【第22章― 紙一重の攻防戦 ―】高価な褒賞
「では、改めて紹介をば」
そう言いながらワカはスカートの裾を軽くつまんで広げ、左足を後ろに引き右膝を軽く曲げた。
「『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』と申します。以後、末永くお付き合いくださいませ」
なんか漫画とかでよく見た気がする。
貴族のお嬢様がするようなお辞儀とかそんな感じの仕草だった。
「……誰だ?」
「いや、その反応、ちょっと酷くない? 笹さん」
ワカらしくない姿勢と態度に、九十九は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「じゃあ、こっちの方が良い? 私、『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』! 歳は15! 彼氏絶賛大募集!」
「……それは王女殿下としていかがなものでしょうか?」
わたしも思わず突っ込ませていただく。
いくらなんでもそんな挨拶はないだろう。
「も~! キミたち、ダメ出し多すぎ!」
「若宮がらしくねえことするからだろうが」
九十九も呆れたようにそう言った。
「じゃあ、笹さんはこっちが良い? 我が名は『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』! 法力国家の王女にして影ながら国を統べるものなり!」
「「似合う」」
わたしと九十九は思わず同時に答えていた。
「仲が良いのはよく分かったけど……。キミたちかなり酷くない?」
「……でも、ここに至るまでのワカの言動を考えたらそんな感じなんだけど」
「そちらの勝手で、いろいろ巻き込んでおいて、今更、ひどいとか抜かすなよ」
ワカは一応、この国の王女だ。
ある意味これまでの台詞も含めてそんな立場の人に対してかなり無礼な言葉だとは思うけど、九十九がそう言いたくなる気持ちも分かる。
「で、わたしは何のために捕獲されたの?」
勿論、何か目的があるんだと思う。
ワカの言動は一見無茶苦茶だけれど、それでも彼女なりの考えはちゃんとある。
かなり強引な手法をとることも迷わないから、周囲には突拍子もない行動にしか見えないけれど。
「友人を城に招待したかっただけで捕獲依頼はしてなかったんだけどね」
「誘拐のような手法を使われたんだけど」
いや、あれを本当に誘拐の手法と言って良いのか分からないのだけど。
「袋に詰め込んだ笹さん以外に?」
「うん。柱の陰に引きずり込まれた」
わたしにとっては、最初のアレが一番怖かった。
「……笹さん以外に?」
「さっきから、なんでそこでオレが引き合いに出されているんだ?」
「いや、笹さん、直情的で強引そうだから?」
「若宮ほど強引じゃねえ!!」
九十九は確かに直情的なところはあるけど……、実は身内以外にはあまり感情的なところを見せない。
強引……?
まあ、強引な部分はあるけれど、それってわたしが絡んだ時ぐらいじゃないかな?
そこまで他人にはあまり強い態度ってとらない気がする。
その結果が、水尾先輩に引きずられ、今のようにワカに振り回される現状なわけだし。
「でも、私はベオグラ特性のアミュレットを身に付けた娘を連れてきたらご褒美をあげるね、としか言ってないけど」
「ふ?」
ワカがそんなことを言った。
もし、それが本当なら……、あの行動の数々は、見習神官たちの独走ってことになるんじゃないかな?
「王族のソレは立派に命令だと思うが?」
しかし、わたしの考えとは裏腹に、九十九が眉を顰めながらそう言った。
考えてみれば、自分たちより遥か上の立場にいる人からお願いされるというのはある意味では強制依頼、命令とも言える。
この辺りは、誰かに仕える立場じゃないと分からない感覚だね。
「私としては普通に可愛らしくお願いしたつもりだったんだけど」
「可愛いかどうかはともかく、実際、なんと言ったんだ?」
「え? ふつ~ですよ? ふつ~に、『手段を問わずに生かしてここまで連れて帰れ! 』と」
「おい、こら」
「待て、こら」
わたしと九十九がほぼ同時に反応する。
「しっかり、命令してんじゃねえか!!」
「手段を問わない……。どうりで……、わたしはあんな目に……」
九十九は怒り、わたしは逆に力が抜ける。
「でも、実際、傷一つなくここにいるんだから問題なくない?」
「問題しかねえ!! 神殿通り北3下り5にある細道の袋小路に転がっている見習いたちに謝れ!!」
「あら、ご親切にありがとう。笹さんのことだから殺しちゃいないでしょ? 因みに何人ぐらい?」
悪びれた様子もなくワカはニコニコしている。
「8人。まだ目覚めないと思う」
「依頼したのが183人。非発見報告が152人。人違いで連れ帰ったのは今の所なし。犠牲は8人……と。流石にベオグラの法力を見間違えるような阿呆はいなかったか……」
ワカが何やらとんでもないことを言いだした。
「待て、諸悪の根源。今、何人に依頼したって抜かしたか?」
「183人。条件を絞ったらこうなった」
「オレらを殺す気か?」
「いや、高田を死なす気はなかったよ。だから、生け捕りにしなさいって命令を出してんだし」
ワカはぬけぬけとそんなことを言う。
「その183人が一斉に襲いかかってきたらうっかり殺ることもあるだろうが!」
「そこで、『殺られる』じゃなくて、『殺る』なのね。でも、183人一斉攻撃は現実的じゃないよ、笹さん。精々、5,6人くらいかな。そして、彼らにそれはありえない」
「……理由を聞こうか」
「褒賞は一つのみ。徒党を組んだら分前で絶対、揉める」
キリリとした顔でワカはそう言った。
「……因みにその褒賞って何?」
見習いとはいえ、神官たちが誘拐まがいのことをしたくなるというのはかなり魅力的なものだと思う。
「近くば寄って、とくと見よ!」
そう言って、ワカがどこからか取り出したのは……、あまり大きくない紙だった。
「なんだこれ……?」
そう言いながら、九十九がその紙を手に取り……、固まった。
「なんだ、こりゃあああああああああっ!?」
「こ、これは……」
九十九が叫びたくなる気持ちも分かった。
その紙自体は少し質の良い厚紙でしかない。
しかし、そこにある内容が大事だったのだろう。
「大神官の姿絵というやつだね」
「……お、オレたちはこんなもののためにあんな苦労を……」
九十九が大きく膝を崩した。
「こんなものって……、城下の姿絵屋でも扱ってないレア物なのに。価格にして100トレスは下らない代物よ」
ワカが言った「トレス」はこの国の通貨単位である。
詳しくは分からないけれど、この国に入る前に日本円にして1トレスは10万円くらいだと雄也先輩が言っていたような気がする。
誰がそんな金額を使うのかと思ったら……、こんな所で使われていたよ?
しかも、桁がおかしい。
そう思って、改めてその姿絵……、肖像画を見ると、あることに気付いた。
「よく分かった。この国は馬鹿ばっかりってことだな」
「九十九、ちょっと待って! これをよく見て!」
九十九はまだこの事実に気付いていない。
だから、これをそう言えるのだ。
「なんだよ」
「これ、写真じゃない?」
この紙の光沢、写実的な絵。
この前、紅い髪の人から見せられたものよりもっと進んだ技術。
「だから、どうした?」
「魔界に写真はないはずじゃないの?」
「……そう言えば……?」
人間界にいたわたしたちにとって、写真は珍しくはないものだ。
学生にとっては現像代、高かったけれど。
でも、それ以前に、魔界にはカメラというものが存在していない。
「流石に高田は気付くか……。相変わらず、絵には敏感だね」
そう言って、ワカは笑う。
「カメラを作る技術がないわけじゃないのよ。でも、人間界と違って現像が難しいらしいの。人間界と同じ技術で作ろうとしたら大気魔気が邪魔するらしくて、心霊写真のように変な光体が写り込んじゃうとか。で、これは人間界と異なる技術で作ったやつの試作品」
「……なるほど、高いわけだ」
そこまで説明されて、九十九にもその価値が分かったらしい。
改めて、まじまじと見ている。
「まあ、一つ実物があれば、複製魔法でコピーできなくはないかな。それでも一般でも簡単に手に入らないってことは理解できる?」
ワカが得意げに問いかける。
「……なんで、そんなもんを褒賞にしたんだよ?」
「希少価値って言葉、ご存知? プレミアとかでも良いかな」
「大神官は知ってるのか?」
「知らないでしょうね? 隠し撮りだし」
九十九の問いかけに、ワカはさらさらっと答えていく。
「肖像権って言葉、知ってるか?」
「人間界では聞いたことあるけど……、この国、いや、この世界では聞かないわね。有名人が姿絵になることは普通だし。笹さんって案外、一般常識を知らない人?」
「……若宮に常識を問われたくはないな」
それは同感だ。
肖像権とかはともかく、隠し撮りはあまり好まれないだろう。
……いや、あの紅い髪の人も似たようなことをやってた気はするけど。
「で、こんな高価な褒賞を餌にした理由はなんだ?」
「え? 分からない?」
キョトンとした顔で九十九とわたしを見るワカ。
わたしはなんとなく分かる気がしたけど、それが正解とはあまり思いたくなかった。
「分かんねえから、聞いてるんだ。」
「高田ともう一度会いたかった。それ以上の理由がある?」
目の前にいる亜麻色の髪の王女殿下はそんなことをあっさり言ってのけたのだった。
主人公は欧州の淑女の挨拶である「カーテシー」という言葉を知りません。
漫画で得た少女の知識なのでこんなものです。
そして、写真については、「安く見積もって」と付きます。
新しい文明はそんなに安くありません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




