王位継承の条件
「ここから先は、他言無用を約束してくれると嬉しい」
若宮はそう言って口元に笑みを浮かべる。
でも、その目は笑っていない。
大神官を追いやったこともあって、オレは気を引き締めた。
「悪いが、内容による。問題が大きくなればオレだけで対処できん」
さっきの魔獣交換交流の話もある。
国際的な問題とかになれば法律の話は避けられない。
兄貴の意見がどうしても必要になるのだ。
「正直ね、笹さん。高田は?」
「大神官さまに場を外させたってことは、内面に踏み込む話になるってことだよね? ワカの方こそ、その点は大丈夫なの?」
横にいた高田は思わぬ方向からそれを指摘した。
「……本当に嫌な子。変に勘が鋭いんだから。でも、そうね。大神官に聞かれたくないってのが本音だけど、私の立ち位置も伝えるから少し、内面だけじゃなくて、この国の内部に突っ込んでもらうことになるかな」
その時点で嫌な予感しかしない。
今のうちに高田を引っ連れて帰るべきだとオレの本能は告げていた。
「現在、この国で王位継承権を持っているのは、長子である『グラナディーン=テマラ=ストレリチア』と末子である『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』。王族の血を引く人間は他にもいるけど『ストレリチア』の名を魔名に持つのは現状、この二人しかいないの」
「継承権問題なら、他国のオレたちは巻き込まれたくねえからすぐに逃げるぞ」
オレは不快感を隠しもせずに、若宮に告げる。
「話は最後まで聞いてくれるかな、笹さん」
「さっきから嫌な予感がずっとしてんだよ!!」
「この国で問題になっているのは継承権よりも私の処遇ね。優遇するか冷遇するか。降嫁させるか、他国に嫁がせるか」
「ああ、王子殿下が継ぐことは決まっているのか。それなら、問題はあまりないな」
王位継承権問題で国が揺れるのは、兄王子と妹王女の陣営双方の意見が衝突した時だ。
「そう仕向けたからね。評判の悪い王女よりは体面を考えれば、品行方正な兄王子を担いだ方が誰も困らないでしょ。純粋に国を盛り立てたいなら論外だし、国を後ろから操りたい人種も何しでかすか分からない人間相手では隠れ蓑にできない」
若宮の突拍子のない言動にはそう言った意味が……、いやいや、この女は人間界にいる時もこんな感じだったから違う。
間違いなくこれは素だ!
「降嫁か他国に嫁がせるかで迷っているってことは、今のところ、ワカには婚約者みたいな存在はないってこと?」
「長いこと留守にしていたからね。そう言った話を進められなかったってのはあると思う。そんな相手がいれば、もっと話が早くて済んだんだけどね」
「話が早い?」
「私にとっては兄がその問題の一部なんだけど……」
「シスコン部分が?」
話ではかなりの溺愛だと聞いた。
確かに不安しかない。
「外にまで伝わってんの!? いや、そこは別に良い。兄が、『その妹大好き病』に罹っていること自体は……いや、間接的に響いてる気もする」
「オレたちは精神科医じゃないぞ」
シスコンは治せない。
これは当事者間でなんとかしていただくしかないのだ。
「我が国で王位を継承する絶対条件があるのは知ってる?」
「知らん。法力が第一とかか? それなら、若宮は王位継承権から外されるだろ?」
「笹さんって情報通なんだかよく分からないわね。でも、この国は『法力国家』の二つ名が浸透してるけど、それを支えているのは神官たちであって、王族ではない。国王に法力は不要なのよ」
「法力国家なのに?」
高田が尤もな質問を返す。
法力国家なのに法力が必要ないとはどういうことだ?
「法力国家だからというべきかしら。この国は確かに大部分を神官に支えられているけれど、それは国家部分じゃなく法力部分でしかない。国家は王族が支えるものだから」
「国民じゃないんだね」
「人間界じゃないからね。そこは理解して」
確かに高田の常識は人間界のものだ。
魔界になじまないのは仕方ない。
長い間人間界で生活してきたオレだって、魔界に慣れない部分が多いのだから。
「そもそも魔力が強すぎる王族が神官と同じくらいの法力を使えるはずがないのよ。力の系統が異なるんだから。つまり、王族で私みたいに全く才能がないってのは珍しくないけど、兄みたいに正神官並みの法力を使えるのはかなり珍しいの」
兄王子は「正神官」並……。
正神官と言えば、聖堂の管理者も任せられる位だったはずだ。
つまり、かなりの法力使いということになるだろう。
「法力国家の王位継承が法力を基準としていないのは分かった」
「この国では『ストレリチア』の名を持つ人間から生まれ、一定以上の魔力があれば王位継承権は持てる。でも、産まれた時にその基準を満たさなければ『ストレリチア』の名を与えられることはできない。その前提があるの。そこはおっけ~?」
「じゃあ、我が国の王子殿下なんか門前払いだな」
「そうなるわね。あの程度で王族を名乗る? 笑わせるわ~ってなるの」
オレの軽口に容赦なく叩き込んでくる。
どうやら、ダルエスラーム王子は若宮に相当嫌われているらしい。
まあ、話を聞く限り無理はないのだが。
「で、困ったことに、王位継承権第一位が25歳の時点で一番、強い継承権所持者が王になるって決まりが存在するの」
……嫌な予感が既に真後ろにある気がする。
この話、続けなきゃいけないのだろうか?
オレは高田を見ると、彼女も何とも言えない目線を向けた。
「第一位って継ぐ順番じゃないのか?」
「一番目に継承権を拝命しましたってこと」
なるほど、そういう意味の「第一位」なわけだ。
しかし、それでは早く生まれたほうが有利だ。
普通に考えれば……の話だが。
「王になるのに性別は?」
「問わず」
「魔力って女の方が強くなりやすいって話だよな」
「一般的にはそう言われてるわね。だから、かの魔法国家アリッサムは女系一族なわけだし」
「王子殿下は二十歳だと聞いているが、……現時点で一番、魔力が強いのは?」
あまり聞きたくないが、ここは確認しておく必要がある。
「目の前にいるでしょ?」
「なるほど……。高田、帰るぞ。こいつはその問題に巻き込む気満々だ」
オレは高田の手を掴んだ。
予感が確信に変わった今、長居をする理由はない。
「ここまで話をさせておいて、簡単に帰すと思って?」
「つまりはお家騒動だろ? そんな厄介なことに高田を巻き込むな」
だが、そのオレの言葉に若宮じゃない人間が反論した。
「九十九……、少し落ち着いて。ワカは王位が欲しいとも、お兄さんと争いたいとも言ってない。跡目争いが話の根幹じゃないと思う」
こいつの考えは甘い。
オレはため息を吐く。
「王を継ぐのに当人の意思は関係ねえ。周りがお膳立てして担ぎ上げれば、それだけで王になっちまうことだってあるんだ」
「そうね。その辺は笹さんに同意する。王位継承の問題は兄と私の意思だけではどうにもならないでしょうね」
若宮は意外にあっさりとその事実を認めて口にする。
「でも、ワカは別にわたしたちを巻き込みたいわけじゃないと思う。自分のことは自分で決めたい人だし。それに、当人の意思が関係ないなら、尚更、わたしたちがいた所でどうにかなる話じゃないでしょ?」
「そうね。自分のケツぐらい自分で拭けるわ」
「仮にも王女殿下が『ケツ』って言うなよ」
なんというかイメージの問題だ。
男が言うならともかく、身分の高い女が自分のこととして言ってほしくないっていうのがある。
「もう少しだけ話を聞こう。それで、結論を出しても遅くないよ」
それでも、高田はオレに食い下がった。
それを勘弁してくれと思う半面、仕方ねえなと思ってしまう自分が嫌だ。
だが、仕方ない。
その気になればこいつはオレを強制的に従わせることもできるんだ。
それでもちゃんとオレの意思も確認しようとするだけマシだろう。
決して、この困り顔の上目遣いにほだされたわけじゃない!
だから、そこでニヤニヤしてんじゃねえぞ、若宮。
「物分かりが良くて助かるわ~」
「物分かりが悪いから、説明してもらわなきゃ分かんないんだよ。ワカが言う情報が足りてない状況? ってところ。だから、わたしは聞きたい。ワカは、どうしたいの? そのためにわたしに何を望んでいるの?」
強く大きな瞳が若宮を見据える。
オレが何を言ってもあまり動じた様子を見せなかった若宮が、少しだけ目を見開いた。
「私の望みは兄が王位を継ぐこと。あれだけ勉強している人が、報われないのはおかしいと思う。あの人は、確かに魔力は私より強くないけどそこまで差があるわけじゃないし、感知能力とか魔気の操作は私よりずっと上手なの。だから、そこは正直、私は心配してない」
だが、現時点で二十歳の兄王子と成長途上の若宮の差が僅かでもあるなら、周りはそう思わない可能性がある。
魔力の強さは三十代ぐらいまで成長するが、目に見えて増大するのは平均的に二十五歳ぐらいまでだと言われているのだ。
二十五歳の兄王子と二十歳の若宮でその差が開いていないとも言えない。
尤も、ピークを超えれば魔気の操作とか契約の種類とかで魔法の成長は一生できるらしいんだけど。
だが、それを若宮が分かっていないとも思ってない。
純粋な魔界人である彼女はオレ以上にそのことを知っていると思う。
だから、黙っていた。
「でも、兄は私に継がせたがっている。あの人、魔力が強い人間が好きなのよ。セントポーリアの王子とは真逆ね。だから、私を過剰なまでに守りたがっている。あの病気はそのせいだと思いたい」
「そんな大それたことなら、わたしが手伝えるようなことなんて何もない気がするんだけど」
「そっちは身内の問題だからなんとかする。もともと、この件に関して、誰の手も借りるつもりはない。だけど……」
若宮は高田とオレの手をきゅっと掴む。
そこでオレは高田の手を掴んだままだったことに気付いたが、今更離すのもどうかと思う。
仕方がないから、若宮にされるがまま、彼女の動向を見守る。
しかし、それが間違いだった。
「側にいて欲しい。私には味方が少ないから」
若宮は、オレと高田の手を握ったまま、そう願ったのだった。
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