試されているのは?
「さっきの見習神官さん……『大神官』……って言ってたね」
高田がポツリと呟いた。
「今は試験ってやつの準備しているはずだよな。」
「うん。神官たちの検定試験が近いんだって。昇任? 昇段? みたいなやつ」
やっぱりそう言った試験だったのか。
「お前は内容について聞いていたのか?」
そう問いかけると、高田は首を左右に振った。
「内容についてはまったく。極秘試験らしいから」
「極秘?」
「神官が上の位階に上がるためには、直上の神職にある神官が対象神官の日常態度を評価して推薦してから、上位の神官たちがかなり不意打ち気味に検定試験を開始するんだって」
不意打ち……つまり……。
「抜き打ちテストか……。なかなか悪趣味だな」
「とっさのことに対応できなきゃダメらしいからね。我が身優先は論外だけど他者しか見てないのもいけないんだって」
「極秘の割に結構聞き出している気がするんだが……」
そこまで分かっていれば対処しやすい気がする。
「推薦している神官が『標的』となる神官をよく観察した上で、的確にその弱点を突くらしいよ」
「ひでえっっ!?」
オレなら兄貴が検定内容というやつを考えるようなものだろう。
そして、そんなもんクリアできる気がしない。
しかも「対象神官」から「標的」に言葉が変わっている。
その時点でかなり陰湿で陰険な罠を仕掛けてくるとしか思えない。
ああ、いかん。
誰もが、兄貴のような思考であるはずがないのに。
「神官として大事なことを忘れないようにするためって建前があるけど……、検定試験内容の作成を任命された神官たちは毎年、かなり楽しんでいるみたいだよ。そして、その状態もしっかり観察されていて、次の自分自身の検定に繋がるという……」
「どこまで行っても罠しかねえじゃねえか」
「日頃の生活態度に隙を見せられないってことだよね」
高田は困ったように笑う。
もしかしたら、神官たちは訓練されている兵士たち以上のことをされているのかもしれない。
そして、先ほどの話から、今より上に上がるためには努力だけではダメだと思う。
ある程度の運も必要だろう。
さらに、ある程度枠組みが決まっているなら、下を蹴落とすことも必要かもしれない。
日頃の評価を気にして生活していても直上の神職にある上司の性格が悪ければ、推薦すらない可能性もある。
相当、運が悪ければ一生同じ地位にいることもありえるってことか。
なかなか酷いシステムだな。
「……大神官って……すげえな」
改めて、本気でそう思う。
いや、凄いのは分かっている。
それでも……、そこに至るまでの道のりを考えれば、あの人はただ優しいだけの人じゃないことは分かる
「この状況が検定試験の可能性はあると思うか?」
「人を拉致しようとする指示は、神官の進むべき道としてはどうかと思うよ」
「オレもそう思う。だが、悪いヤツを捕らえるって設定なら?」
そして、高田はそれを満たすことが可能な条件を持っている。
「試験は本当に身構えさせないよう自然に導入させるらしいから、無理なんじゃないかな。わたしを悪者にするには迫力が足りない気がする。狙いは生け捕りっぽいけど」
「手配書があるだろ」
「……九十九は、本気でそう言っている?」
高田の眉が露骨に下がる。
「まさか」
本気で言っているはずがない。
確かに、大神官は苦労の果てにその地位に付いただろうけど、他人にそれを強いるかと言えばそれは違う気がする。
厳しいところはありそうだけど、知り合いとは言え無関係の他人を無理矢理巻き込むとかはするタイプに見えない。
「可能性を口にしただけだ。悪事の黒幕なら大神官より兄貴の方が似合う」
「……ああ、分かる気がする」
水尾さんやクレスは黒幕にはならない。
どちらも後ろで暗躍するより、正面突破のイメージが強すぎる。
ただ……、それでも、どこかで何かひっかかるものを感じたので、念のために言っておいただけだ。
大神官が兄貴以上に黒くないなんて、今のオレには分かるはずがないんだから。
仮に試験だとしても、言葉で説得しようとしたり、無理矢理拉致ろうとしたりとその方法が統一されていない。
つまり、「生け捕り」以外の命令が出ていないってことになる。
オレは魔界の試験も神官についても詳しくないが、これは試験だとしたら、少し雑なんじゃないだろうか。
そして、いきなり標的にされた高田への心遣いもない。
だから、そう言った意味でもあまりあの人の仕業とは思いたくない。
ただ、このままではジリ貧だってことは間違いなかった。
高田の体力もオレの魔力も無限にあるわけじゃない。
大聖堂に戻るにしても、ここからでは結構、距離がある。
城下で移動魔法は使えそうだが、大聖堂へ直接は無理のようだ。
それに、移動するなら今の戦法はできなくなる。
この場に倒れている見習い神官たちのことはどうでも良いが、まだ刺客が現れるなら、できるだけ目立たない方が良いという点は変わらないのだ。
そんな風に少し、思考の渦に飲まれかけていた時だった。
「九十九!」
強い声と耳元に響く音。
オレは両頬を手のひらで挟まれて引き寄せられた。
「落ち着こう!」
「ほ?」
両頬を挟まれていたので、聞き返す声も変になる。
「ここで二人してぐるぐるしていたって仕方ないよね? 相手の本当の狙いが分かってないから言うことは聞きたくない。指示出している人がいるなら城か大聖堂にいる可能性が高い。だったら、ゴールはたぶん、同じ場所だと思うんだ。じゃあ、まずは落ち着いて突破口を探そう!」
オレに向かって「落ち着け」と言っている当人がかなり早口になっている。
どう見たって高田の方が落ち着いていないだろう。
しかし……、顔が近い!?
両手で頬を掴んで互いの顔を近づけられていた。
ここが人のほとんどない細道じゃなければかなり誤解されそうな体勢だ。
それにうっかり倒れている神官たちがこの瞬間に目を覚ましたら非常に面倒くさい。
この「高田栞」という女は、かなり無防備と思われているが、女にありがちなベタベタしたスキンシップをしない。
肩を叩いたりする分、水尾さんの方が男との距離を気にしていない気がする。
男慣れはしていないという意味では似たようなものだが。
だから、この行動には正直、驚いた。
高田の方から意識がある時にここまで接近されたのは初めてだと思う。
寝ている時はノーカウントだ、ノーカウント。
あれらのほとんどは事故だからな。
そして、思い起こせば、オレの方から手を握ったり、それ以上のことをしていたりする。
護衛だから仕方ないってこともあるが、確かに、誤解される行動かもしれない。
今更ながら、反省。
でも、こいつがそれだけ危なっかしいってのもあるから、オレだけが悪いとは思わねえぞ。
オレは頬を掴んだままの高田の両手首を握った。
「お前こそ落ち着け」
そう言いながら、両頬から手を離させる。
力が入ってないのか割と抵抗なく外すことができた。
「落ち着いて、この状況を見てみろ」
「ふへ?」
オレの言葉に高田は変な声で応答し、オレの顔と周囲を何度も見比べ、最後にまたオレの顔を見る。
「周りから見たら、オレが襲われているように見えるぞ」
その言葉で、ようやく状況を理解したのか、みるみるうちに顔が紅くなっていく。
「うぎゃああああああああああああっ!?」
そして、実に色気がなく、甲高くもない腹の底から響くような奇声をあげて、オレから慌てて離れた。
「ご、ごめっ、ごめん!!」
そう言いながら手を合わせて、何度も謝られる。
周囲が神殿だと分かっているので、なんだか拝まれている気分になった。
「とりあえず、これを食え」
そう言って、オレが取り出したのは、保存食。
言われるままにそれを受け取り、素直に口にする高田。
そして、暫くそれを口にしてもぐもぐとし、ごくんと飲み込んだ後。
「……なんで持って来てるの?」
と、いまさら、聞かれた。
「保存食は常備しておくもんだろ?」
まさか、こんなところで水尾さん以外の人間を落ち着かせるために使うことになるとは思わなかったけどな。
そんなオレの言葉に何とも言えない顔をした後。
「ありがと。多分、落ち着いた」
と、礼を言われた。
その顔があまりにもいつもどおりだったので、オレは安心したのだった。
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