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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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いつもと違う帰り道

「う~ん」


 首筋に手をやる。


 今まであったものが急になくなるって、なんか変な感じがした。

 頭も妙に軽い気がする。


「ちょっとだけ切りすぎちゃったかな?」


 なんとなく首に手をやってしまう。


 腰まであった髪をショートにしてくれと頼んだとき、店の人は驚いてた。

 そしてお約束のように「失恋?」とまで聞いてきたけど。


 余程、この国では長い髪を切る娘は失恋したという認識が強いようだ。

 まあ、事実それっぽいものをしたと言えなくもないんだけどね。


 ただ、少しだけ気になっていた男子に、可愛い彼女ができたというだけで失恋と言うかは謎ではある。


 個人的には違うと言いたいし思いたい。


 ―――― あれは失恋ではなかったと。



 気がつけば、辺りはもう真っ暗だった。


 6時間も授業があって、その後、さらに放課後に、「課外授業」があった上、帰宅後に美容室。


 しかも、半額セールということもあって、お客さんが多かったためにすっかり遅くなってしまったのだ。


 予約、意味なし。


 まあ、そこはある程度仕方がないよね。

 お店だって大変そうだったから。


 まさか、ここまで人が来るとは思っていなかったし、一日だけだったから、人手を増やさなかったことが失敗だったとぼやいていた美容師さんもいたが……、そこは仕方ない。


「母さん、心配してるかな?」


 ちゃんと美容院に行くことは伝えていたけど、電話くらい入れておこうと公衆電話を探す。


「最近、携帯電話のせいで公衆電話が減っちゃったからな~」


 余談だが、わたしは携帯電話というものを持っていない。


 まあ、自分で維持費も払えないようなものを中学生で持つってのもおかしいし、何より、あの母にそんなものをねだることなどできるはずもない。


 母は女手一つでわたしをここまで育ててくれた。


 父親である人のことは何一つ知らない。

 顔も名前もその生死すらも。


 小学生くらいの頃は、父親不在を純粋に疑問に思い、何度か聞いてはみたんだけど、母は笑いながら、「貴女はお母さんが一人で産んだのよ」なんて冗談ではぐらかされた。


 父親に関しては写真すらないから、わたしが産まれる前に別れたのかもしれないし、もしかしたら公言できる相手ではないのかもしれない。


 そう思えるような年頃になるとあまり突っ込んで聞くこともできなくなり、中学校に入学してからは一度も聞くことはなかった。


 今ではかなりのほほんとして見える母にもそれなりの過去はあったのだろう。


 不思議なことにわたしが幼い頃の写真もない。

 あるのは5歳くらいから。


 そして、母自身の写真も、高校の入学式を最後に一枚もないのだ。


 母は「カメラがなかったから」と言うが、これはそこそこ信憑性のある言葉だ。

 何故なら、今も、我が家の写真は使い捨てカメラで撮られている。


 だけど、わたしは写真がないからといって母の子じゃないと疑ったことはない。


 血液型だって同じだし、わたしの容姿は母に良く似ていると自分でも思う。

 周りからも「よく似た親子」とよく言われるぐらいだ。


 何より、一度だけ見た戸籍謄本? ってやつにもちゃんと記載されているから疑いようもない話だろう。


 ただ……、戸籍の父親の名前は空欄だったけど。


 ――――― どんっ!


「あっ!」

「うおっ!?」


 そんなことを考えながら公衆電話を探していたせいで、うっかり人にぶつかってしまった。

 周囲が少し暗くてちょっとだけ周りが見えにくかったこともある。


 小柄なわたしは自分からぶつかっておきながら、簡単に弾かれて地面に倒れてしまった。


「悪いっ! 大丈夫か?」


 どこをどう見ても原因は考え事をしていたわたしの前方不注意としか思えない。


 それにも拘らず、ぶつかった相手は倒れているわたしに対して、律儀に謝ってくれた。


 しかし、わたしはそこであることに気付く。


 ―――― この声……は?


 どこかで聞いた覚えのある声だった。


 この声は……、夢で聞いたあの声と凄くよく似ていたのだ。

 しかも、今は現実世界のためか、はっきりと聞き取ることもできる。


 わたしは思わず顔を上げ、相手の顔を見た。


 少し癖のある、前で分けられた黒い髪。

 そして、髪と同じ黒い瞳。

 やや幼い印象はあるが、整った顔立ち。


 それも、割と好みの顔だ。


 わたしと同じくらいか少しだけ年下っぽいその少年は、わたしの顔を覗き込んでいた。


 この顔、いや、この表情に、なんとな~く、どこかで見覚えがある気がするんだけど……?


 うん、やっぱり思い出せない。


「おいっ! どこか打ったのか?」


 そう言いながら、彼は未だにぼーっとしているわたしにそんな声をかける。


「あ……、いや……、大丈夫です」


 そう答える人間で本当に大丈夫な人って少ないと思う。


 現にわたしは、手のひらをちょびっと擦りむいていた。


 でも、それを彼に申告する気にはなれない。

 なんか、この様子からだとすっごく過剰な反応されそうだし。


「あ?」


 突然、目の前の少年は、先ほどまでの真剣な顔から一変して、少し間の抜けたような声を出す。


 そして、何故かわたしをじろじろと値踏みするような目で見始めた。


「あの……?」


 親切な人が一転、不審な人になる。

 なんか、変な人かもしれない。


 そう考えるとあまり、深く関わるのも嫌だな。


「あ、わたし、本当に大丈夫ですので。本当にぶつかって申し訳ありませんでした! それでは!」


 と、一礼してそそくさとその場を後にしようとしたが……。


「待てよ」

「ふぇっ!?」


 いきなりがっしりと肩を掴まれてしまった。

 こうなると下手に動けない……。


 こんな時、どうしたらいい?


「もしかして……、()()……か?」

「はい?」


 突然、自分の苗字を口にされ、目が点になってしまった。


 わたしを知ってるってことは、やっぱりどこかで会ったことがあるんだろう。

 でも、やっぱり思い出せない。


 こんな顔の良い知り合いって……いましたっけ?


「何、間の抜けた(つら)してんだよ。オレのこと忘れたのか? 3年も経てばお互い変わっているだろうし」


 3年経っているってことは、わたしが小学六年生?


「それにしたって冷てぇよな。オレは髪の毛のないお前だって分かったのに。でも、いつ切ったんだ? その長さなら割と最近だろ?」


 妙に人懐っこくて目を引く笑顔。

 それを見て、確かにこの顔に覚えがある気がした。


 でも、肝心の彼の名前が喉で引っかかって出てこない。


 確かに小学校の時の同級生にこんな顔の男子がいた気がする。

 それも、結構、仲良しの部類で。


 あともう少し、もう一押し、何かあれば思い出せそうな感じまできているのに、名前が思い出せないのは、なんてもどかしいのか。


「おいおい。マジで分かんねえ? オレだよ、『笹ヶ谷(ささがだに) 九十九(つくも)』! 小学校のころ一緒だった……」


 ささがだに……、つくも……?


「あ――――っ!?」


「思い出したか、鈍いやつめ」

「思い出した、思い出した! 完全に思い出した! ずっと同じクラスだったもんね。それに……」


 言いかけて慌てて口を紡ぐ。


「それに……、なんだ?」

「えっと、割と一緒に遊んだよね?」

「それはその通りだが、今、何を言いかけた?」

「いや……、その……」


 誰の目にも分かりやすくしどろもどろになってしまった。


 しかも、顔が熱いから、恐らく、真っ赤になってるんだと思う。


 しかし、今、言いかけた台詞は本人に向かって言うわけにはいかない種類のものだった。


 ずっと隠してきたのだ。

 この先だって言う気はない。


「何を隠してる?」


 やや悪戯を仕掛ける子供のような顔で聞いてくる。


 え~い!

 人の気も知らないで。


「別に。もっと背が低かったよね、と言いかけただけだよ。でも、流石に久方ぶりに会った旧友にそれは、ねえ?」

「背のことは言うな! それに、当時だってお前より高かった!」


 どうやら、背のことは彼も気にしているようだ。

 ちょっと申し訳ない気分になる。


「ほほう、女に勝って嬉しい?」

「ああ、負けるよりは嬉しいね!」


 あ~、危なかった。


 なんとか話題がうまくずれたので、内心ホッとする。

 正直、わたしだって、身長のことなんて持ち出したくはなかった。


 本当は、『あの頃、好きだった』と言いかけてしまったのだ。


 でも今更言っても仕方ないし、言ったら最後、どんな顔してしまうのか、されてしまうのかも分からない。


 このまま淡い初恋として良い思い出にするつもりだったし。


 しかし、初恋の少年が久し振りに会ってもすぐに分からないぐらいの成長って、どんな少女漫画でしょうか?


「で……」

「へ?」

「元気だったか?」


 成長したというのに彼は小学生の頃とあまり変わらない笑顔をわたしに向けてきた。

 それを見て記憶が完全に繋がる。


 あの頃のわたしは、この顔が好きだったんだ。


 ……なんというか、単純だったんだな、小学生の自分って。


 だって、「笑顔が似合う素敵な男子が好き」って、恥ずかしいぐらい少女漫画思考だよね。


「見ての通りだよ。つ……、笹ヶ谷くんは?」

「うげ」


 わたしの言葉に相手は露骨に嫌そうな顔をした。


「何?」

「何だよ、その『笹ヶ谷くん』ってのは。らしくねえな。お前、昔は『九十九』って平気でオレのこと、呼び捨てにしてたじゃねえか。今更、変えるなよ。調子狂うから」

「いや、でも……、流石にあの頃とは違うんだよ? ならば、中学生らしく、歳相応にと」

「『高田さん』」

「うわ……」


 胡散臭いほどの笑顔と、出てきた台詞のせいで、一瞬にして寒気が走った。


「どうだ? 気色悪かろ?」

「うん。かなり。ほら見て。鳥肌立ってる」

「そこまで嫌がられると、それはそれで複雑なんだが……。ま、オレは今まで通り、『高田』って呼ぶから、お前も『九十九』って呼んどけ。それがお互いのためだ」

「そうさせていただきますわ」


 確かにその方がわたしも呼びやすい……けど、同級生の男子の名前を呼び捨てることに対して抵抗はちょっとだけある。


 でも、今更、「やっぱり無理」と変えるのも変だし、ちょっとだけ特別な感じがして嬉しくもある。


 なんとも複雑な気分だった。


「ところで、だ」


 先ほどまでの笑顔はどこに行ったのか。彼は少し不機嫌な顔をしてわたしに言った。


「何?」

「こんなとこで何してる?」

「何って……。美容室の帰り。バッサリ髪の毛を切ったのはつい先ほど。それで、今から帰宅するところだけど?」

「一人か?」

「う~ん。背後霊ならこの辺にいるかもしれないね」

「はあ……、お前なぁ」


 彼は大袈裟に溜息を吐く。


「女が一人でふらふらしてんじゃねえよ。今、何時だと思ってんだ?」

「何時って……、何時?」

「ほれ」


 そう言いつつ、九十九はわたしに自分の左手首にある腕時計を見せてくれた。


 黒革ベルトのシンプルなデザインの文字盤で、デジタル表示じゃなくアナログウォッチで、秒針が時を刻んでいる。


「8時半? まあ、それぐらいだろうね」


 美容室を出たのが、8時15分だったから。


「あのなあ。お前、仮にも女だろ?世の中、どんな物好きがいるか分かんねえんだぞ? 一人で歩いてたら危ねえだろうが」

「物好きって……」

「ほら、幼児体型好きとか」

「失敬な! そこまで酷くない!!」


 そりゃ、ワカほど胸はないけれど、少しぐらいは凹凸が存在している。


 たしかにスタイルが良いとは言わないけど、それでも「幼児体型」と言われてしまうほど酷くはない……はず? ……多分。


「だったら、余計に危ねえだろ? 家まで送ってやるから、感謝しろ」

「できるか! って……。はい?」

「何だよ?」

「送るって……、誰が、誰を?」

「この状況で、そんなに選択があるのか? オレが、お前を、家まで送ってやるって言ってんだよ」

「いいよ。ぶつかった上、そこまでしてもらうのは、なんか悪いし。それに、九十九だって帰るのが遅くなっちゃうよ」


 流石にそこまで迷惑をかけるのは、気が引けてしまう。


「あのな~。このまま、オレがお前と別れて帰るだろ? それでたまたま付けたニュースとかにお前の名が出てみ? 寝覚め悪いっての」

「そりゃそうかもしれないけど」

「いいから、オレが遅くなる分にはいいんだよ。男だから」

「通り魔とかなら男も女も関係ないよ?」

「女よりは危険が少ない」

「いや、ほら、世の中には殿方同士の方が好きという方々も……」

「やめんか。そんなことを言い出したら、キリがねえ」


 そんな会話をしながら、わたし達の足は、既に、我が家の方向に向かっていた。


 彼は、昔から本当に世話焼きだよねと思いつつ、少しだけ歩みを遅くして、家に向かうのだった。

ようやく章タイトルの「少年」が出てきました。

ここから話が少しずつ動きます。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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