魔神の眠る地
「魔力がなければ、魔界で生活することはできない。大気魔気と呼ばれる大気に含まれる魔力が地球より濃密だから、それに対する耐性がなければ息をすることすら敵わなくなるね」
「そうなんですか?」
雄也先輩の丁寧な説明に、頭を押さえながら、わたしは返答する。
「母君の場合、恐らく空間の歪みに呑まれたんだろう。地球に時折起きる現象だ。魔力が大きい人間は無意識のうちに空間に干渉することがあると聞いている」
おおっ!?
ファンタジーの定番!
空間の歪みに飲み込まれての異世界転移!?
母はそのタイプってことなんだね。
……なんか、それだけ聞くと、まるでわたしの母が漫画や小説の主人公っぽい。
「神隠しって聞いたことはあるか? オカルトの定番なんだが……、あれも空間の異常が原因だったりするって話だ」
さらに九十九も付け加える。
神隠しや天狗隠し……は日本の不思議現象だけど、もしかしたら、海外にある妖精、精霊たちの人攫いとかも似たようなものかもしれない。
後は妖怪、とかもかな?
「母さんが、人間なのに魔法使いなのも分かった。どういう経緯かは分からないけど魔界に行って王様との間に子どもが出来て、その子がわたしっていうのも理解した。実感がないけど、否定するものがないのも事実だと思う」
「先ほどの様子から心配はしたけど、思ったより落ち着いてるのね」
「……まあ、ここ数日でいろいろあったんだよ」
先にそれがあったから……、落ち着いて見えるのだと思う。
「それについては、少し聞いたわ。ごめんなさいね、母さん、何も気付かなくて」
母は酷く悲しそうに微笑んだ。
でも、それは母のせいじゃない。
こうなると分かっていたら、母に話しておくべきだっただろうか?
でも、雄也先輩が来るまでは、母の記憶も封印されていたのだから、下手に話すとこじれていたかもしれない。
記憶を封印中の母に対して、娘である「中学三年生女子」が「わたしが魔法使いだったって本当?」などと本気で口にしようものなら、受験で病んだと思われ、病院に連れて行かれただろう。
…………そう考えると、母に心配を掛けないように黙っておこうと思った自分に拍手!
「記憶と魔力の封印については、なんとなくだけど分かりました。母の記憶は戻せても、わたしは難しいということですよね?」
「現段階では……ね。少なくとも俺や九十九レベルの知識と技術では太刀打ちできないということは分かったよ」
雄也先輩は困ったように肩を竦めた。
「では、2日前。わたしが魔界人に襲われたのは何故か分かりますか?」
色々なことがいっぱいあった。
何が分かっていないか、それすらも分かっていないことが現状だろう。
でも、この部分はちゃんと確認しておかないといけない。
「それなんだよな~」
九十九が頭を抱える。
「例の、『ミラージュ』だな」
雄也先輩も考え込む。
「そもそも『ミラージュ』って何ですか?」
2日前に、確か九十九の口からも聞いた気がする。
ミラージュ……「MIRAGE」……。
わたしでも知っているような英語の言葉。
「一言で言うと国の名前だよ」
雄也先輩はそう答える。
国……、この場合、魔界にある国ってことか。
少なくともこの世界でそんな国は聞いたことはない。
でも、「幻覚」とか「蜃気楼」の意味があるような言葉を国名にするとは……。変な名前にしたものだ。
尤も、魔界だと意味が違うかもしれないけど。
「どんな国なんですか?」
あの手段を選ばない方法だった。
いきなり見知らぬ所に連れてきた上、あの時点では無関係と思われた九十九も巻き込み、平気で殺そうとする感覚の人たち。
国民全てがそうだとは思えないけど、平和なこの国で生きているわたしにとっては、あの出来事はあまりにも衝撃的だった。
「まあ、一言で言えば謎の国なんだ。どこにあるのか、どんな王なのかも誰も知らない」
「情報国家でも何も情報を確認できない国なのよね~」
雄也先輩の答えに、母も口を挟む。
情報国家?
なんだろう?
パソコン通信とかが発展している国なのかな?
機械国家っていうのがあるみたいだから、そういったモノも発展していてもおかしくないだろうね。
「はい。かの情報国家の情報網をもってしても、国の位置すら把握できていないようなのです。尤も、アノ国が全ての情報を提供しているかは疑問ですけどね」
明らかに皮肉を込めた先輩に対して。
「……そうね」
母は複雑そうに笑った。
「聞いた話では『魔神の眠る地』とも言われているんだよな」
九十九がそんなことを口にする。
正体不明の国と言われている割に、そんな異名が知られてはいるのは少し不思議だ。
いや、謎が多いから噂話のように異称だけが先走って伝わっているのかな?
「かくたる証拠もないがな」
「魔神?」
「そう。遙か昔に魔界を闇に堕として災いを振りまこうとしたヤツがいたんだと。誰にもどうすることも出来なかったソイツをある国の王女が封印することに成功して、その今のミラージュに沈めたという伝説があるんだよ」
その話を聞いた時……、何故だか少しだけ頭が痛んだ気がした。
でも、これはその話を聞いたからではなく、さっき母からげんこつをされたせいだと思う。
「それは……、迷惑な話だね」
「なんでさ?」
「魔界にとっては災いを封印して万々歳かもしれないけど、他の魔法使いたちがどうにも出来ないようなヤツを封印後にその国に押しつけたわけでしょ? なんらかの弾みで封印が解けないとも限らないわけで……」
封印して沈めたってどんな方法かも分からないけれど、少なくとも、その国にいろいろな責任まで含めて厄介ごとを押し付けたとも受け取れる。
「本当かどうかすら分かっていない伝説に文句言っても仕方ないだろ?」
「そりゃそうなんだろうけど……」
でも、もし、わたしがその王女さまの立場なら、1つの国に押しつけずにもっと良い方法を考える努力をしたと思う。
尤も、わたしにはそんな能力もないんだけど。
誰にもできないことをやっただけでも十分、凄い話ではある。
しかし、そ~ゆ~危険そうな仕事って、王女じゃなく、王に仕える兵士たちの仕事なんじゃないのかな?
魔界は男女平等主義?
「……ってことは、ミラージュって国は、今でもその魔神の封印ってやつを護り続けてるの?」
魔法の……、ファンタジーの世界っぽい伝説だと思う。
そして、「魔神の眠る地」というからには封印は継続中なのだろう。
伝説というからにはそれなりに長い月日が経っていると思う。
これで、まだ十年前のこととか言われたら……、ずっこけるしかないね。
「それも謎なんだよ。本当に誰も何も知らないから。だからその話だけが一人歩きしているのが今の状況ってやつだな」
口伝とかそんな感じなのか。
書物とかに残っていないのなら、本当にあった歴史かも分からないってことだね。
いや、そもそも魔界に本があるかも謎だけど。
本の素となる紙を作るのも難しいらしいし。
ファンタジーのイメージを優先させるなら、羊皮紙のように動物の革とかそう言った物に文字を記している感じかな。
もしくは、石版とか?
「でも、魔界人なら、探す能力とかもありそうなのに……」
情報国家とやらの情報収集能力がどれほどのものかは分からないけど、瞬間移動とかができる魔法使いたちが、世界のあちこちに行くことができないとは思えない。
ゲームのお約束のようにある程度進めないと移動できないような場所にあるとか?
魔法無効の空間とかを探せば、案外、見つかりそうな気もするけど、それって素人考えってやつかな?
「だから謎なんだよ」
「じゃあ、逆に、なんで九十九はその謎の国の仕業って分かったの? 服が真っ黒だったから?」
あの紅い髪の人も含め、全身が黒服ではあったけど……、それだけで決めつけるには少し理由が弱い気がする。
「黒服も理由の一つだが、オレが一番、気になったのはアイツらの体内魔気……、魔力の属性が少し変だったんだ」
「魔力の属性?」
そんなわたしの知らない世界の言葉を普通に使われても困る。
「通常、魔界人は雑多な属性の魔力を持っていても、基本は出身地に基本属性が左右される。だけど……ヤツらの基本属性は、通常の火、風、光、地、水、空のどれにも該当しなかったとオレは思った」
「風火土水に空と光……」
四元素の考え方は分かる。
ファンタジーの基本だ。
風と空が分かれているのはちょっと不思議だけど。
さらに光が別にあって……。
「闇の属性はないの?」
黒い魔術の基本。
闇魔法とかどこかダークなイメージがある。
闇の魔法使いとか、危ない考え方かもしれないけれど、その文字の響きにちょっとときめいちゃうよね?
「ない。人間界と基本的な物の考え方が違うからな。6つの大陸に分かれ、どの大陸で生まれるかによって基本属性が変わってくるらしい」
「光があるのに闇がないなんて不思議だね。光ある所に影がある……が成り立たなくなる」
「ないものはない、と納得してくれ」
まあ、確かに九十九に言っても仕方がない部分の話だ。
「じゃあ、そのミラージュって国が闇属性なのかな」
「……人間界の常識に当てはめ過ぎだろ」
「九十九が魔界の常識で考えすぎなんだよ」
仮にも謎の国とされているなら、元となる常識に当てはめてはいけない気がしたのだ。
常識……、当然の考え方から外れているからこそ、その国は、ずっと見つからないのではないのだろうか?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本日は、18時、22時に更新予定です。