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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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贖罪の間

 大聖堂を間借りしている栞たちが、通常利用する部屋以外で、使用許可をされていたのは、地下にあるかなり分厚い壁に囲まれた上に、かなり強固な結界を施された部屋であった。


 通常、契約の間と言われているはずのそこでは、王族や神官たちがどれだけ強大な魔法や法力を使っても外部に漏れることはないと言われている。


 一説には、神、自らが造ったとも言われているが、その真偽については定かではない。


 だが、そのさらに奥深くにその部屋はあった。


 窓どころか入り口も存在しない空間。


 細い一筋の光すら全く届くことがないその異質な部屋は、何かしらの罪を犯した神官たちが尋問される部屋であった。


 人間界で行われてきた数多くの実験の中に、雄也にとっては大変興味深い結果が出たものがいくつかある。


 その中の一つに、「感覚遮断の実験」というものがあった。


 具体的な方法として、視覚、聴覚に加え、皮膚感覚すら最小にして、ただベッドに横になるだけの実験だという。


 法外な報酬、食事が三食きっちり出され、水も飲め、排泄も許可されていたために、その応募時には希望者たちが殺到したほどだったが、それでも一月持った人間はいなかったらしい。


 さらに、2,3日で幻覚、幻聴など精神的に異常が現れるという結果が出ている。


 さらには長い期間に亘って後遺症もあるなど、あまりにも危険すぎるため、今では禁止されるほどの実験だったそうだ。


 その結果から分かることは、知的生物である人間にとって、情報の完全遮断という状況は、想像以上のストレスを与えるということだろう。


 加えて、一般的に時間というものは不変なものとされているが、それを認知する人間によって捉え方が異なるため、人によって時間経過の感じ方は変わるものである。


 情報が遮断されてしまっている人間にとっては、何も感じない暗闇など永遠の時間に等しく思えたかもしれないと、雄也は思った。


 何故、彼がそのことを思い出したかというと、話に聞いた「贖罪の間」と呼ばれている部屋はそれに近しい執行罰を行うことができるとされた場所だからである。


 勿論、それは犯した罪の大きさにもよるが、最終的には全ての感覚を奪うことさえできるとされている。


 人間に備わっている五感に加え、魔気や聖気などを知覚できる認知能力を封印するのはその部屋の効果か、そこを使用する裁定者の能力に寄るものかははっきりと分かっていないようだが、人間界での実験以前にそれらをこの国で最初に考え出した人間はかなりのサディストだと思われた。


 全ての感覚が無くなるということは、身動きができなくなる単純な拘束とわけが違うのだ。


 そして、(くだん)の人体実験とは異なり、口を開くことも出来ず、さらには自身の呼吸音や鼓動を感じる術がないという。


 その上、空腹も感じず、眠気もなくなるという状態は生きているのに死んでいる状態となんら変わりがないのだから。


 話に聞いた所によれば、その部屋ではまず、魔界人としての機能である魔力や法力が封印される。


 そして、嗅覚、味覚、視覚、聴覚と続き、最後に触覚を含めた全ての感覚が奪われるらしい。


 さらに恐ろしいことに……、その先の懲罰も存在し、それを受けてしまった人間は、一人の例外もなく生きてその部屋から出ることはないそうだ。


 かろうじて、終身刑の形を取られてはいるが、実質死刑に近いとのことである。


 尤も、その死因の殆どはショック死か自死の二択なので、誰かが直接手を下しているということではないようだが。


 単純に苦痛を与えるだけの懲罰とは程度が違うと、雄也は苦笑する。


 自国では、罪を犯した人間は貴族、王族という審判者によって裁かれるが、やはり、表向き命を奪われるようなことはない。


 一番、重い罪状では判定者の心一つで人としての尊厳を奪われる程度の苦痛を交えた屈辱を受け、終身拘束される程度のものだった。


 ……これは、これで考えた人間の性格を疑うようなものだが、現行法がそうなのだから仕方がない。


 この国では都市伝説のように語られているその部屋の存在を、何故かこの国の神官でもない雄也が知っているのも別に不思議な話ではない。


 この国が、「贖罪の間」に招待された神官たちに対しても特に口止めはしていないからである。


 話をしたければご自由に。

 それがこの国の立場であった。


 懲罰を受けた彼らが周囲に吹聴してくれることで犯罪の抑止に繋がれば、それはそれで都合が良いのだ。


 尤も、罰が怖いから悪いことをしないという考え方で神官を務められるのもどうかという意見は当然ながらある。


 しかし、罪のない人間が愚かしい神官の手による犯罪に巻き込まれる確率が下がる方が良いのは事実だ。誰だって自分の職業が貶められるのは嫌だし、頭が痛くなるような後処理は少ない方が好ましい。


 結局、神官職という巨大な組織を維持するためには綺麗事な甘い飴ばかりではなく厳しくも激しい鞭というものも必要だということなのだということだろう。


 神に仕え、神のために生きるという建前はあっても、結局は迷い、過ちを起こしてしまう心弱き人間であることは否定しようがない事実なのだから。


 だが、それでもほとんどの人間は、自身の口を重く固くしてしまう傾向にあった。


 余計なことを口にして更なる罰を受けることを恐れているのではない。

 そもそも、「贖罪の間」は罰則を受けた者が誘われる特別な部屋だ。


 つまり、そこへ立ち入ったことがあると口にするのは、自身が過去に処罰を受けるほどの過ちを犯したことがあると自白するに等しい。


 種火の数は少ない方が煙の立つ場所も減る。


 そうして、「贖罪の間」はますます謎多き場所と化し、一部の自称恐れを知らない神官たちの中で面白可笑しく語られるだけとなっている。


 人間が恐れることは、本当のことが何も分からないこと。


 未知なる世界への好奇心はあっても、それと同じくらいに恐怖心も存在する。


 その入口すらないと言われる不思議な部屋は今日もまた神官たちの道徳意識を高め続けていることに成功しているのだ。


「何段階ですか?」


 雄也は金属枠を見つめながら大神官に尋ねる。


(セイ)……、いえ、緑罪(リョクザイ)かもしれません。懲罰の判定をするのは私ではないので、断言はできませんが」


 その言葉で、その懲罰房……、もとい、「贖罪の間」で裁くのは大神官ではないということになる。


「そうなると最大で、視覚封印まで……、ということでしょうか」

「あの状況を見た限り、あの見習神官たちは命令に従っただけですからね。ただ……、話を聞き取った上で、罪科の増減はあるかもしれません」


 大神官は表情を変えずにそう口にした。


「個人的な考えとなりますが、もう一段階上の懲罰が良いかもしれません」

黄罪(オウザイ)……ですか。確かに栞さんの血筋を考えれば、そこが妥当となってしまいますが、公式的な身分を持っていないので難しいでしょう。栞さん自身に怪我もありませんでした。彼ら反省をしているようならそこまでは……と私は思います」


 雄也が調べた限りでは、先ほどまでここに倒れていた見習神官たちは、大神官を過激崇拝していた一員だった。


 まあ、つまり……、裁くのが大神官ではなくても、彼がその場に立ち会うだけで、熱狂的な信望者たちはある種のご褒美を得ることになると言えなくもない。


 結果として、見習神官たちの罪科は大神官が当初見立てたものよりかなり大きくなってしまうのだが、それでも彼らは皆、幸せそうだったことは付け加えておくことにする。


 そして、それは後の話。


 この場にいた見習神官たちの姿が消えて暫く、大神官は、送り先を見つめていたが、不意に雄也に顔を向けると……。


「雄也さんもご一緒に入られますか?」


 冗談ともつかないような声で、雄也に対して、大神官はとんでもない提案をしてきたのだった。

本日二度目の更新です。

次話は22時更新予定。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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