母の昔語り
「では、何故狙われたのかも分からないってことでしょうか?」
九十九の言葉で、相手が動揺した以上、あの人達はミラージュの人間であることは間違いないだろうと雄也先輩は言う。
九十九は「ハッタリ」も策のうちというが、それは単に結果オーライってだけの話だろう。
「それは違う。キミにはもうその理由が分かっているはずだよ。それでも、相手から返答は得られないから、可能性の一つとして考えるしかないのだけどね」
雄也先輩はわたしの質問に対して、そう答えてくれたが、正直、意味が分からない。
「どういうことですか?」
わたしの問いかけに、雄也先輩ではなく九十九が横から答えた。
「我が国の国王陛下に、正統な跡継ぎは一人だけだ」
「正当な跡継ぎ?」
そう言えば、わたしに片方しか血がつながっていない兄がいるという話は聞いた気がする。
つまり、その人は本物の王子さまってことになるのかな?
「正当な血筋……、国王陛下の直系血族は王子殿下。まあ、お前にとっては母親が違う兄貴ってやつだ」
……なんだろう。
嫌な結論に達しつつある気がする。
「それが?」
「つまり、ソイツに何かあったときは、もう一人の子に王位継承の可能性があるということは分かるか?」
「……ごめん、嫌な予感しかしない」
そして、それ以上、聞きたくない。
「伝わっているようで何よりだ」
「他に王の子は?」
「いない。国王陛下には子どもは2人。現王子殿下と、……お前だけだ」
「他の血族は、残念ながらその血が国王陛下から遠いため、名目上はともかく他国に認めさせるのはかなり難しいと言われているんだよ」
九十九の言葉を補足、いや、補強するように雄也先輩が続ける。
「公式的には栞ちゃんの存在は認められていないけど、王子殿下に何かあった時は考えなければいけないだろうね」
「で、でも、わたし、女ですよ?」
聞きたいのはそれじゃない。
でも、そんな言葉しか出てこなかった。
「そんなのは関係ねえ。我が国の王位は男や女は関係なく、純血のみが求められるらしいからな。それに、他国には、女王が治める国もある」
「でも……」
いきなりそんなことを言われても、頭がついてこない。
「あのなあ、お前が認めようと拒もうと、それは事実だから仕方ねえだろ。それに、それならミラージュがお前を狙った理由にも繋がるんだよ。人間界にいるお前が陛下の血を引いているって事実を知られたとは思いた……」
「捲し立てるな。バカが……」
「はぅっ!?」
言葉の途中で、ごきゅっと鈍い音を立てて、九十九の顔が傾いた。
「いきなりいろいろ言う弟でホントに悪いね」
「いえ……」
九十九に言われたことと、目の前で九十九の顔がおかしな方向に向かったのと、ショックなことが多すぎて、さらに何を言えば良いかよく分からなかった。
「栞……」
それまで黙っていた母が口を開いた。
「いきなりで驚くのも無理はないわ。だから、少しずつ順番に話しましょう。まあ、15年以上昔のことだから多少記憶に相違は有るかもしれないけど、昔話を聞く気はある?」
「え?」
一瞬、母が何を言っているのか分からなかった。
「聞く気がないなら話さないわ。必然的に貴女が幼い頃から聞きたがっていたお父さんの話も入ることになるけど。聞くか聞かないかは貴女が決めなさい。貴女自身のことだから」
母の言葉がようやく脳に到達した。
「聞くよ。聞くに決まってるじゃないか!」
そう、わたしは聞くしかないのだ。
この前みたいに訳の分からないまま、巻き込まれるのも、関係ない他人を巻き込むのもイヤだから。
わたしがそう言うと、母は微笑み……。
「私が魔界に行ったのは、十数年前……。そうね、今の貴女と同じ15の時だったわ。高校入学した直後……だったかしら?」
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
母が魔界に行ったのはホントに突然のことだったらしい。
今でも、それが何故だかは思い出せないようだ。
魔界の国の一つ「セントポーリア」ってところで、いきなり今の王に会ったそうだ。
当時はまだ王子という立場だったその人にとって、異世界から来た母は、興味の対象となったらしい。
そうして、「王子殿下の御友人」として城に住み込み、魔界での生活にも慣れた頃、王子さまはご結婚。
それが、今の奥さん……つまりは正妃となった方だった。
それから王子の兄が死に、彼が王位を継ぐことになったそうだ。
その後、母は城を出る決心をしたが、その時には既にわたしがお腹にいた。
「……ってちょっと待って。なんで友人だったはずなのに子ができたの?」
「多少、端折ったからよ。まさか、娘の前で、生々しい男女の話は出来ないでしょ?」
その言い方がかえって生々しいよ、マイマザー。
「それに、全てを話せない事情もあるのよ」
そう言って、母は何故かちらりと九十九たちの方を見た。
九十九も雄也先輩も読み辛い表情で、黙って母の話を聞いている。
ただ、九十九の方は時々、驚いたり頷いたりしていたので、表情からは分からないことでも分かってしまう部分はあったのだけど。
「話を続けるわね」
「あ、うん」
結局、母は、身重の身体で城を出て、ひっそりとわたしを産んで育て始める。
しかし、それが王の知るところとなり、連れ戻され、城で隠れて、再び生活を始めるが……、正妃にも、わたしの存在を知られてしまう。
そして、何度も殺されかけ、最終的には、追っ手を振り払い人間界に逃げた、と。
「何それ」
九十九から聞かされていたとはいえ、何度も殺されかけた記憶なんて、今のわたしには勿論ない。
でも……、よく分からないまま異世界へ放り出され、親子共々殺されかけたことを覚えていた……いや、突然、思い出してしまった母は、どんな気持ちでこの話を語ったんだろう。
「あの人……、国王陛下には、何度も貴方の子じゃないって言ったんだけどね。その時、懇意にしてた人との子だって。でも……、信じてもらえなかった。やっぱり魔界の王様は騙せなかったのね」
「実際は?」
「貴女は間違いなくあの人の子よ」
母はきっぱり言った。
迷いのない声。
そして真っ直ぐ見る瞳。
確かに母は軽そうに見えるが、そういった方面で軽くはない。
信じ難い話だけど、わたしが魔法の国の王さまの子というのは間違いないのだろう。
「でも……、殺されかけたって……」
そこは信じられない。
浮気相手もその子どももその存在が憎いのは分かる。
でも、そこまでしたくなるものなんだろうか?
「勿論、表立ってじゃないわ。トリア様だって、城内で自らの手を汚すほどお馬鹿な方じゃないもの」
「トリアさま……?」
「王妃殿下の名だよ。『トリア=ニューオート=セントポーリア』様と言うんだ」
ああ、確かに3つ名がある。
でも……。
「……? セントポーリアって国の名前じゃないの?」
そこが少し気になった。
「直系王族とその配偶者にはその国の名が与えられるんだよ。サードネームは身分を顕しているからね」
「……ということは、九十九や雄也先輩にもそんな長い名前が?」
「ああ、一応あるにはあるが……」
何故か九十九は口ごもる。
それに対して、雄也先輩はあっさりと答えてくれた。
「『ユーヤ=ルーファス=テネグロ』。残念ながら、国の名前は付けられていないけど、これが俺の名前。魔界人としての名だから魔名って言うんだけどね」
「『ユーヤ』だから『雄也』なんですね。じゃあ……九十九は?」
「……言わない」
九十九はそっぽを向く。
どうやら知られたくないらしい。
「笑わないから」
「なんで変な名前限定なんだよ?」
「いや、それ以外に誤魔化す理由なんてないでしょ?」
「ああ、ソイツの名前はね……」
「言うな、兄貴!」
雄也先輩が口にしようとしたのを、九十九は大慌てで止める。
「オレの名は、生涯唯一人にしか教えないって決めてるんだよ」
「生涯唯一人?」
「……なるほど。お前がその誓いを本気で全うする気でいるのなら、いくら俺でも口にすることは憚れるな」
「……唯一人?」
「何度も言うなよ」
「誰?」
「……未だ居ない。多分、会ってない」
そう言う九十九は何故か明後日の方向を向いたままだ。
「? 」
「生涯の伴侶にのみ告げるらしいよ。律儀な男だよね」
いつまで経っても答えをくれない九十九の反応を見て、雄也先輩はそれだけ教えてくれた。
「つまり、九十九くんは、本気で好きになった人にしか言わないということね」
なんと?
生涯の伴侶って結婚相手のことだよね?
「へ~。結構、ロマンチストなんだね、九十九って」
わたしは本気で感心していた。
中3で、そんな未だ見ぬ遠い未来の奥さんに対して誓いを立てている男なんて多分居ないと思う。
これって、魔界人だからなのかな?
「うるさいっ!!」
そう言った九十九は、耳まで真っ赤だった。
これは可愛い。
でも、追撃は止めておこう。
からかいの対象にして良い話題じゃないから。
「じゃあ、せめて『ツクモ』は本名なの? それぐらいはいいでしょ?」
「本名だよ。悪いな、面白味がなくて」
いや、十分、面白味はあると思う。
それに……。
「……良かった。『アーサー』とか『ベディヴィア』とか、『パーシヴァル』、『ガラハッド』、『ボールス』みたいに日本人離れしてなくて」
わたしはほっとした。
覚えにくいし、呼びにくいもんね。
「……『九十九』も名前としては、一般的ではない気がするが……、そのスラスラ出てくる名前はなんなんだ?」
「その名前は、円卓の騎士だね。好きなの?」
わたしの言葉に雄也先輩が反応してくれた。
わ、すごい。
分かる人には分かるんだね。
高瀬には通じたけど、ワカは「アーサー」ぐらいしか知らなかったから、この反応はちょっと嬉しい。
「少し本を読んだ程度ですけ。本格的には勉強していませんが、神話とか、ファンタジー系が何故だか好きなんです」
「親子だから、趣味が似たのかしらね。私も昔から好きだし……」
3人で盛り上がる。
1人残されたのは九十九。
「ど~せ、オレは活字と仲が悪いよ」
一途な少年は、ぷくっと頬を膨らませて横を向いたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。




