可能性がある。
「ちょっと立ってこっちまで来い」
「へ?」
先ほどいた場所よりベッドの方へ呼びかける。
それでも、素直に来る女。
本当になめとんのか?
傍にあるのはベッドだぞ?
ソファーとかと違うんだぞ?
「この行動に何の意味が?」
うん、ダメだ。
演技かは分からないけれど、少なくともオレの気持ちも、意図も分かっていない。
心配するかのように差し出された右腕をとり、体勢が崩れた所をそのまま足を払う。
ここまで崩せば力はいらない。
流れに逆らわず倒すだけだ。
そのまま、高田は流れるように真後ろのベッドに倒れ込む。
「お前は本当に阿呆か!! なんで、オレには全く危機感がないんだよ!?」
倒れたままの彼女に向かって先ほどからずっと続けている疑問をさらに口にする。
ここまでされたら少しは危機感を覚えるだろう。
「九十九は護衛なんだから大丈夫でしょ?」
転がったまま、彼女はそう口にする。
ここまでされてもピンとこないらしい。
人間の心は変わるもので、裏切る可能性だってあるということに。
「男の理性を簡単に信じるなよ」
伝わるかは分からないがそう口にしてみる。
「男の理性ってのはよくわからないけど、わたしは九十九だから信じてるんだよ」
この阿呆はどこまでもオレを信じる気らしい。
本当に……阿呆だ。
「いきなり悪かった。でも……、本当に男に簡単に気を許すな」
オレが言えるのはそれだけだ。
それでも伝わらないなら、どうすれば良いんだろう?
「確かに見事に投げられちゃった」
しくじった。
技が見事に決まりすぎたようだ。
男にベッドに倒された事実よりも、技術を褒める方に思考は向かってしまったらしい。
なるほど、これなら効果はいまひとつになっても仕方がない。
いや、確かに気を使ったのは認めよう。
少しでも痛みがないように腕のとり方も、足の払い方も細心の注意を払ったさ。
でも、その反応はやっぱりどこかおかしいだろ?
若宮が言っていたように、彼女は、本当に情操教育ってやつが足りていないってことなのだろうか?
でも、感情は必要以上に豊かだと思う。
泣くことはほとんどないが、よく笑い、よく怒り、よく驚く。
そう考えると男女の仲とかそう言った方面だけ突き抜けて鈍い?
時々、鋭いのに、ところにより鈍感って普通なのか?
そう言えば、先ほど、小説や漫画を参考にした……みたいなことを言っていた。
それは書物のみで経験が伴わず、知識だけが積み重なっている状態だといえる。
他から聞きかじった知識を、自分の経験談のように語る耳年増ってやつに似ている気がする。
もしくは、その場に自分が存在しない読者視点の感覚か。
登場人物の気持ちを想像してみよってか?
現実は国語の問題じゃねえんだぞ!?
「…………」
オレは頭をかいた。
いずれにしても、この状況は本当に良くない。
だが、さじ加減を間違えると確実にこじれる。
兄貴ならその辺も分かるだろうが、今回に限っては頼りたくねえ。
このまま放置すれば、いずれは兄貴のことだから高田の状態に気づいてそれを修正するために動く可能性は高いが、先に気付いたのはオレだ。
だから、任せるのはなんか違う。
それに、この問題を曖昧にして目をそらしたくなる気持ちがあるのはオレ自身も面倒事から逃げたいってことだ。
経験が足りないからって厄介事を兄貴に押し付けていたら、いつまで経ってもその指示なしでは動けないままだろう。
そうして、オレはあることを決意し、高田を無言で手招きした。
今からすることで、彼女との関係は変わってしまうかもしれない。
最悪、顔も見たくないと思われるだろう。
だが、このまま、彼女が異性に対して警戒心を持たないままでいてもらうのは困るのだ。
「な、何?」
流石に、オレの状態が普通じゃないことは伝わったのか、少し警戒するが、結局は素直にオレの前に立った。
さっき倒されたばかりだというのに、懲りない女だ。
「ふえ?」
そして…………、オレの胸元で高田の気の抜けるような声がしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




