王女の目的
わたしの言葉で、ワカは平静を保ちながら、返答をしようとする。
「おや、何故かな?」
「先ほどからなんかワカの様子がおかしい気がするんだよ」
「やだな~、気のせいだよ、高田」
ワカの目がさらに揺らいだ。
これは間違いない。
「少しでも引き留めようと会話を伸ばしている感じがするけど、それも気のせい?」
不自然じゃないぐらいに巧妙なタイミングで、九十九に話題を振っている。
九十九は基本的に相手からの質問に対しては濁さず、答えようとするタイプだから、会話が続いてしまうのだ。
実際、この場所に来てからかなりの時間が経っている。
そろそろ、恭哉兄ちゃん、雄也先輩や水尾先輩に連絡をとりたいところだと思っていたのだ。
心配しているかもしれない。
いや、同じ敷地内にはいるはずなのだけどね。
「あっちゃ~、バレちゃったか~」
悪びれる様子もなく、ワカが笑いながら頭をかいた。
「若宮……」
「ダメよ~、笹さんが気付かなきゃ。護衛なんでしょ? 日暮れまで粘って『今夜は帰さない』発言は殿方の専売特許ってわけじゃないのよ?」
「どこの親父だ?」
「うん。些か、発言が古臭いのは認めましょ。私の言葉の引き出しにもそんなみっちり詰まっているわけじゃないし」
それでも、ワカの言葉の引き出しは、わたしよりは十分多い気がする。
「ワカの発言がオヤジ臭いのはともかく……、わたしたちも帰る場所と言うものがあるので、引き止められると大変困るんだけど」
「笹さんと早く、二人っきりになりたいってこと?」
「……そ~ゆ~のじゃないのは分かっていて言っているよね?」
大体、どこをどうしたら、そんな解釈ができるのか?
「まあね。こうしてみても、二人が恋人って感じには見えないし。なんか、一方的に笹さんが苦労してそう」
護衛だからそうなるのは仕方がないと思う。
自分でも心当たりはある。
でも、そこはぐっと我慢だ。
ここで感情的になってはいけない。
すぐ横で九十九が大きく頷いている気がするけど、それも見なかったことにしよう。
「城下の宿でしょ? キャンセルできない? 私、もう少しお二人と語らいたいんだけど。まあ、はっきり言うと、話し足りない」
「連泊中にドタキャンとかできるかよ。荷物も置きっぱなのに」
わたしたちは既に宿にいないのだから、その辺りはどうとでもなるのだけど、それをここで口にしてはいけない気がした。
九十九もそう考えたからこそ、それっぽいことを言ったのだろうし。
ワカの目的が分からない以上、このまま、ここにいるのは良くない気がする。
「連れもいるから、オレとしてはそろそろ連絡を取りたいんだが」
「ここに備え付けの通信珠あるけど使う?」
そう言って、ワカは部屋の隅にある薄い緑色の珠を指さした。
この城内では通常の通信珠は使用できない。
大聖堂に入れば、わたしが持っている携帯用通信珠でも繋がるようになっているらしいのだけど。
「断る。通信相手とその居場所が丸わかりになるだろ」
城に備え付けられている通信珠は、通信相手が今どこにいるかも分かるようになっているってことはわたしも知っている。
相手は特定できないかもしれないけれど、通信先が大聖堂内というのが分かってしまうのは、こちらにとってかなり都合が悪いことだった。
「そんなところはよく躾けられているね。笹さん、城の暗部に来ない? 甘い所はあるけど、結構、活躍してくれそう」
ワカはとんでもないことを言い出した。
「軽いノリで誘うような部署じゃねえだろう?」
「暗部……、あるんだ」
「綺麗事だけで国が治められるとお思い? どの国でも程度の差はあっても裏方部隊はいると思うわ。流石に情報国家イースターカクタスほど国ぐるみで真っ黒な国家はないだろうけど」
そう言いながらワカが肩を竦める。
「時々、話に聞くけど、情報国家ってそんなに黒い国なの?」
「情報を司るって相当なことよ。情報を制すれば、世界を制す! イースターカクタスに狙われたら、普通の生活は望めないそうよ」
「ワカがそこまで力説するなら本物の黒さ……か」
雄也先輩も、水尾先輩もかなり警戒している国。
できれば関わりたくないってのが正確なところだ。
いや、普通に生活していて国家が関わることって殆ど無いだろうけど、わたしはある意味、一国を揺るがす可能性を持っているので、特に気をつけろと九十九から何度も念を押されている。
「ちょっと待たれい! それはどういう意味かしら?」
「高田の言うとおりだろ。驚きの黒さってやつだ」
「ちょっと待って! それは情報国家が? 私が!?」
「わたしを連れてこさせた本当の理由をはっきりと言わないから、ワカってことで良くない?」
「良くない! 名誉毀損だわ! 訴えて勝つ!」
王族が司法を握っている国で、その一員である王女殿下に訴えられたら他国の一般人の敗北は必至だと思う。
「訴えられる前に逃げますか、九十九」
「そうだな」
そう言って、わたしは九十九の腕を引く。
九十九もそれが当然とばかりに従ってくれた。
一応、言っておくけれどこんなこと、普段はしない。
それでも、努めて冷静に、慣れているように振舞った。
「分かったわよ! 悪かったわよ! だから、ストップ」
ワカが慌てて、引き止めようとする。
「強引な城への招待の理由。教えてくれるってこと?」
「でも、本当に高田に会いたかった。それだけは信じてくれる?」
「半分……いや、四分の二ぐらい?」
「それ、一緒だから。どっちもしっかり50%だからね、笹さん」
「高価な褒賞を準備して、流石に会いたいだけってことはないでしょ、ワカ。その先の要望があると思うんだけど」
「……流石ね、高田。見た目はちっちゃくてのほほんとした雰囲気に騙されそうになるけど、変に鋭い。本当にちっちゃいのにね」
どうやら、話を聞く必要はないらしい。
「……うん、帰るよ、九十九」
「お、おう」
わたしが再び、歩みを進める。
「待って! ごめん! つい! 高田が可愛くて!」
「小さいからね」
「ごめんってば!」
「そんなに身長変わらないのに腹立つこと言うからだよ。次、小さいって言ったら本当に帰る」
「……ガキか?」
「ガキですよ、小さいですもの」
背が低いことはわたしにとって大きなコンプレックスだ。
胸が大きくないとか太ももが太いとか、たくましい二の腕とか言われてもそこまで気にならないけれど、「背が低い」と言われるのは何故かすっごく気になる。
これはわたし自身にどうすることもできないことだからだろう。
わたしがへそを曲げたのが分かったのか、ワカはポツリポツリと話し始めた。
「高田を招待したのはね。おもちゃ……、いや、暇つぶし……、違う! ああ、娯楽の一環?」
思ったとおり酷い理由だった。
思った以上ではなかったのが不幸中の幸いといったところか。
「……それが、選ばれし言葉か?」
九十九は不機嫌オーラを隠さずに言った。
彼にとっては予想外だったのかもしれない。
「友人枠ってそんなもんじゃない?」
「若宮の友人定義が分からん」
「城に招待したのはそういう理由。友人として、暫くこの城に居着いてもらえないかな~と思って」
「すっげ~方向性の招待状が来たぞ」
九十九がワカの言いたいことを理解して、わたしを見た。
「王女殿下の友人を務めるほどの教養ってわたしにはないんだけど?」
「人間界……、ていうか日本ね。あそこの義務教育ってかなり高度だった自覚はある?」
「ほ?」
ワカの言葉でなんとなく九十九を見た。
九十九は当然だというように肩を竦める。
人間界って確かに勉強していたけど、それって高度な教育だったっけ?
「読み、書き、計算。魔界では庶民は会話する程度の知識があれば生きていけるし、方程式なんて知らなくても死ぬことはない。連立方程式、正反比例、確率計算、空間図形、覚えなくても世渡りできるのよ!?」
「やけに後半、具体的だな。しかも数学ばかりか」
「ワカは数学苦手だったからね」
「だまらっしゃい! 高田と違って証明は得意だから点数は取れる」
数学の証明問題……、
それは、国語のようでやっぱり数学なのに、どこか国語の要素がある不可思議な世界。
「えっと……、証明以外の数学を教えろってこと?」
「なんで、魔界に戻ってまでそんな苦行に身を落とす必要が? 私が高田に求めているのは、今、この状態! 対等に会話できる存在。いわゆるお話し相手ってやつよ」
「王女殿下の心をお慰めするような話題提供なんて異国の庶民にはかなりハードルが高いと思うんだけど」
「異国だから良いの! それにこの世界で、漫画や小説、ゲームや映画、ドラマ、お芝居、カラオケの話なんてできる相手いると思う?」
思わない。
……というより、そんなワカの要望に応えることができる人って、人間界での生活経験がないと無理だってことだろう。
「大衆小説はあるでしょう? この国も祝詞や法典しかないわけじゃないみたいだよ。それに少し読んだだけだけど、この国に伝わる神話とかも結構、面白かったから会話できる人いるんじゃないかな?」
文字の勉強のために恭哉兄ちゃんから借りた本はなかなか面白かったと思う。
お約束な展開、流れが多いけど、そういった王道って、つまりこれまで一般的に面白いと受け入れられてきたものってことだもんね。
「高田は空気が読めないのか? 読んだ上で華麗にスルーしてくれちゃってるのか?」
「面倒事に巻き込まれる未来しか見えない。他国の平民であるわたしが王女殿下のご友人となっても周囲から良くは思われないでしょう?」
「その辺こそスルーしてよ」
「いや、一番、スルーしちゃいけない部分でしょう?」
「確かに……、面倒事に巻き込まれる予感はするな。現状より二倍……、いや、三倍じゃすまないか」
九十九が何気に酷いことを言っている気がする。
この方は本当にわたしに付き従う護衛なのですか?
「むう。私一人じゃプレゼンが巧くいく気がしない。笹さんを唆せても、付き合いの長い高田にはある程度先を読まれる」
「そその……?」
九十九が不穏な単語に反応している間に、ワカはひらりと服を翻して、通信珠に向かった。
そして……、助っ人を呼ぶ。
「かもん、ベオグラ!」
「「は? 」」
わたしと、九十九の声が重なる。
その次の瞬間、ノックもなしに扉が開かれた。
「姫、私の部屋の扉で遊ぶのは……って、栞さんと九十九さん?」
そこに召喚された顔は、困ったことに、わたしと九十九も知っている人だった。
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