釣り餌は何だ?
この話は人によっては少し、グロい表現があります。
ご了承ください。
正直に言おう。
わたしは内心、すっごくパニクっていた。
勢いでつい、九十九の顔を近づけてしまった。
しかも、それを本人から冷静に指摘されるなんて一体、どんな辱めなのか?
九十九のことだから、これぐらいで誤解をするとは思えないのが救いだと思うことにする。
いや、手を握られたり、抱き寄せられたりとかは確かに今まで、何度かあったのだ。
そんな彼の行動に慣れたわけじゃないけど、それらは仕方がない面の方が大きい。
だけど、今回のは違う。
そんなことをしなくても良い状況だった。
しかも今までのはされる側だったのが、今度はする側に回ったのだ。
九十九が少しでも嫌がっていたら、立場を利用したセクハラというやつになってしまうではないか。
なんと言う事だろう。
自分がどれだけ慌てていたかがよく分かると思う。
先ほど九十九は変なことを口にして、考え込んでしまった。
彼は大神官である恭夜兄ちゃんを疑っているのとは少し違うけれど、何やらいろいろなことを考えていたんだと思う。
わたしが何度声をかけても、全く反応しなかったのだ。
雄也先輩はよくそうなるけど、九十九でそんな状態は珍しい。
やっぱり、兄弟ってことなんだろうね。
だから、正気に返そうとして……、思わず、やってしまったのだ。
反省も後悔もすっごくしている。
ほっぺたは思ったよりかたかったなとか全然思ってない。
背が前より伸びたなとか、身長差が開いてきたから顔を引き寄せるしかなかったんだとかそんなことも考えてない。
ただただ恥ずかしいだけだった。
他にあるとしたら、申し訳ない……でしょうか?
わたしが悲鳴をあげたけど、本来は九十九の方が声をあげたい立場だと思う。
彼は、わたしが護衛対象だから黙って待っていてくれたんだ。
結果として、言われるまで気付かなかったけれど、わたしが気付くまで待ってくれるつもりだったかもしれない。
ああ、穴があったら埋まりたい。
いや、いっそのこと今から自分で掘るべきか?
「大神官の黒幕説は否定したいところだね」
わたしは努めて普通に言ってみた。
「単純にお前の身柄を拘束するのが目的なら水尾さん、クレスは当然として……、大神官やグラナディーン王子殿下も候補には上がらない。オレたちは既に懐に入っているからな」
「……ナチュラルにお兄さんを除いていますが?」
「…………オレは兄貴を信頼しているが、信用しちゃいねえんだよ」
「信用も信頼も似たようなもんじゃないの?」
「ちょっと違う」
その辺りちょっと複雑な心境らしい。
頼りにはしているけど、全面的に受け入れてはいないってことかな?
なんて面倒くさい兄弟関係なんだ。
「お前の身柄を狙う人間なら、いろいろと考えられる。あの紅い髪の男やセントポーリアの王妃、その息子である王子たちとその命令に従う立場の人間。それ以外なら手配書で興味や関心を持った人間」
「おおう」
思ったより多い気がする。
いや、手配書ってやつがあるためにそこは仕方ないんだろうけど……。
でも、あの手配書ってそんなに似てないから大丈夫だとは思っている。
髪の毛の色すら違うし。
「一人、二人ならともかく……、見習い神官が七人。それも的確にお前だけを目掛けてきている点が一番気にかかっているんだ」
「わたしの姿の詳細が相手に伝わっているってこと?」
そうなると手配書が問題とは思えない。
髪色、瞳の特徴も違うからだ。
話しながら、わたしたちはまた神殿通りと呼ばれている場所に出る。
そこで、九十九がこんなことを口にした。
「高田、その手首の御守りは外せるか?」
「これ? 外せるよ」
そう言って、左手首の銀の鎖をするりと取ってみせる。
「長い時間は外さない方が良いらしいんだけど……、手を洗う時とか、お風呂では外すようにしている」
大丈夫と分かっていても、金属類をあまり水で濡らしたくはないのだ。
「可能性が高いのは、ソレを目印にしているってことだ」
「へ?」
「大神官が込めた法力……。神官なら見習いでもその性質を見抜く可能性がある」
「な、なるほど……」
わたしの指につままれた御守り。
それは今日もキラキラと輝いている。
しかし、九十九が言っていることが本当なら、本来、わたしの身を護るはずのものが危険にさらされるきっかけとなっているってことだ。
なんとも皮肉な話だと思う。
「試しにオレに渡せ。それでもお前に集中するなら、御守りは関係なく、見た目の特徴で捜索されていると考えられる」
そう言って、九十九が手を差し出したので、そのままわたしは鎖を渡そうとした……が。
バチィッ!!
激しい静電気のような音を立てて、銀の鎖が九十九の手から逃げ出し、わたしの手に戻ってきた。
「やっぱり、コレはオレが持つことはできない……か」
手のひらを見つめながら九十九はそう呟いた。
気のせいか、皮が剥けているように見える。
その状態はまるで彼が以前、わたしの封印を解こうとした時に似ていた。
「……RPGとかで『それを譲るなんてとんでもない』とメッセージが出た状態?」
「……なんか違わないか? それ……」
彼は治癒魔法をしながら溜息を吐く。
「これは完全にわたし専用装備品ってことか」
「その表現は間違ってないが、素直に何か認めたくねえな」
何故か彼はどこか納得いかない様子でわたしを見た。
「……ということは、外せないと考えるべきか。そうなると、この法力を誤魔化す方法を考えた方が良いな」
九十九はそう簡単に言うが、この法力はこの国、いや魔界で最高位の大神官によるものである。
わたしは魔気だけではなく、法力に関しても鈍いらしく、この御守りを見ても綺麗な光る珠だな~ぐらいの感覚しか持てない。
でも、見る人が見れば、誰の手によるものか一目で分かってしまうことは知っている。
それだけの物をどうやって誤魔化そうというんだろうか?
「……疑ってるな?」
「いや……」
どうやら、顔に出ていたらしい。
「とりあえず、今、こちらに来る客を相手してからだ。余裕があれば、アミュレットを意識しろ。見習い神官の目線がそっちを気にしていたらその可能性が高いってことだからな」
「……また来たのか」
正直、まだ来るのか……が正しいかもしれない。
「相手の思う通りになりたければお前が抵抗しなければいい。走るのを止めたいならそう言え」
「そんな素直な女に見える?」
「見えねえな」
わたしの言葉に九十九がクッと笑った。
足は動く、手もまだ大丈夫。
だったら、やれるだけのことはしておきたい。
「護りは任せた! 信じてるから」
わたしがそう言うと、彼は一瞬目を丸くして……。
「おう、任せろ!」
そう嬉しそうに答えてくれた。
その九十九の笑顔を軽く手を振り、わたしはまた例の細道に向けて進み出す。
少し、歩調を速めると……、九十九の近くに来ていた人もわたしに向かってきたのが振り向かなくても足音で分かる。
今度の人は、少し踵が鳴りやすい靴を履いているようだ。
この時点で尾行を隠す気はないと思われた。
これまで通り、さらに歩調を速めて駆け出す。
そして、細道に入って曲がったところで、いつもと違うことをしてみた。
「なっ!?」
金色の髪の見習神官が驚きの声を上げる。
わたしの手首に付いていた御守りは、先ほど外して握っているだけだっため、手を振った勢いですっ飛んだ。
「あ……」
振り向いて、御守りが飛んだ位置を確かめようとした時、わたしの瞳に映ったのは、それを拾おうと、手を伸ばし、その勢いで転びそうになっていた金髪の見習神官の姿だった。
そして…………。
バチチッ!!
雷と呼ぶほどではないが、目に見えるほどの電光とかなり激しい音。
先ほど、九十九が弾かれた時とは比べ物にならないほどの抵抗を見せ、御守りはわたしに向かって飛んできた。
その電撃を受けた見習神官の頑丈そうな手袋が引き裂かれた上で、そこから見える手のひらは不自然なほどに紅く染まっている。
まるで、先ほど見た九十九の手……、いや、それ以上に酷い状態だった。
手の皮がずる剥けってレベルじゃなくて……、その一瞬、赤い何かが飛び散ったような?
「こ、これは……、何故……?」
見習神官は、わたしを……、正しくはわたしが受け止めた御守りを見て、何故かそう呟いたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




