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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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カミに口付けて

「グラナディーン王子殿下。先ほどの問いかけは、かなり私情が入っているのではありませんか?」


 水尾先輩は不機嫌さを何故か隠さない顔をしている。

 先ほどと呼び名が変わっている辺り、何かが込められている気がしてならない。


「従者の制御は主の務めだろう? それすらできないようでは、困るからな。彼女たちを大事な妹の友人として迎え入れるのだ。最低限、確認するのは当然だろう?」


 そう言って、グラナディーン王子殿下は水尾先輩の問いかけを受け流すように微笑んだ。


 それでも、水尾先輩はどこか納得していない。

 彼の言葉は正論ではあるが、どこか引っかかりを覚えるのだろう。


「私からの条件、質問は以上だ。今後、まだ出てくることもあるだろうが、追って沙汰しよう。魔気の抑制については、そこにいる大神官に判定を一任する。頼んだぞ、ベオグラーズ」

「承知致しました」


 恭哉兄ちゃんは大神官モードのまま、一礼して答える。

 彼が、「ラーズ」ではなく、「ベオグラーズ」と呼んだためかもしれない。


 その恭哉兄ちゃんの反応を見て、王子殿下はわたしの方を向き、その手を近づける。


「では、シオリ。貴女たちに神のご加護があるように」

「ふへ!?」


 思わず変な声が出てしまった。


 グラナディーン王子殿下がわたしの前髪を少し手に取り、それに口を付けたのだ。


 つまり、顔が近い!

 近い!


 さっきの耳元で囁き攻撃よりも、視覚的にはずっと近い!


 直前の言葉と行動から多分、儀礼的なものだと思うけれど、心の準備もなしにこんなことをされてしまっては頭がパニックになっても仕方がない。


 吐息が、吐息が~!?


「グラナディーン王子殿下。彼女は我が国の挨拶に不慣れだとお伝えしたはずです」

「ああ、これは我が国独自の挨拶だったな。忘れていた」

「……殿下」


 恭哉兄ちゃんが少し、呆れたような声を出す。


「……だが、俺はこれ以外に有意義な時間を過ごせたことに対して感謝を示す方法を知らないのだ。どうするのが正解だった?」


 あれ?

 一人称が「俺」に変わった。

 さらに、口調も少し変化している気がする。


 そんなことをぐるぐるした頭の中で考えていた。


「言葉にすればよろしいだけです。そこに行動を加えないでください。ああ、ほら。栞さんが目を回しているじゃないですか」

「だ、大丈夫です」


 恭夜兄ちゃんに向かってそう返答したが、脳がそろそろ限界を訴えている気がする。


 キャパシティオーバーというやつだろう。

 でも、まだこんな所でぶっ倒れるわけにはいかない。


「グラナディーン王子殿下。本日は貴重なお時間をいただきまして、誠にありがとうございます。友人として、ケルナスミーヤさまのお心をお慰めするべく努めされていただきます」


 まだ少しだけぐるぐるしていた頭ではあったが、なんとかそう挨拶した。


「貴女がこの大聖堂から出て、我が城へ来る日を心待ちにしておこう」


 グラナディーン王子殿下は口元に笑みを浮かべながら、そう言って、部屋から退出した。


 彼が出た後、扉が閉まるのを確認すると、わたしは気が抜けたのかそのままそこで座り込んだ。


「おいおい、大丈夫か?」


 九十九が顔を覗き込む。


「うん、大丈夫。…………ていうか、どうだった? おかしくなかった!?」

「時々、おかしかった。行動停止、思考が吹っ飛んでいる状態があっただろ?」

「それ、一部、九十九のせい。なんだったの、あのやりとり」


 まるで練習していたとしか思えない。

 あんな九十九、初めて見た気がする。


「殿下がオレたちを気にするのは想定内なんだよ。普通に考えれば当然だろう? 年頃の妹に友人の従者とは言え同じ年代のヤローが近づくんだぞ」

「……あれって、ワカにちょっかいをかけるなよって釘を刺していたこと?」


 先ほどの遣り取りを思い出す。

 そう言われれば、納得できる気がした。


「おお、五寸釘レベルのぶっといヤツだったな」

「特にグラナディーン王子殿下は妹を大切になさる方だと事前情報もあったからね」

「妹思いなんですね」


 それなら確かに九十九や雄也先輩の存在は気になるだろう。

 ワカと年の近い異性なのだから。


「いや、聞いた話だとシスコンレベルだろ。あの男」

「シ…………?」


 水尾先輩の口から、一気に今までの言動全てが台無しになってしまうような単語が飛び出した。


「高田は水尾さんと魔気の調整に集中していたから知らなかっただろうけど、城内の方は兵たちが零しているんだよ。妹にかまけて政務に集中できてないとか」

「それ……、妹の方に非があるんじゃないの?」


 わたしは思わずそう口にしていた。


 九十九は城で聞いた噂話をそのまま言ったのだと思うけれど、それは普通の妹ならば……の話だろう。


 だが、周囲の胃を的確に痛める系の妹なら、その手綱を掴むためには、懸命になるのはおかしな話ではない。


「王女殿下の行動を監視していて、神兵(しんぺい)が彼女に挨拶するだけで睨みを利かせるとか。親しく言葉を交わしたら部署が変わったとか、うっかり触れようものなら減給処分とか」

「おおう」


 それは少し変かもしれない。

 いやいや、大切な妹を心配しているだけかも……?


「他には妹の絵姿を常時、懐に忍ばせているとか、部屋には立体化された像のコレクションがあるとか?」


 九十九に続いて水尾先輩も叩き込んでくる。


 そして、明らかにこっちの方が手遅れ感は強い。

 重篤な症状で、もはや手の施しようがないレベルだと思う。


「……俺も他に知っているけど聞きたい?」

「いいえ、もう結構です。十分です。お腹いっぱいです。本当に勘弁してください」


 さらに雄也先輩も何やらネタがあるようだ。


 これ以上はわたしの精神が耐えられそうにない。


 漫画とか小説では珍しくない設定だが、現実だと結構、つらいものがある。


 それにしても絵姿はともかく、立体化か……。


 魔界にも、人間界にあるフィギュアみたいなものが存在するのだろうか?

 それとも、神様たちのように彫像だろうか?


 そして、製作者が気になるところだ。


 ……そうなると、ワカは実の兄から神格化されているってことになるのかな?

 しかもコレクションってことは複数だよね。


 それって、他人からストーカー行為を受けるのと、どちらが辛いだろうか?


「でも、それじゃあ……、友人であるわたしもあまりよく思われないのかな?」

「なんで?」

「わたしがいたら、妹を独り占めできないでしょ?」


 それなら、話し相手とはいえ、接近は控えめにした方が良いのかな?


「お前は女だから大丈夫だろう。あの兄王子殿下が気にするのは異性だけみたいだから」

「え~、でも、世の中には同性愛という言葉もあるでしょ?」

「阿呆なことを言うなよ。想像しちゃうじゃねえか」

「……想像しちゃうのか、少年」

「少年だから想像しちゃうんですよ! 察してください! ……っていうか、そう言った言葉には突っ込まないで頼むから放っておいてくださいよ!」


 九十九が水尾先輩に何やら必死に弁解を始めた。


 その様子が面白いのか、水尾先輩はさらにからかう姿勢を見せている。


 頑張れ、九十九。

 その先輩がその状態になったらちょっと大変だよ。


 頭がいい人ってこ~ゆ~時、タチが悪いって思う。

 そして、それはワカも同じだ。


 それにしても……、兄妹愛が激しい人なら同性愛の考え方も理解できてしまう気がするんだけど……、そんな問題でもないのかな?


 それとも宗教的な問題で、同性愛って許されていないから大丈夫って話?


 個人的には同性愛も兄妹愛、姉弟愛、兄弟愛、姉妹愛も当事者間が納得して、他人にその考え方を押し付けなければ問題ないと思っている。


 自分はそんな感情を持ったことがないので分からないけれど、それでも、禁忌とされている領域を分かった上で愛を貫く姿勢は、普通の愛情よりもずっと強いんじゃないだろうか?


「まあ、愛情についての追求はその辺りにして……、髪の毛と魔気の問題をなんとかする方が先かな」

「ヅラぐらいすぐに用意できるだろ? 先輩なら……」


 雄也先輩の言葉に水尾先輩が軽く答える。


 直ぐ側で九十九が何やら悶ているように見えるのは気のせいかしら?


「確かに単純なエクステならすぐに用意できるよ。城下でも販売しているからね。でも、魔気の方は少し手間がかかるかな」

「手間取るってことか?」


「俺たち兄弟や、栞ちゃんの分はなんとかできるんだけど……、問題は貴女だよ、水尾さん」


 雄也先輩は溜息を吐きながら、わたしたちの中で一番強大な力の持ち主にそう言ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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