疑惑が確信に変わる時
「ところで……、黒幕と思われている人にはどうやって接触するの? わたし、場所分からないよ?」
通用口からこっそりと城内に侵入して、一直線に伸びている通路を歩きながら九十九に尋ねた。
多分、わたしより彼の方が持っている手段も知識もある。
だから、何か考えがあると思ってのことであった。
「こんな時の軍師とか将軍って基本、簡単に手が届かないような高いところか地下の奥深くにいるよな」
「……ちょっと待て。それってゲームの知識じゃないの?」
RPGとかアクションゲームとかは、簡単に辿り着けないようにプレイヤーがいる場所から離れた所にボスは存在していることが多い。
いや、ごく稀にスタート地点から見えているラスボスの城もあったりするけど、それでも簡単には辿り着けないようになっている。
「……お前と一緒にするなよ。オレが言ったのは一般論だ。戦場だって最前線に大将を置いて討ち取られたらいかんだろうが」
「最前線に出て、敵を討ち取りまくる武将もたまにいるよ?」
討ち取らずとも、前線に出て味方を鼓舞する武将の話はたまにある。
「……策を弄する軍師とかは基本、最奥に布陣しているだろ?」
「大将を逃がすために、殿を務める軍師もいたよ」
その結果……、軍師自身は亡くなったという話もセットになるが……。
「うん、分かった。話がそれすぎている。オレが言いたいのは人間界の特殊ケースじゃなく、魔界では、策士はことが露見しないように黒幕は最奥にいることが多い。これで納得しておけ」
「分かった」
でも、雄也先輩を見る限り、魔界にだって「陰に隠れてはいるけど前線で戦況確認型」もいるような気がする。
でも、九十九の意見を聞くために少し黙っておこう。
わたしたちはいくつかの角を曲がっていく。
この辺りは分かれ道になっているわけではないので、迷うことはない。
単に、曲がり角が多いだけだ。
多分、遊園地にある迷路のような構造になっているのだろう。
「普通なら城内の最上階に近い位置にいてもおかしくないが、今回、駒として使っているのが見習い神官だ。彼らが出入りできるのは大聖堂の一、二階のみ。つまり、そこのどこかにいると思う」
「でも、陰で動かす人間が、捨て駒のように手として使っている人間たちの前に簡単に姿を現すかな?」
長く国にいる神官たちならともかく、見習神官たちの中には神官道(?)に入って間もない人間もいるはずだ。
ある程度選別して声をかけていたとしても、直接命令を下すってのは危険な行為だと素人のわたしでも分かる。
「現す」
九十九はそう言い切った。
「普通は危険な行為だ。だが、性格上、やると思う」
「性格上って……」
その相手を確信していなければ出てこない言葉だった。
「好奇心がかなり強く、結果を急ぐせっかち。話を聞くより目で見たものしか信じない。自分の企みは必ず成功すると妙な自信を持っている。自分の言うことに誰もが従うと信じている王様気質。タチが悪いのはある程度相手をねじ伏せる力を持っている点だな」
「……酷い言われようだね」
必ずしもそんな部分ばかりじゃないんだけど、九十九の中ではそうなっているようだ。
「そんな性質の持ち主だから、恐らく自らの目で成果を確認したがっていると思う。だから、この大聖堂に潜んでいるだろうな」
「でも……、まだ九十九が考えている人が犯人、主犯だと決まったわけじゃないよ?」
「まあな。可能性の話だ。もしかしたら、オレたちが知らない人間の企てかもしれないし、オレとしてもそちらの方が良いんだよ。面倒事が減るから」
九十九はそう言いながら、大きく息を吐く。
「おっと……。あれを見ろ」
そう言いながら、九十九は立ち止まってあごをしゃくった。
その先に何かあるらしい。
促されるまま、その先をこっそり覗くと、真っ直ぐに伸びた廊下が見えた。
どうやら、迷路のような道が終わり、通常の大聖堂の通路に合流する地点についたらしい。
そして、その先にある通路で黒髪の見習神官と思われる影が一つ。
明らかに不自然な動きをしているのが見える。
わたしの封印が解かれて暫く、この大聖堂に暫くお世話になっていた。
できるだけ人目は避けながら魔気の調整練習のために何度も地下へ足を運んでいたのだが、それでも、その間に見習神官に会うことは何度かある。
彼らは書類や様々な道具を抱えていたり、たまに手ぶらだったりするけれど、ほとんどは足早に目的地へ向かっていることが多い。
すぐ近くを通っても気にされないほど忙しそうにしているのだ。
中には足を止めるなどして一つの行動が僅かに遅れると、次に影響があるほど過密なスケジュールが組まれている見習神官もいるという話もある。
ちょっと気の毒だよね?
でも、この先にいる見習神官は挙動不審というか所在無さげというか……。不思議と立ち止まったり同じところを右往左往したりしていた。
それなのにこちらを見る様子はないから、人目を気にしているのとはちょっと違う気がする。
向こうからは長く一直線の廊下は行き止まりにしか見えない。
さらに先に行けば曲がる道があり、何度も右に左にと進むしかない通路が伸びているのだが、そんな道があることはほとんど知られていないのだ。
「迷子かな?」
その無駄に長い廊下にまで来る人もほとんどいなかった。
扉はいくつも並んでいるけれど、ほとんど使うことはないって聞いている。
「お前を基準に考えるなよ」
その通路には遮蔽物がなく、身を隠す場がなかった。
そのため、様子を窺うには角からこっそりと見るしかないが、距離があるためにこれらの会話は聞こえていないようだ。
まあ、流石にそこまで大きな声で話していないというのもあるんだろうけど、相手もあまり余裕があるように見えない。
しかし、ようやく何かを決心したのか、足を止めて回れ右をして進みだした。
「階段の方向だな」
そう言いながら、九十九が先行し、わたしは遅れないようその後をついていく。
その見習神官は、九十九の言う通り、階段を上って右に曲がり、そのすぐ近くにある部屋の前に立ったようだ。
わたしたちは階段の壁に張り付くようにして、息を殺す。
今、誰かに見られたら、割と言い逃れができない姿のような気もするが、この際、気にしたら何かに負けた気になるので考えないことにしよう。
扉を叩く音がする。
どうやら、その部屋に用事があるようだ。
でも、ノックにしては妙に多い気がする。
10回を越えているんじゃないのかな?
でも……、次の瞬間、我が耳を疑う言葉が聞こえた。
『山』
中から聞こえた声。
そして……。
「か、かわっ!」
その台詞を聞いて、わたしと九十九が顔を見合わせたのは言うまでもないだろう。
『よろしい。入りなさい』
そんな声とともに、緊張した面持ちだった見習神官はその部屋の扉に文字通り吸い込まれてしまった。
扉は少しも動かなかったのに、姿が消えてしまったのだから、そう表現するしかないだろう。
「消えた? 今、開かなかったよね?」
思わず、声を出してしまっていた。
「扉に仕掛けがあるんだろう。正しい合言葉を答えれば、入れるように」
「一種類だけかな?」
「多分、な。この合言葉の知識ってか、この流れはそうそう知っているやつもいないんじゃねえのか?」
「……ああ、そうか」
割とベタな合言葉として有名だが、それは人間界でのこと。
魔界で同じような合言葉があるとは思えない。
「何の部屋かは分かる?」
「分からないお前がビックリだよ。ここは、お前が少し前に借りていた部屋だ」
「……なんで?」
確かに階段の近くにあった気がするけど、……ここだったっけ?
「本来は、大神官猊下の私室の一つだ。開けてみろ。多分、あの時と変わらねえから」
恐る恐る扉を開けると……、確かに以前、結界で強化されていた部屋だった。
家具とかの配置はなんとなく覚えている。
「ど、どうなってるの?」
「多分、あのノックの回数だ。12回……だったと思う」
「だ、大神官の私室になんて細工を……」
「疑惑が確信に変わる瞬間だな。よし、ぶん殴る理由が増えた」
九十九は右手の拳を握って左手に打ち付ける。
パアンっと小気味いい音が辺りに響いた。
「いや、殴っちゃ駄目でしょ?」
いろいろと問題が大きくなりそうでおすすめできない。
「お前が命令すれば問題ない」
「……いやいやいや! 問題しかない! わたしに責任を押し付けないでよ!」
わたしが九十九に「命令」すれば、彼は無意識に従うしかないのだ。
それはいくらなんでも酷い話になってしまう。
「冗談だよ」
九十九はそう言うが、目は全く笑っていなかった。
どうやら、半分は本気のようだ。
でも、今は、暫く待つしかない。
わたしたちは、廊下の様子を見ながら待機することにした。
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