どこまでも追いかけて
「定期船が休止した直後ぐらいだったか……。セントポーリアより手配書が届いたのだ。この娘を見つけたら、本国へ強制送還せよ……と」
わたしを探す手配書は、同じ大陸内にあるジギタリスに届いていたことは知っている。
でも、他大陸にも届いていたのだ。
もしかしたら……、全ての国に送り付けられている可能性もある。
そして、どんな理由や事情があっても他国の王族に追われている人間を匿うのは簡単ではないだろう。
下手すると国の間で争いが起こってもおかしくはないのだ。
「……あります」
だから、この点においては下手に誤魔化さないほうが良いと思った。
恭哉兄ちゃんにも伝えたが、わたしたちがここに来ることで、この国にデメリットもあるのだ。
だから、大事な妹殿下の傍に相応しくないと断られることを覚悟で、真実を告げなければならない。
「この手配書が国王陛下からのものか、それ以外の者からの命令により発布されたものなのか分からなくてね。そこを聞かせてほしいんだが……」
だけど、わたしの覚悟をすり抜けるように、王子殿下の言葉が横切った気がした。
いや、そんな質問が後に続くとは思わなかったから。
「……というのも、王命ならば一考する余地がある。理由についても詮索はできないし、それなりに人員の投入も必要となることだろう。だが、それ以外なら正直、突っぱねたいのだ」
「それは……、国王陛下以外の……、王族からであっても……ですか?」
本来、手配書というのはそれなりに渡す相手に活動してもらうために作成するものではないだろうか?
少なくとも人間界の指名手配と言われているものは、意識の片隅に入れて、日常においても気を付けてねという意味合いで掲示されていたと思うんだけど……。
「そもそも、自国内だけなら分かるのだが、他国……それも他大陸を越えてまで手配することは普通では考えられない。通常なら情報国家を使うからな。何より他国の王族までも巻き込んで手足のように使うこと自体が無作法な行為だと感じた」
おおう?
もしかして……セントポーリアの王子殿下は、国の評判というヤツをかなり下げてしまったのではないだろうか。
「王子が私情で世界手配ってかなり恥ずべきことなんだがな。あの坊っちゃんはどうもその辺を考えられないみたいだ。この様子ならば、イースターカクタスには分からんが、他の中心国、カルセオラリアやローダンセにも送ってそうだな」
水尾先輩がため息を付いた。
「なるほど……。やはり、ダルエスラーム王子殿下の独断か。この件については無視を決め込んで問題なさそうだ。陛下にそう伝えておこう」
陛下……国王にまで行ってしまった話なのか。
それは確かに良くないことだろう。
雄也先輩が以前言っていたことだが、王位継承権第一位というのは権利を持った順番の話であって、国によっては優先順位というわけではないらしい。
過去には継承権第五位の人間が王になった例もあるそうだ。
つまり、即位するまでは王になれるかわからないような不安定な地位ともいえる。
そんな立場にある人間が、自国内で強権を発動するぐらいなら問題ない。
だが、他国のそれも格上である他の国の君主に対して、手配という名の命令をしているとなると、受け取り方によっては国際問題として糾弾されてもおかしくはないことだろう。
「……ダルエスラーム王子殿下は、何をお考えなのでしょうか?」
思わず、雄也先輩に尋ねていた。
わたしでも分かるような問題を、年上で、しかも王位を継ぐという立場にある彼が本当に分かっていないとは思えないのだ。
「子供ではあるのかもね。自分の権利がその領域外でも通用すると思っている辺りは。視野が狭く、他を見ない方だから」
雄也先輩は苦笑いを浮かべながらもそう答えてくれた。
以前、会話した限り……うん、彼は少しばかり子供っぽいとは思った。
何でも自分の思うようになることを信じて疑わないような感じがしたのだ。
その時は偉い人特有の「俺さま」状態だと思っていたんだけど、別の国のもっと偉い人に対してもそのように振る舞うなら話がかなり変わってくる。
それは無知なだけだ。
「ただ……この件に関しては、継承権も絡む問題だから、周囲を気遣う余裕がないのかもしれないね。王子殿下が形振り構えなくなっている可能性もあるよ」
雄也先輩はこっそりとわたしに耳打ちしてくれた。
何故だろう。
グラナディーン王子殿下だとすごく緊張したのに、彼だとそこまでの張り詰めた感覚がなくなっている。
少し前までは慌てていた覚えがあるのに、今は逆に妙に落ち着くというか。
雄也先輩も顔が良いし、声も良いのにこの違いってなんだろう?
流石に慣れちゃった?
「グラナディーン王子殿下。わたしどもの髪の長さと魔気の抑制以外にも何か条件がありますか?」
手配書の件については、先程答えたので良いと思う。
でも、その手配書がどんな形で送られてきているのかは後で見せて貰ったほうが良いかもしれない。
確かに追われているというのに、ちょっと無関心すぎた。
それに対する他の場所での影響とかそんなのも考えてなかったのは問題だ。
敵を知らなければなんにも出来ないのに。
「そうだな……。貴女が従者の管理ができているかが気になる。ミオルカは良い。恐らく従者ではないし、そもそも容易に管理できるような人間ではない」
「…………何か、引っかかるような物言いですね」
水尾先輩の言いたいことは分かる。
そして、なんとなくだがグラナディーン王子殿下がそう言いたくなる気持ちも分かってしまう。
水尾先輩の手綱は簡単に握れるようなものじゃない。
わたしには友人だからある程度顔を立ててくれているが、基本的にわたしは彼女に指図することはできないと思っている。
何故ならば、彼女は「先輩」だからだ。
後輩の立場で先輩に対して「お願い」ならともかく、「命令」するなんて普通の感覚ではできないだろう。
さらに、彼女は王女だ。
わたしたちの中で一番身分が高い。
そして、魔法も強大だから力尽くで……ということもできない。
そんな水尾先輩を強制的に従わせることができるなんて……、彼女の胃袋を握りきった九十九くらいじゃないだろうか?
「つまり、従者とは彼ら二人のこと……、ですよね?」
「そうだ」
管理?
わたしは特にしていない。
寧ろ、世話をされている身だという認識だった。
でも、本来の彼らは、わたしの世話係兼護衛である。
外から見れば、わたしが主人ってことになる。
つまり、わたしが彼らをしっかりと管理、監視しておく必要があると、周りが考えるのは普通の感覚だろう。
そして、護衛だけあって、彼らはそれなりに強い。
少なくとも、魔法国家の聖騎士団と呼ばれる相手に一歩も引くことないぐらいには。
そんな人間たちを、何の縛りもなく、野放しにしておくことはできないのだろう。
「グラナディーン王子殿下。この件に関しては、僭越ながら主の代わりに自分が答えてもよろしいでしょうか?」
わたしはその言葉に酷く驚いた。
何故なら、そう言ったのは雄也先輩ではなく九十九だったのだから。
「良いだろう。答えることを許す」
「ありがとうございます」
九十九は一礼をする。
「自分達は、主に対して害を働かないよう見えない首輪が付いております。しかし、王子殿下が懸念されているのは周囲への影響でしょう。しかしながら、自分たちは主以外にあまり興味や関心はありません」
「ほう」
グラナディーン王子殿下の瞳が鋭くなった。
……っていうか、それはマイナスな発言じゃないの?
九十九のその言い方だと、それは守護する人間以外どうなっても知ったこっちゃないってことだよね?
「それでも、倫理観はある程度備えているつもりです。しかし、それが他国で通用するものかは分かりません。周囲にいる他人に対してもできる限り配慮しますが、最優先は我が主です。彼女に害を与えなければ、自分たちが周りに何かをするつもりはありません」
「お前たちの最優先は、このシオリ……だと?」
「当然でしょう」
ちょっと、待て……。
どうした、九十九?
あなたは、そんなキャラクターじゃないはずだよね?
「それ以外には興味、関心、好意はないと?」
……ん?
何か今、グラナディーン王子殿下の台詞の中に、さり気なく変な言葉が入った気がする。
「全くは無理でしょうけど、少なくとも王子殿下が気にかけている人間に余計な手出し、干渉する余裕はありません。今は緊張のために大人しく見えますが、我らの主も相当目が離せない種類の人間なので」
その九十九の答えを聞いて、グラナディーン王子殿下はくくっと笑った。
そして、何気に酷いこと言われたのは気のせいか?
「そこの男もか?」
少し表情が緩んだまま、グラナディーン王子殿下は雄也先輩にも問いかける。
「あの御方は大変魅力的な女性だとは思いますが、私も身の程は弁えているつもりです。身の丈にあわない方に懸想立つことは決して致しません」
…………何の話?
「ならば、良い」
しかし、わたしの疑問を他所に会話は成立。
その表情を見た限り、グラナディーン王子殿下は二人の答えに大変満足されたようだ。
えっと?
本当に何の話だったの?
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