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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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翻弄される少年

 法力国家の王女殿下は、目を伏せ、オレたちの手を握りながら絞り出すような声で「側にいて欲しい」と、そう言った。


 その声の細さにオレは思わず若宮を見る。


 高田とは違う苦労が少ない手。


 高田はのほほんとしているけど、基本行動が自分のことは自分でしようとするため、同じ年頃の女にしては手が硬い方だと思う。


 力仕事とかも抵抗なくしようとするし。


 怪我をしているわけではないので、オレの治癒魔法も効果はなく、少し硬く鍛えられてしまっている。


 でも、オレと高田の手を覆うように握っている若宮の手は、貴族らしく柔らかい手だった。


 そして、それは弱りきった声と違い、しっかりと固く力強くオレたちの手を抑え込んでいる。


 もともと、若宮のことは事前に大神官と兄王子から頼まれている。

 それをすぐにできなかったのは、オレたちの魔気の調整にやや問題があったからだ。


 その点についても、今回、城下で行動して確かめるところだったが……、邪魔が入った。


 だが、目の前の王女が何も言わないところを見ると、不自然じゃない程度に誤魔化せているのではないだろうか。


 そう考えると、一国の王女にここまでさせなくても良かったかもしれない。


 こんな風に弱点を曝け出してまで頼み込まなくても、元々、高田は応えるところだったのだから。


 だが、オレの考えに反して、高田は若宮を見たまま、すぐには答えない。

 そして、彼女はふっと表情を緩めてこう言った。


「その頼み方だと逆に本心に見えないよ、ワカ」

「は?」


 高田の言葉の意味が一瞬、本当に分からなかった。


 どちらかと言うと、何言ってんだ、こいつ? ……と、この時は本気でそう思ってしまったのだ。


「あ~、本当にやりにくいお子様ね~」


 そう言いながら、若宮は顔を上げる。


 その表情に先ほどまでの弱さは欠片も見当たらない。


「普段、強気で傲慢な王女様が不意に見せた弱さと儚さで『一発K.O.』されちゃう場面でしょう? ここは!」


 そこにはいつもの若宮しかいなかった。


 どうやら、オレは幻を見たらしい。


「待て、今のは芝居なのか?」


 どこからどこまで演技だったのか分からない。


 だが、流れが本当に自然すぎて、オレが笑えるぐらい見事に転がされたのはよく分かった。


 しかも、一切の嘘がなかったのだ。

 そこが一番、恐ろしかった。


「味方が欲しいってのは本当だと思う。単にその理由を強調したかっただけじゃないかな」


 高田が眉をハの字にしながらそう口にする。


 なんでこいつは騙されなかったのか?

 その部分が気になる。


 同性だからか?

 それとも付き合いの長さか?


 オレより単純で甘い精神構造のこいつが、先ほどので引っかからなかったのは、一体、何が違ったのだろうか。


「そう。私はいつでも本音で語る女!」


 拳を握りしめ、力説する若宮の姿を見て、こんなやつだと知っていたはずなのに、まんまと騙されてしまった先ほどのオレを、この手でタコ殴りにしたかった。


「本音を口にしつつ、演技で本心を誤魔化す女の間違いじゃないの?」

「それを見抜くのは高田と高瀬とベオグラぐらいだわ。……高田と高瀬って、続けて言うのも言いにくいけど、『ベオグラぐらい』って言葉も酷く言いにくいことに今、気付いた」


 どうでも良くないことと、どうでも良いことを混ぜて話さないでほしい。


「いや、わざわざ芝居すんなよ。協力したくなくなるだろうが」


 オレは額に左手をやる。


 すると、若宮は、オレと高田の手から両手を外し、オレの左手だけを握って顔を近づけてこんなことをのたまった。


「笹さん、側にいて……」

「へ?」


 妖しいほど艶のある声で、オレの耳元でそう囁く。


 今度のはちゃんと罠だと分かっていたが、本能的に固まってしまった。


 仕方ないだろ?

 男なんだから!!


 こんな色のある声で囁かれて平然としてられるか!


「これをさ~、素でやってのけるほど、私に純な心って残ってなくって~」

「~~~~~~~~~っ!!」


 手を外し、その場からくるりとスカートを翻してオレから離れる。


「高田、この性悪女の芝居を見抜く方法を教えてくれ!」


 オレは、握ったままの高田の手をさらに強く握る。


 このまま、流されてたまるか!!


「勘」

「役に立たねえ!!」


 思わず叫んだ。


「ワカの演技は自分を護るためのモンだからね。ああ、本心って気付かれたくないんだなとか、この部分は踏み込まれたくないんだなって判断するぐらいしかないんだよ」

「その判断基準が知りたいんだよ!」

「私、照れ屋さんだから~」

「どの口が言うか!」

「女の嘘は暴かない方が賢明よ、笹さん。騙された殿方は庇護欲が満たされ、形ばかりの栄誉を得た気になる。私は目的を達成できる。誰も損しない! 最高!!」

「納得できねえ!!」

「形だけの栄誉って辺りが当事者を意識させないままに貶めている気がするんだけど……」


 高田も流石に呆れたようにそう言った。


「ところで、九十九、そろそろ手が痛い」

「あ、悪い」


 だが、今、この手を離すのは躊躇われる。


「高田、悪いが、オレが若宮に騙されそうになったらこの手を強く握ってくれないか?」

「それはどの程度?」

「どの程度って……」

「ワカの演技にも小、中、大、特大、超特大とあるんだけど……」

「そんな分類、聞きたくねえよ。お前の判断で良い」


 それに五段階評価ならもっとうまく分けて欲しい。


「あら、体よく私を出汁(だし)に使って、高田の手を握り続けるの? 笹さんって本当にムッツリよね?」

「若宮が素直なら必要がねえんだよ」


 オレに見抜く力がない以上、これは仕方がない。


「私は自分では素直なつもりだけど、笹さんほどの素直さは年齢的にもう無理ね」


 そんな若宮の言葉に、少しだけ高田が握ってくる。


 どうやら、今の台詞だけにも何かが混ざってるらしい。

 どの辺だ?


「ねえ、高田。この笹さん、くれない? この僅かな時間でもたっぷり楽しませてくれる男ってそう周りにいないのよ」


 なかなかとんでもない発言だが、先ほどより高田が強く握ってきた。


 どうやら、さっきよりも芝居がかったらしい。

 差が分かんね~。


「九十九がいないと、わたしも困るから駄目だよ」


 何気ない高田の言葉。


 でも、心なしか、オレの口元がにやけてしまった気がして思わず口元を押さえた。

 誰かの役に立っているのは素直に嬉しいのだ。


「代わりの男を差し上げましょう。堅物の大神官なんていかがかしら?」


 さっきよりさらにもっと強く握られた。


 でも、今のはオレでも分かる。


 大体、オレと大神官が釣り合うかよ。

 そもそも交換なんて、周りが許さんだろう。


「当人たちの意思を無視しすぎた取引なのでお断りします。でも、わたしがもっと一人で大丈夫になって、九十九がワカの近くにいることを望んだなら、その時は考えるよ」


 高田はオレを少し見て、若宮にそう答えた。


 彼女は基本、一人で何でもしたがるから、オレの手がかからなくなる日はそう遠くない未来のことだと思う。


 今は、まだ魔法が使えないが、自在に使えるようになれば、生活基盤を整えられる兄貴はともかく、単純な護衛でしかないオレは必要なくなるだろう。


 その時、オレは何を望むのだろうか?


「よし! 笹さんの好感度を上げよう! それが近道と見た!」


 今度は軽く握られた。


 これが本心に近いってのが恐ろしい。


「さっきからオレの好感度ってやつは、だだ下がりなんだが。大体なんで好感度って表現なんだよ? ギャルゲーか!?」

「ごめん、笹さん。女向けの恋愛ゲームにも『好感度』って言葉が登場するんだ。私はギャルゲーには手を出してないけど、あれでしょ? 一緒に帰ろうと誘うだけできつい言葉で刺してくるスタイルのヒロインがいたりするゲーム」


 今度はピクリとも動かなかった。


 なんで、こんな会話でしかこの女は本音語りができないんだ?


「でも、笹さんって素直だから私の好感度はかなり高いのよ? それに笹さんの方だって、高田が余計なことを口にしなければ、私の気持ちに答えてくれたんじゃない?」


 そう言いながら、若宮はオレと高田の手を外させた。


「高田も甘やかしはダメよ。笹さんには私と真摯(しんし)に向き合ってほしいから」

「……先に若宮が真摯に向き合ってくれよ。それに……オレを単純なヤツ扱いするな」


 確かにころりと騙されたのは認める。


 そして、同時に、あの見習い神官たちも、こんな女が相手なら騙されたり流されたりするのは仕方がないと同情もした。


「純粋って褒めているつもりなんだけど。それに……、一度汚れたら、もう綺麗な白には戻れないのよ?」


 そう苦笑する若宮を見て、これはどの程度の芝居なのかを考えてしまっている自分に気づいた。


 確かに、何も意識していなかった頃にはもう戻れる気はしない。

 だけど、今の発言に賛同しづらい部分があった。


「若宮は、芝居を見抜く高田は汚れてると思うか?」

「へ? わたし?」


 いきなりオレから名指しされて、きょとんとする高田。


「まっさか~。高田は驚きの白さよ。洗剤のCMに出られるぐらい。でも……」


 そう言いながら、若宮はオレから離れ自由になった高田の腕を引き寄せ、背後から抱きすくめながら……。


「少しぐらいは私が汚しちゃったかもしれないわね」

「―――――――っ!?」


 そう言いながら、どこかなまめかしい動きで後ろから高田の頬や首筋、鎖骨辺りを指でなぞる。


 写真や映像ではなく自分の目の前で現実に繰り広げられる二人の姿はどこか怪しげで、そして、かなり生々しく見える。


 そして、その図はどこか別の世界を覗き込んでしまったような気がして、オレは無意識に生唾を飲み込んだ。


 惜しむべくは、その相方の高田がいつものように丸っこい瞳をオレの方に向けていることだろうか。


 それでもその行動を拒否するわけではなく、高田は若宮にされるがままだった。


 だから、余計に少しぐらいこの雰囲気に流されても良いんじゃないかと思わされたのは不覚だったと思う。


「あら、笹さんってば、実はこっちの世界もイケる口? ああ、でも、殿方はそうって言うわね。女は逆。自分が対象になりえないから安心してじっくり見ていられるんですって」


 突如としてオレの目の前で繰り広げられた非日常的な空間は、いつもの若宮によってぶち壊された。


「若宮、ちょっと黙ってくれ、頼むから」


 ああ、この女は実は「魅了魔法」を使ってんじゃねえか?

 オレとしては頭を抱えたかった。


「高田もそんなキョトンとした顔してないで少しぐらいノッてよ~。笹さんが新たな世界を開くのに協力してあげて」


 本当に、心底、黙って欲しい。

 頼むから。


「ごめん、よく分からなかった。いつものワカの悪ふざけでしょ?」


 高田は平然と言うが……、それは聞き捨てならない。 


 ちょっと待て。

 まさか、いつもやってたのか?


 もしかして、学校とかで?

 それはそれで大問題じゃねえのか?


 こいつらの周りの男子生徒、まともに動けたか?


「笹さん、この娘さん、情操教育足りてないよ~?」

「そこをオレの管轄にするなよ!!」


 感情に関する教育は普通、家庭の務めだと思う。

 そこまでしなきゃいけない護衛はもう護衛じゃない。


「男性の方が感情を揺らすのは適役じゃない。それとも……私が教えちゃって良いの?」

「……タチが悪い」

「お褒めの言葉、頂戴いたしました!」

「一ミリたりとも褒めてねえ!!」


 オレの叫びが部屋にこだました。


 この場合、オレは悪くねえ!!

 多分!!

個人的には「セーフ」だと思うのですが、「ガールズラブ」じゃないか?と思われたなら、ご一報ください。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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