色恋沙汰? の相談
既にタイトルに疑問符がついている件について
「…………私?」
水尾先輩は自分を指しながら疑問符を浮かべる。
「グラナディーン王子殿下に言われるまでそこまで意識していなかったけど、確かにかなり際立っているからね。魔法国家の魔気は……。これを誤魔化すとなると……ちょっと骨かな」
「え~? これでもかなり抑えてるんだけどな。それに、魔気についてはそこにいる高田も似たようなもんだろ?」
水尾先輩はわたしをちらりと見ながらそんなことを言う。
「アリッサム国内ではそれで良くても、他の国では十分すぎるほど目立っているよ。それに、栞ちゃんは想定していたし、元々の魔気も知っていたから事前に準備できているんだ。だが、それを越える人間となると……、少し、時間と手間がかかる」
「どれぐらいだ?」
「はっきりとは言えないけれど、一週間ぐらいは欲しいかな」
「あ~、え~、あの激マズな薬のようなものを使う……とか?」
水尾先輩は目を泳がせながらそんなことを言った。
「薬品は継続性の問題で却下する。薬は飲み続けるとどうしても、耐性ができてしまうからね。だから、一番いいのは魔具を使うことかな」
魔具……。
魔力を込めた道具のことだったと思う。
そして、魔法を込めていたら、魔法具と言うらしい。
割とそのまんまな言葉だよね。
これって、脳にあるという自動翻訳機能のせいかな?
「どんな魔具だ?」
「ここに栞ちゃんに使う予定の魔具がある」
そう言って、雄也先輩はどこからか小さな石がついた金属製の輪を取り出した。
「この辺りなら、装飾品としても問題はないかな。」
「……体内魔気の分散効果? なんでこんなものが……。それにこっちの石は水属性?」
水尾先輩はなにやら小声でぶつぶつと独り言を言っている。
どうやら、また雄也先輩は不思議なことをしたようだ。
魔法国家の王女すら不思議に思うようなものをどうやって準備しているんだろう?
「金属具の提供はクレスだよ。まだいくつか持っているらしいからちゃんと彼から買い取っておく。それをもう少し改良すれば……、今よりはマシになるかな」
ああ、楓夜兄ちゃんはアミュレットを作れる人だった。
逆に材料となる金属を持っていても不思議はないのか。
「……そう言えば、そのクレスはどうした?」
楓夜兄ちゃんの姿は最近、時々しか見ない。
定期船運行まではこの大陸から出ないと言っていたので、この国にいることは確かなんだろうけど、何しているんだろう?
「彼はあちこちしているみたいだね。元々、この国には何度も来ていて既知の友人もいるようだ」
「へえ~。失恋の痛手は癒えたのかねえ」
「癒えてないから落ち着かないんだと思うよ」
その言葉で一つ気になることがあった。
「雄也先輩……、後でちょっとよろしいですか?」
「ん? 何?」
「個人的にちょっと聞きたいことがあって……」
「「「個人的に? 」」」
なんだろう?
雄也先輩だけではなく、何故か水尾先輩と九十九も反応した。
「高田、もっと自分を大事にしろ」
「水尾先輩……。その言葉は雄也先輩にとても失礼です」
水尾先輩は何故だか雄也先輩をものすごく軽い人って思っているようだけど……、わたしはあまりそう思っていない。
確かに女性の扱いには慣れている感じはするけれど、少なくともわたしに対してそんな感情は持っていないと思う。
彼はわたしに対して、「女の子扱い」はしてくれているけど、「女性扱い」はしないのだ。
「なんで、兄貴なんだ?」
「……色恋? 沙汰? だから?」
「なんで片言なんだよ?」
「いや、自分でも確信が持ててなくて……」
九十九からの言葉に首を捻りながら答える。
「しかも色恋? まさか、お前……大神官か、さっきのグラナディーン王子殿下に惚れたとか言うんじゃないだろうな?」
「年上すぎるな~。どちらも二十歳越えでしょ? わたしなんかお子さま扱いだよ」
それにあれだけのお顔がよろしい殿方たち。
相手にもならないと思う。
「じゃあ……」
「とりあえず、お前は黙れ。相談相手は俺だけで良いの?」
雄也先輩は九十九を笑顔で押しのけた。
「はい」
今のところ、一番、相談しやすいのは雄也先輩だと思う。
口も堅いし、事情通だし。
でも、九十九が何か言いたそうにしていたから、わたしは続けてこう言う事にした。
「あ、九十九。昨日の新作。すっごく美味しかったから、水尾先輩も喜ぶと思うよ」
「何?」
「あ……」
水尾先輩が九十九に向き直り、九十九は後ずさりする。
「この世界に来て、チョコレートみたいなものを口にできるとは思わなかった。ありがとね」
追い討ちをかけるようにできる限り良い笑顔で言ってみた。
「少年?」
「この阿呆! そんなことを言ったら……」
九十九が言い終わる前に、水尾先輩は九十九を引きずって部屋から出た。
ごめんね、九十九。
でも、これが一番、争いもないのだ。
そして……、新作をわたしに披露しちゃったからいけないのだ。
それを聞いたら、水尾先輩が大人しくしているはずもない。
よっぽど、再現できたのが嬉しかったんだろうね。
でも、あの原料はカカオみたいに豆じゃなかったみたいだけど、どうやったんだろう?
「お見事……、だね」
「いや……、まだ、出たふりをして、そこに張り付いているみたいだからまだまだですよ」
わたしがそう言うと、扉の外で慌てる気配がした。
それだけ、九十九の気配は分かりやすいし、水尾先輩に至っては、その気配が数メートル先まで分かってしまうのだ。
つまり……、それだけわたしも、魔界人になっちゃったってことなのだろう。
「それで、何についての話? 色恋って言ったけど……、多分、栞ちゃん自身のことではないんだよね?」
「はい」
やはり、雄也先輩は話が早い。
自分の恋愛?
正直、そんな暇はない。
今は、毎日、水尾先輩の魔法にやられないように必死な状態なのだから。
水尾先輩が放つような状況で、「わたし、〇〇くんが好きなの」とかそんな呑気なことを考えていたら、間違いなくあの魔法の直撃をくらってしまう。
「確かに自分のことじゃないのですが……」
どう切り出したものか?
そう考えていたが、雄也先輩は急かさず、わたしの言葉を待ってくれている。
だから、思い切っていってみた。
彼なら、わたし以上にちゃんとした答えを出してくれると信じて!
「雄也先輩は、失恋した直後に以前、好きだった人にすっごくよく似た異性が現れたら……、そちらに心を奪われるのは自然なことだと思いますか?」
その言葉で何かを察したのだろうか?
雄也先輩はなんとも言えない表情を浮かべた。
「絶対にないとは言えない。寧ろ、心が揺れてしまう方が自然だろうね。でも、似た人は同じ人ではないし、仮に全く同じ性質の人でもどこか違ってしまうものだから、目が眩んでいない限りはそのことに気付いて立ち止まると俺は思う」
雄也先輩は丁寧に答えてくれる。
「目が眩む?」
「『恋は盲目』って言うけれど、それと似たように外見だけでこの人はこんな人だって勝手に思い込んじゃうことかな。一目惚れとかに多いんだけど」
「一目惚れ……」
言われてみれば、あの状態はそう言えなくもない。
「大半は接していくうちにその誤差に気付く。でも、一度頭に定着してしまうとなかなかその差異を埋めることができないからね。恋愛は人を惑わせるものだから」
「…………経験談ですか?」
「そう思ってくれても構わないよ」
わたしの言葉に少しも動揺せずに笑顔でさらりと返すこの人は、本当にすごいと思う。
「恋は……盲目…………か」
ああ、確かに恋愛って周りが見えなくなることがあるっていうよね。
それで周囲に迷惑をかけなければ問題ないけれど、そんな思い込みの激しい人は結構な確率で何故か周りを巻き込むのだ。
勘弁して欲しい。
勝手な思い込みで絡まれるって結構、体力、精神力ともにゴリゴリと削られるらしいからね。
「相手に理想を押しつけない限りは問題ないとは思うよ。一目惚れもきっかけでしかないからね」
なんだろう?
そんな風に穏やかに言う雄也先輩はもしかして……?
わたしは、思わず、もっと踏み込んだ質問をしたくなったのだった。
次でとうとう400話です!
ここまでお読みいただきありがとうございました。




