アンバランスな関係
「で、話って何?」
九十九が淹れてくれた紅茶をすすりつつ、一緒に用意された焼き菓子に手を伸ばす。
本来なら、仮とはいえこの部屋の主であるわたしが準備するべきではないかと思わなくもないが、九十九がそれを嫌がるのだ。
確かに九十九の方がお茶を淹れることに失敗をしないというのもある。
この世界の料理やお茶の注ぎ方とか、本当になんとかならないのだろうか?
これだけでも独り立ちできる気がしない。
いや!
前に比べればできるようにはなった。
でも、まだ指導がいるだけだ。
「お前は若宮の誘いを即決するかと思った」
なるほど。
始めから引き受ける予定だったのに、猶予を置いたのが不思議だったらしい。
「状況が変わったってのが一番かな」
正しくは状況が見えた……なのかもしれない。
ワカは暇つぶしを捜していたと思えば、実際必要としていたのは味方だった。
それだけでも大きく意味が変わってしまう。
九十九がワカとの会話中に気にしたことが関わってくるなら、相応の対策を立ててからの方が良いだろう。
「自分だけなら気にしなくて良いだろうけど、水尾先輩もいるからね。王子殿下が二十歳らしいから、十六歳の先輩は十分、王妃候補に上る可能性もあるかなと」
王位継承権って御大層なものが出てくるなら、王族である水尾先輩はわたし以上に巻き込まれる可能性がある。
王子殿下にその気はなくても、魔力が強いワカに対抗して、次世代に賭けるために取り込もうとする人間がいないとも限らないのだ。
「思ったよりちゃんと考えていたんだな。だが、お前自身も他人事じゃねえ。水尾さんほどじゃなくても、魔力が強いことは王子殿下に知られているんだからな」
ああ、そうか。
それは考えなかった。
でも、わたしには水尾先輩ほどの身分がないから大丈夫だろう。
「九十九も強いらしいけど?」
「性別! オレも王子殿下も男!!」
「同性婚は認められてないの?」
「生物学上、無理だろうが。どうやって子供を作るんだよ?」
「……そこは魔法で性転換……とか?」
「だから、お前は魔法をなんだと思ってるんだ!? それにそんなことで労力割くより、普通に女を見つけてきたほうが絶対早い!」
それはそうだ。
でも、九十九の口ぶりだと、労力はかかるけど、不可能ではないと言っている気もする。
改めて思う、魔法って怖い。
「まあ、その辺りも含めて話し合いだな。オレたちだけじゃ見えていないことでも、王族の水尾さんが知っていることもあるだろうし」
「やっぱり、報告、連絡、掃除って大事だね」
「おお……って、明らかに変なのがなかったか?」
「気のせいだよ」
そこの言葉に深い意味はない。
単に流れで言っただけだし。
「まあ、良い。そこを追求してもオレが疲れるだけだろう」
そこで、九十九がじっとわたしを見た。
なんだろう?
観察されてるような、言葉を探しているだけのような?
でも、九十九はたまに黙って見ているだけのことがあるので、今回もそれだろう。
居心地は良くないけど、少し待ってみる。
2つ目の焼き菓子を手にとって食べる。
うん、今日も美味。
お菓子の名前に詳しくないけど、これは人間界でフィナンシェと呼ばれているものに似ている。
淹れてくれたお茶とよく合って、すっごく美味しい。
今日は疲れたから、甘いものが本当に嬉しいね。
「九十九、そんなに見られると、わたしの顔に穴が空いちゃうよ?」
それでも、見られているので食べることに集中できるはずがない。
思わず、そう言っていた。
「ああ、悪い」
そう言って、彼は目をそらした。
それはそれで、気になる。
「他にもあるんでしょ? 雄也先輩をあまり待たせるのも悪いと思うんだけど」
「いや……、さっきの話なんだが……」
「どの話?」
ホウレンソウ?
「廊下で大神官と話していたやつ」
そう言われて会話を思い出すが……、やはりいろいろな会話をしたのでどのことを差しているか分からない。
「医学?」
「うん、はっきり言えないオレが悪い。その前、お前が女だから……心を折るためには……って話」
「ああ、辱めがどうとかってやつ?」
「そうだ。どうしてそう思った?」
「船にいる時、雄也先輩にそれとなく言われた。万一、わたしがセントポーリアの王子に捕らえられたら、女性として酷い目に遭う可能性が高いって」
雄也先輩は言葉を濁し気味に伝えてくれたけど、それは遠まわしにそういった形でわたしに危害を加えるような可能性を示していると思った。
船に乗る前にも、あの紅い髪の男の人にも似たようなことを言われていたけど、王子をよく知る雄也先輩の口から聞いた時に、はっきりと分かった。
あの王子は、本当にわたしをそんな対象として見ることができる人なのだと。
最近、言われた「発情期」の説明もだけど、異性であるあの人にこんな役回りばかりさせて申し訳ない気はする。
「治癒魔法が使えるこの世界なら、身体を傷つけるよりは心を傷つける方が効果もあるだろうし」
尤も、治せるからと言って、怪我を負わせられるのもイヤだとは思う。
「より深く抉るなら、性的暴行が一番わかりやすいでしょ?」
男性による暴力での蹂躙。
女性としての尊厳を踏みにじる行為。
「そんなあっさりと言うことかよ」
九十九が呆れたように言う。
「水尾先輩も少し前に言ってた。魔力の高い女性は、魔力が弱い男性からすると次世代へ望みを繋ぐ存在に見えちゃうんだって。子供を産ませるためだけのものとして扱われることもあるってさ。酷い話だよね。女性を女性として見ているようで見てないんだよ」
ただ子供を生むためだけの存在。
果たしてそこに幸せはあるんだろうか?
わたしはない気がする。
「子供ができる可能性があって、相手の心に傷もつけられる。向こうからしたらかなり有効な手だよ」
わたしの心が一回で折れなきゃ複数回、いや、相手が飽きるまでは続けられるだろう。
回数が多い方が、当たる可能性も高くなるのだ。
わたし相手にそんな気になれるかは分からないけれど、世の中にはいろいろな趣味の人がいる。
そんな事態はあまり考えたくないが、頭には入れておかなきゃいけない。
わたしが、今回、あの「見習神官」によって柱の陰に引き込まれた時、それらが間違いなく頭にあった。
異性によって引き起こされる暴力。
そして、同時に捕まるという怖さもよく分かった。
そして、今回は無事だったけど、次回は大丈夫だと思えない。
「その発想は兄貴の言葉だけ……か?」
「いや? 漫画や小説の知識から」
戦争が絡むとそんな描写は増える気がする。
「……何の本を読んでるんだよ。エロ本か?」
「……九十九の口からそう言った単語が出るとは。普通の少女漫画って少年漫画より表現が激しかったりするんだよ」
「……うん、なんか、オレが悪かった。でも、お前にもそういった方向の危機感がないわけじゃなくて、正直ホッとした」
「なんで、九十九がホッとするの?」
そこがちょっと不思議だった。
「……護衛とは言え、オレを信用しすぎているからだよ。なんであっさり部屋に入れんだよ。びっくりするわ!」
「そんな事言われても……」
九十九に話があるって言われたからだ。
廊下で立ち話ってのも目立つし、内容によっては良くないだろう。
九十九の言い分がよくわからない。
じゃあ、どうするのが正解だったのか?
「あまりにも男扱いされてないから、お前にそう言った感覚がないのかと本気で心配してた。若宮もそんな感じのこと言ってたし」
「九十九に対して、少し麻痺していたのは認める。九十九がわたしに興味がないこと知っているから安心しきってた」
そう答えると何故か九十九はムスッとした。
でも、事実だから仕方がない。
「ちょっと立ってこっちまで来い」
「へ?」
眉間にシワを寄せたままの九十九に言われるまま、椅子から少し離れた場所、部屋の中央より少しベッド寄りに立った。
ここは大聖堂の一室なので、寝る場所が割とすぐ近くにあって大変ありがたい。
テーブルはもともとなかったのだが、恭哉兄ちゃんが置いてくれたのだ。
「この行動に何の意味が?」
そう問いかけると九十九が何故か自分の顔を抑えて、下を向いた。
具合が悪くなったかなと、心配して手を伸ばした時、不意に世界が半回転した。
いや、わたしの身体がそのまま倒されたのだ。
壁から天井へと景色が流れたので仰向けになったらしい。
床ではなく、近くのベッドに倒れ込んだために痛くはなかったけれど、全身が少しだけ跳ねた。
「お前は本当に阿呆か!! なんで、オレには全く危機感がないんだよ!?」
上から九十九が立ったままわたしを見下ろす。
正直、いつ投げられたのか、どう投げられたのかわからないぐらい見事な技だった。
ベッドに転がされたのは、わたしが受け身を取れない可能性を考えてのことだと思う。
そのためか、不思議と怖さはなかった。
「……九十九は護衛なんだから大丈夫でしょ?」
転がったまま、わたしはそう口にする。
九十九の顔がいつもと違った角度で見える。まあ、普通は護衛から見下ろされるなんて経験、あるものじゃないだろう。
何より、護衛に投げ倒されるなんて、ある種の裏切り行為だ。
本来なら悲鳴をあげたり、抗議しなきゃいけない場面なのかもしれないけれど、この国の結界も、わたしの魔気も反応しないから、彼がわたしを本気でどうこうする気はないんだと思う。
「男の理性を簡単に信じるなよ」
そう言いながらも、九十九はわたしに手を差し伸べる。
そういう目的で倒すなら、さっきみたいに投げ倒す以外の選択肢があると思う。
相手が抵抗できないように押さえつける意味でも、身体ごと一緒に倒れるもんじゃないのかな?
その辺は本当に経験ないから分かんないけど。
「男の理性ってのはよく分からないけど、わたしは九十九だから信じてるんだよ」
その気持ちに嘘偽りはない。
もし、九十九がわたしをそう言った対象として見ているなら、今までだって何度も機会があったのだから。
そう言うと、九十九がすっごい複雑な顔をしながらもわたしを引き起こしてくれた。
「いきなり悪かった。でも……、本当に男に簡単に気を許すな」
「確かに見事に投げられちゃった。」
「…………」
九十九の眉間のシワが深くなった。
どうやら、今は感心してはいけない場面だったらしい。
彼は頭を掻くと、わたしをじろりと睨んだ。
「な、何?」
いつもより迫力のある瞳。
まるで、敵と認識された時みたいだ。
九十九は無言で、手招きするのでこれ以上怒らせたくなくて素直に従う。
「ふえ?」
それは本当に突然だった。
九十九がわたしの腕を引き寄せ、そのまま身体を抱き寄せる。
何が起きているか分からない。
いや、今、強く抱きしめられているのは分かるんだ。
でも、なんでそうなっているのかが分からない。
さっき凄く怒っている顔をしてたのに、なんでこんなことになってるの?
わたしが、目を白黒させていると、九十九の腕から少し、力が抜けた。
だから、思わず……。
どんっ!!
わたしは彼を勢いよく突き飛ばしていたのだった。
注意を入れるほど、糖度は高くないと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




