人の数だけドラマがある
「とりあえず、状況は分かったと思います」
順を追って話を聞いたせいか、不思議なくらい落ち着いている。
開き直ったと言うか、感覚が麻痺したと言おうか。
「でも、子どもの頃のわたしが記憶と魔力を封印したのは何故なのか分かりません。わたしだけでなく母さんまでというのが特に。防衛手段は多い方が良いと思うのですが……」
自分の身を自分で守れなければ、ほとんど意味がない気がする。
そう考えるとあまり良い手段とは言えないのではないだろうか?
「まあ、身を隠して10年。探知能力に優れた魔界人たちからも逃げ切っていたという実績はある。ガキの頃は魔力も魔法も不安定だからな。お前がもし、所構わず魔力を放出しまくっていたら、居所をあっさり知られて、人知れずズドンだったかもしれんぞ」
そう言いながら、九十九は撃つ真似をした。
「私も魔力を押さえる方はあまり得意ではなかったしね」
「でも、記憶は?」
それなら魔力を封印するだけで良いと思うのに……。
「その点についてはオレも問い詰めたい。記憶があったら、もっと話は早かったのに」
九十九はため息を吐きながらそう言った。
彼は10年分も溜め込んでいたんだ。
なんというか……、お疲れ様です?
「ガキだったから、里心がつくからだったんじゃねえ?」
ああ、ホームシックになった可能性……とか?
小さいからその可能性もあったかもしれない。
ずっと寂しい気持ちになるよりは、綺麗さっぱり忘れたほうが良いと思ったかもね。
「もしくは、封印したいほど忌まわしい記憶があったとか」
それは、ちょっと嫌だな。
それだけの思いをして、住み慣れた場所から離れたなんて我が事ながら、可哀想だ。
「いや、多分、完全な人間になりたかったんだろう。生活できるように多少の細工はしていたみたいだし。魔界での記憶は、人間には不要なモノだからな」
雄也先輩はそう言った。
「完全な人間に……」
なるほど、その感情はとてもよく理解できる。
過去のわたしは全てを捨てて、ただの人間として母と生きることを決めた。
そして、生まれた地、父親を全て忘れてでも、命を狙われることなく穏やかな生活を送りたかった……、そこにはドラマがある。
「……って細工?」
はたと、あることに気付く。
いや、考えなくてもよいのに気付いてしまった。
「具体的に言うと戸籍とか、住民票とかかな。住民基本台帳に記録がないと、小学校にも入れないからね」
「うわあああ!? 過去のわたしって犯罪者だ!!」
確かそういうのって公文書偽造罪とかなんとかいう犯罪だった気がする。
でも、戸籍はともかく、住民基本台帳って何!?
「それを言ったら、オレらもそうだよな」
「書類や機械、他人の記憶等の不正操作は、魔界人が地球で暮らすべく必要不可欠な犯罪だからな」
「あわわわ……」
5歳にして犯罪者!?
「ありきたりの言葉で申し訳ないけど、イカサマはバレなきゃイカサマじゃないんだよ、栞ちゃん」
にこやかにそう言う青年の背景に、ナニか別のモノが見えた気がした。
ううっ。
でも、この人を責められない。
覚えていないとはいっても、自分もやらかしているわけだからね。
「き、記憶についてもなんとなく分かりました。で、でも、王は何故、正妃を止めなかったのでしょうか? 仮にも国で一番の権限の持ち主なら、びしっと命令すれば良い気がするんですが……?」
慌ててなんとか話題を探したが、わたしがそう言うと、三人は黙った。
何か……、言ってはいけなかったのだろうか?
「まず陛下は独裁者ではないこと。だから、命令して従わせることはしないね」
雄也先輩はそう言った。
そうか……。
王さまが独断で勝手なことはしないのか。
「それに、王妃殿下には……、貴女が『陛下の子』とは告げていないのよ」
母がその重たい口を開く。
「え? どういうこと?」
「だから王妃殿下も『もしかしたら陛下の子かもしれない』という状態なの」
「……へ?」
「お前が本当に『国王陛下の子』だって分かったら、お前は今頃生きていないよ。まだ本気じゃないから、ここまで追跡してこないんだ」
そう言えば母が隠していたため、王すら確証は持ててないという話だった。
それならば、王妃に本当のことを知るはずもない。
「表立って陛下がキミたちを庇えないのもそこにあるんだ。陛下が公式にキミたちを認めてしまったら、間違いなく権力争いに巻き込まれる。陛下は、自分と同じ思いをさせたくないんだよ」
「自分と同じ思い?」
「王子殿下……、いえ、今の国王陛下はお兄さんと争ったのよ。本来なら第一王子殿下が継ぐところだったけど、彼のお兄さんは病弱でね。第二王子殿下を国王にするって当時の国王陛下が決めてしまったものだから……」
おおう。
ここにも別のドラマがあったらしい。
なんというか、魔界ってかなりドロドロしているのかな?
「今の王妃殿下は自分の子に王位を継がせることに何故かやたら固執してる。これはガキだったオレたちでも分かるぐらい城内でも周知の事実だった。だから王子の他に王位継承権を持つ者を生かしておくはずがない」
「陛下が表立って庇うことは、実子と認めていなくても、王妃殿下にキミは王位継承権を持っていると伝えるのと同じなんだ。だから、キミたちの捜索も、俺たちだけにしたわけなんだけどね」
うぬう……。
わたしたちの捜索を少数精鋭にした理由はここにあったのか。
でも、そのために幼い少年たちの貴重な時間を10年も無駄にさせるのは、何か違う気がする。
何より……。
「王位なんて……、別に、いらないのに」
国王って地位にどれだけの権力があるか分からないけれど、自分の奥さんも止めることができないほど弱いのは分かる。
「今の王妃殿下は人気がないんだよ」
「九十九!!」
制止しようとする雄也先輩に構わず九十九は平気で続けた。
「兄貴が言ってきたことだろ? 国内外問わず評判が悪い。特に城下の者は王妃だけでなく、側室を持つように願っているんだ。無能が陛下の横に立つなと」
なんと!?
そんなに良くない人が上に立っているの?
しかも、国内だけではなく国外にまで広がっているなんて……。
それって、国として大丈夫なのだろうか?
「どんな人なの?」
気になったで、問いかけてみることにした。
「一言で言うと、我が儘」
九十九はあっさり言う。
「はっきり言うと女性の魅力に欠ける」
……って雄也先輩?
まさかあなたまで答えてくださるとは思いませんでしたよ?
「私は一言じゃ言えないわね~、あの方に関しては」
明後日の方を見ながら迫力のある笑みでそう言う母。
やはり母ともいろいろあったらしい。
いつもよりその笑顔が暗くて怖い。
「分かった……。まあ、その人に人望がないことだけは……」
会うことはないだろうけど、会いたくはない人だと言うことも分かった。
「王と言う立場にある人間がいろんな女性を囲うことはどこの国でもあることだ。でも、我が国王陛下は一人だけだった。あの王妃殿下を敵にすると面倒だからな」
「違うだろ。王が本気で愛した女性は、こちらにおられる千歳さま唯お一人。産まれた時から決まっていた面白味のない婚約者より、異性として魅力が溢れている女性の方が男は惹かれるからね」
雄也先輩はさらっと母を褒める。
「あら、お上手ね、雄也くん」
ホントだね。
母さんがいい歳して嬉しそうにしたのが分かる。
「王様の見る目があるないはともかくとして……」
「どういう意味かしら、栞?」
じろりと睨まれる。
「人気がない自覚があるから王妃さまも自分の息子に王位を継がせたいんだろうね」
「まあ、はっきりとは言わないけどそうだろうね。女性の勘は恐ろしく鋭い。周りの評判だって何となくは分かっているとは思うよ」
「自覚がないならもっと努力して欲しいもんだな。髪は仕方なくても、せめてもう少し化粧を薄くして欲しい」
九十九は余程王妃様が嫌いらしい。
「わたしが継承権とやらを『いりません』って、すっぱり放棄すれば問題解決なんじゃないの?」
それなら、狙われる理由はなくなる気がするのだけど?
「だから、それはお前が陛下の子だっていうようなものだろ? それに王族の血を引く子がこの世に存在するという事実があの王妃殿下には許せないんだから」
「それに継承権を持つ者が今の王子の他にいることが周囲に知られたら、王妃反対派が何らかの形でキミを擁立する可能性もある。つまり国が荒れるわけだ。この国で過去にあった乱の如くね」
そう言えば、歴史で習った。
将軍さまのお世継ぎ騒動。
ただでさえ、争いが増えていた時代に、実弟と実子の血なまぐさい戦いが全国の武将を巻き込んでの大混戦となったとか。
しかも、当の将軍さまは、隠居も同然の形で新たな文化を築いたとか築かないとか。
それは確かに今の状況に似ていると思う。
たまたま実子同士だったってだけで、跡継ぎを争って、周りを巻き込んで……、当の王は傍観だけ……。
いや、わたしは王位なんていらない。
住んだ覚えもない国の王さまになんかなっても、わたしには、きっと何もすることができないだろうから。
それならば……、その国を継ぎたいと思う人が、継ぐべき教育を長く受けてきた人が王さまになるべきだって思うのだ。
そんな考えっておかしいのかな?
本日三話目の更新です。
明日も同じような形で更新予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。