アミュレットを目掛けて
「い、いや……、純真な大神官様を誑かしたのか……。そうでなければ……」
何やらぶつぶつと呟かれているが……、大神官、恭哉兄ちゃんは優しいし真面目だけれど、純真……とはなんか少し違う気がする。
勿論、彼が汚れてるとは思っているわけじゃない。
でも、流石に20歳の殿方が、俗世の穢れを全く知らずに生きていくことなどできないだろう。
それも大神官と言う重い責任ある立場なのだ。
わたしの想像を絶する経験をしてその場に立っているのだと思う。
しかも、誑かす……とは?
なんとなく、わたしが悪女っぽい響きだね。
でも、この人の様子は今までで一番、おかしい。
それだけははっきりと言い切れる。
「くっ!? 結界……か。神よ、邪魔をするな! これは私欲からではなく聖なる心より生まれ出た感情だ!!」
その見習神官に何かがまとわりつくような気配があり、それと同時に彼はそんなことを叫びだした。
「九十九!!」
この状況に耐えかねて思わず、守ってくれている人の名を呼ぶ。
「あいよ!」
見習神官がわたしの言葉の意図に気付くより先に、九十九が相手の意識を奪った。
そのことに少しだけホッとする。
この人の雰囲気が、グロッティ村でのあの聖騎士団の人みたいで……少しだけ怖かったのだ。
あの時のように、無意識に何かが溢れそうで……、思わず、両腕で自分の身体をぎゅっと守るように交差させた。
「この人の手は……治せる?」
わたしはそんな自分を誤魔化すように九十九にお願いする。
「ああ、そう言うことか。治せるよ」
そう言って、九十九は見習神官の手のひらの怪我を治した後、いつもの所に行って積み上げた。
「屍の山みたいだな」
「……死んでないんじゃなかったっけ?」
「気分だよ」
八人目の使者。
彼からは何も聞き出せなかったが、収穫はあった。
「やっぱりこの御守りに反応しているみたいだね」
落とし物に反応したにしては早すぎる気がした。
わたしが握っていた手を緩めて御守りを落下させ、後ろを振り向く瞬間にはヘッドスライディングのような勢いで飛びつこうとしていたのだ。
「つまり、これって……、相当価値があるんじゃないの?」
そうとしか思えない。
ここに来て物取りの線が出てきたかな?
「資産価値はほとんどねえよ。お前専用って時点でな」
「でも、それを知らないから手を伸ばしたんじゃないの?」
「……大神官の法力にしか価値を見てないってことだな。そのアミュレットには、お前の魔気の気配も強くなっている。専用ってのはそういうことだ」
わたしにはそこまでよく分からないけれど、九十九がそう言うのなら、そうなのだろう。
「……なんで、九十九より状態が激しかったんだろうね」
「向ける感情の違いだろう。奪おうとしたか……高田自身に害意を向けようとしていたからかは分からんが……」
うぬう。
どちらにしても、良い感情ではないことは分かる。
しかし……、敵意のない九十九に対しても、ちょっと過剰な反応だよね?
これはどうにかならないかな?
今度、恭哉兄ちゃんに相談してみよう。
「あ、害意といえば、結界が働いたっぽいよ」
そんなことを先ほどの見習神官は言った。
でも、その立場的に神さまに対して、邪魔をするなって言い方もどうかと思うけれど……ね。
「大神官の法力が籠もっている御守りの持ち主を知っていて、しかも見習い神官たちに命令を出せそうな人間……」
九十九が何かに思い当たったように呟き、顔を向ける。
「そんなヤツ、他には一人しかいねえじゃねえか」
「……奇遇だね。わたしも今、その人物に思い当たったよ」
その人物について、これまで深く考えることを避けていたのは認める。
ある意味、九十九とわたしは揃って、思考を逃避させたかったのだろう。
だが、思い至ったなら逃げるわけにはいかない。
「でも、どうする?」
「この御守りの気配を誤魔化す! そして、城へ行くぞ」
分かりやすい結論だった。
でも……。
「どうやって?」
「少し前のお前の魔気と一緒だ。純度が高いから際立って目立つ。だから、この法力に不純物を混ぜる」
そう言いながら、九十九は指と首に嵌めていた金属具を取り外して、わたしの手首につけ直した御守りに重ねる。
「魔気と違って、この金属具では法力を分散させることはできない……か。でも、魔石の魔気は少し移動したな」
そう言って、金属具を首に嵌め直す。
この金属具は九十九の魔気を誤魔化すためのもので、首に二本と左手首に一本嵌めていた。
わたしには首に三本嵌めている。
因みに水尾先輩は首に三本と両手首や左手の人指し指にも嵌め、さらに両足にもくっつけている。
それだけしないと彼女の魔気は誤魔化せないのだ。
ジャラジャラしていて見ている側としては楽しいけど、水尾先輩自身は複雑そうだった。
何でも、国にいた時を思い出すらしい。
「でも、魔石が使えるなら、これはいけるな」
そう言いながら、九十九は細い鎖のようなものを取り出した。
よく見ると鎖ではなく、一つ一つが小さな粒でできていて、まるでビーズの紐のようだった。
「それは何?」
「魔石の加工品。小さいけど、複数の魔力が込められている。これを使ってみるか」
そう言いながら、わたしの手首の鎖に巻き始める。
思ったより……長い。
長過ぎる。
これだけで新たなアクセサリーを作れてしまいそうだ。
そうして、わたしの御守りはビーズで完全に覆われてしまった。
「法力を完全に包むことはできないみたいだが、覆いとしてはマシか。法力の自己主張が少し弱まった」
「いつから準備してたの?」
なんか準備が良すぎる気がする。
「その御守りが他の人間に渡せないような気がしてたから。その護りは素人目にも目立つからな。当然の措置だろ」
「御守りとしての効果がなくなっちゃうことは?」
「カバーしているだけだからそれはない。その御守りは半端な魔力で封印できるようなそんな弱っちいもんでもないからな」
そして、そのビーズのカバーをしてから、襲撃はピタリと収まった。
時折、キョロキョロとしている見習神官とすれ違いはしたが……、わたしたちは無事、目的地まで辿り着いたのである。
どの城もそうだと思うが、ストレリチア城にも城門を守っている人たちがいる。
その人たちが城に入ろうとする人間一人一人を審査し、城内へ迎え入れるかどうかを判断するのだ。
集団で訪れる時は、先に連絡を入れておけば、審査を免除されるらしい。
大半、集団で城に来るような人たちは城内にある転移門を利用することが多いらしいけど。
だけど、この国にはその城門を通過しなくても良い通用口があった。
見習神官たちは雑務のため、城内にある大聖堂の近く、城下にある多数の聖堂、神々を祀る神殿などを含めた様々な場所を一日に何度も行き来するらしい。
その度に門番の審査を受けるのは時間がかかってしまう上、その数も多いので神務に支障が出てしまうことが多々あると神官たちより訴えがあったのが200年ほど前。
それを解決するために作られた……というか強引に作らされたのがその通用口である。
仕事の簡略化と言えば聞こえは良いが、それは城門警備の穴を無理矢理こじ開けたようなもの。
神務のためとは言え、本来護るべき王族たちの警護に緩みがある状態は好ましくなかった。
この国は大聖堂にいる神官たちの力ではなく、城に住まう王族によって守られているのは事実なのだ。
そのため、二代ほど前の大神官さまによりその通用口は封鎖されることとなる。
城門の審査をなくすことはできないが、そちらを簡素化することで神務も支障は出ることはなかった。
見習神官たちはお遣いで門を通る度にその証を提示する必要はあるが、それだけで通過できるのだから問題なかったようだ。
そんなわけで今ではその通用口の存在を知る人間は、当時そこを利用したことがある神官と、現在の大神官、城を管理している王族……それと、何故かわたしたち。
「それを教えてくれる大神官猊下の危機管理意識はどうなってるんだ?」
九十九が眉をひそめる。
「ちゃんと国王陛下と王子殿下に許可はとったらしいよ」
「この国の危機管理はどうなってるんだ!?」
「この通用口も、許可がないと使えないらしいからね。素直に、信用されていると思えば良いんじゃないかな」
今回、わたしたちは城門を通らず、その通用口から外に出た。
その際に恭夜兄ちゃんが教えてくれたのだ。
今となっては王族が私用で外出するときしか使われてない出入り口だと。
私用って、多分、お忍びだろうね。
脱走するには良い出入り口だと思う。
利用する際は人目に気をつけてとも言われたが……、そもそも、不思議なことにこの付近に人の気配はなかった。
「周囲に人が来ないように結界がある」
「……何かあった時の非常口って感じなのかな」
「ああ、緊急時の脱出ルートか……って、それなら尚の事、外部の人間に教えてんじゃねえ!!」
「そんなことをわたしに言われても……」
九十九が叫びたくなる気持ちも分かるけれど、その部分に関しては大神官である恭夜兄ちゃんに直接言っていただきたい。
わたしは彼から教えて貰っただけなのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




