大事の前の小事
「いや~、高田はともかく、笹さんまで大神官であるベオグラと面識があったとは。まあ、護衛だしね。知っていてもおかしくないか。私としては、互いに説明の手間が省けて良かったわ~」
ワカが上機嫌で笑っている。
「よくありませんよ。栞さんが戻らないのでお連れの方々が心配されて、大聖堂まで探しに見えていました」
どうやら、恭哉兄ちゃんもワカに、わたしたちが大聖堂に居候していることは言いたくないらしい。
その辺についてはすごく助かる。
なんとなく、知られると面倒なことになりそうだし。
そして、やっぱり雄也先輩たちは心配していたのか。
当然だよね。
城下へ向かったきり帰ってこないのだから。
まさか、近くで軟禁状態にあったとは思わなかったことだろう。
「じゃ、その人たちに連絡してあげて。彼女はもう少し遅くなる。もしくは戻らないって。返事のチョイスは任せるわ」
「話を伺った後にすぐ、連絡は入れましたよ。栞さんたちは厄介な人間に目を付けられて身動きがとれない状況です、と」
恭哉兄ちゃんにしては、なかなか酷い返し方だと思う。
「おう、仕事が早いのは良いことだけど、一国の姫相手に言ってくれるじゃない」
思った通り、ワカが噛みつく。
「私は間違ったことは一切、申していませんよ。実際、姫が拘束していたためにお二人の帰宅が遅れたことは事実でしょう?」
それでも、サラリと流す大神官。
彼のこの返しから見る限り、こんな問答にも慣れているのだろうか?
「本当に頭、かったい男ね~。私は別に大したことはしてないと思うんだけど」
悪びれもせずにワカは大神官にそう答えた。
「多くの見習神官を神殿街へ派遣して、無理矢理、栞さんを捉えさせようと画策。さらに、当人が訪問した折には、『拘束魔法』を使って、護衛である九十九さんまで脅迫を試み、説得に見せかけて長時間の監禁と、伺いましたがそれでも大した事ではない……と?」
わたしたちの説明を見事に要約した大神官は、その表情を変えないまま、目だけをすっと細める。
「大事の前の小事ってやつよ」
ワカは気にせず、いつものノリでそう答えている。
でも、その言葉はワカにしてはどこか冷たい気がした。
少なくとも、わたしや九十九に対する言葉とはちょっと違う。
恭哉兄ちゃんが、この部屋に召喚されてから、わたしたちはすぐ彼に状況を説明した。
そして、それに対する彼からの話では、困ったことにどうやら、ワカがこの部屋を使って遊ぶのは初めてのことじゃなかったらしい。
そのことは彼としても、とても頭の痛い問題だったようだ。
まあ、普通に考えても使ってはいないとは言え、自分に与えられた部屋の入り口に勝手に仕掛けをされていたら、たまったものじゃないだろう。
因みに、恭哉兄ちゃんもこの部屋に入るためにノックをちゃんと12回したらしい。
そして例の合言葉も言ったということだ。
それを聞いた時、この彼がどんな顔と声で言ったのかが少し気になってしまった。
そして、あの合言葉を含めて、この部屋に来るその仕掛けは自動的に行われるように設定されていたようで、外の音は聞こえず、逆に中の声も外に漏れることはないそうな。
完全防音ってやつだね。
いや、この場合、かなり困ったことなのだけど。
防音ってことは、外へ助けも呼べないってことだよね?
「話を聞いた限りではありますが、始めから普通にご招待をされれば良かったのではないでしょうか? それに私も待っていてくださいとお伝えしたでしょう?」
「そんなの時間かかるし、何よりつまんな~い」
「つまらないって……」
わたしは大神官相手にも自分のペースを崩さないワカに肩を落とすしかない。
「まあ、正直なところ、高田がどこにいるかも分からなかったってのが本音だけど」
「それならば、私に尋ねてくだされば、良かったのではないでしょうか? それに姫はクレスのことも知っていたでしょう」
「それはなんかイヤだった。なんとなく負けた気になるっていうか」
「何の勝負だ?」
九十九もワカの言葉に頭を抱える。
一応、大神官の前だからわたしも九十九も彼女に対して、敬語に切り替えようとしたんだけど、ワカ自らに止められた。
「それに~、高田の護衛が笹さんって聞いていたから、もしかしたら吊り橋効果も得られるかな~って欲張っちゃった」
「吊り橋効果だあ?」
なんとなくどこかで聞いたことがある単語が出てきた気がする。
この時点で既に嫌な予感しかしない。
「吊橋上のドキドキ感を、恋のトキメキと勘違いしちゃうってやつ。高田と笹さんが本当は恋人関係じゃないって知ってるから、仲良しの二人を手っ取り早く、くっつけるのは苦楽を共にしたほうが確実でしょ?」
何気に城下でのことを苦楽って言ったよ、このお姫さま。
つまり、ある程度危険なのは承知だったってことで良いのだろうか?
「阿呆か?」
九十九はかなり呆れながらもそう言った。
そして、わたしも思う。
それは「特大級のお世話だ」と。
「私としては、高田と笹さんが今より仲良しこよしになってくれた方がすっごく好都合なのよ」
「好都合?」
九十九が警戒しながらも律儀に尋ねる。
あまり突っ込まない方が良いと分かっていても、問い返さずにはいられないらしい。
「より多くのからかうネタができるじゃない。それも友人二人分! これを最っ高っ! と呼ばずして何を最高と言うのか?」
「誰だ、この女に権力を持たせたのは!?」
大神官の前だというのに、九十九は構わず力強く叫んだ。
「神かな」
ニヤリと笑うワカ。
「言い切りやがった!!」
九十九がさらに叫ぶが、人間が生まれることを神様の思し召しというやつならば、間違っていないのが厄介なところだ。
「さっきからずっと思ってたけど、笹さんの突っ込みってキレがあって良いわ~」
ワカはニコニコ笑顔でそう言う。
「嬉しくねえ!!」
さらに突っ込んでしまう九十九。
だが、これでは、彼女の意のままだ。
「九十九……。多分、かなりからかわれているよ」
ワカが自分のペースを掴むためだろう。
それが分かっているのか、恭哉兄ちゃんは静観している。
「……って、わけで、この高田を友人としてこの城に迎え入れたいんだけど、ベオグラはどう思う?」
「私より先に国王陛下や王子殿下に頼むべきことではないでしょうか?」
「あの二人は基本的に私のすることに反対しないから。でも、ベオグラは違うでしょ?」
「私は意見する立場にありません。私たち神官の管轄は大聖堂のみです」
「はいはい、諸手を挙げて賛成はしないけど、表立って反対もしないってなら問題にはならない」
なんだろう?
さっきから聞いているとこの二人の会話って、わたしが知っている二人とはちょっと違う気がする。
妙に余所余所しいっていうか、冷たいっていうか。
これって余所行きの顔なのかな?
それとも、わたしたちの前だから?
「そんなわけで、高田、笹さん。暫くの間で良いからさ。この我儘王女の退屈凌ぎに付き合ってくれないかな? 近くにいるのもこんな面白味のない男だから、息が詰まるのよ」
「期限はどれくらい?」
恭哉兄ちゃんや王子殿下からのお願いで、もともとワカの所に来る予定はあったのだ。
過程が変わってしまっただけで着地点は一緒なのである。
そうなると、ここから先はいろいろな意思確認ってことになるだろう。
「私が飽きるまで」
「待て、こら」
本日何度目かの「待て」を九十九が口にする。
「のんのんのん。落ち着いて、笹さん」
ワカが怪しく微笑む。
「飽きるってのは私じゃなくて、別の人の話よ」
「別?」
九十九はこれまでの話の流れから警戒を崩さない。
「セントポーリア国の王子殿下『ダルエスラーム=ザネト=セントポーリア』さま。彼が飽きるまで、高田は私の傍にいた方が良いんじゃない?」
「!?」
思わぬ方向から出た名前に、わたしは思わず固まってしまったのだった。
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