黒く長い髪の王子殿下
「貴女がケーナとラーズの友人か。お初にお目にかかる。私の名は『グラナディーン=テマラ=ストレリチア』と言う。ご挨拶が遅れて申し訳ない」
大聖堂の一室。
そこにわざわざ彼は来てくれた。
しかも丁寧な挨拶を先にされてしまうというおまけ付きで。
「は、初めまして。栞と申します!!」
……思わず声が上ずったのも無理は無いと思う。
だが、それは仕方がない。
恭哉兄ちゃんや楓夜兄ちゃん、雄也先輩とはまた違った方向の美形が現れたのだ。
長い黒髪に切れ長の緑色の瞳。
その鋭い目はワカに少し似ている気がするが、それ以外はあまり似ていない。
背も高いし、すらっとしている。
この世界の人々はある程度、顔が整っている人間が多い。
そして、身分が高くなるほどその傾向が強い気がする。
以前、会ったセントポーリア国王陛下だって、母が面食いだと思ってしまうほど綺麗な顔をしていた。
そして、同時に……、あの血がわたしに流れているとは信じられない。
「記憶と魔力の封印についてはそこにいる『ラーズ』から聞いている。その若さで苦労をしたな」
「い、いえ……、それほどでも……」
苦労したって自覚もあまりないし。
先ほどから王子殿下が言っている「ラーズ」って、恭哉兄ちゃんのことかな?
「ベオグラーズ」という名前の後ろ部分をとっているんだろうね。
普通は「大神官」と呼ばれるし、友人である楓夜兄ちゃんは「ベオグラ」と呼んでいるから、なんだか不思議な響きだった。
「我が妹、ケルナスミーヤの話し相手を務めてくれるということだが、申し訳ない。城に迎え入れる前にいくつか条件をつけてもよろしいか?」
「条件……ですか?」
まあ、そりゃそうだろう。
可愛い妹に素性がはっきりしない変な奴らが、纏わりつくことになるのだから。
「従者たちなら良いのだが、貴女の髪を長くして欲しい」
最初に出された条件は髪の毛だった。
「勿論、地毛ではなくて構わないのだが……、この城でその髪の長さは少々、奇異の目で見られてしまう可能性があるのだ」
なるほど。
王女の髪と同じく、友人という立ち位置に来るわたしが悪い意味で目立つのはあまり好ましく思われないのだろう。
でも……。
「わたしには特別信仰している神さまがいません。それなのに、仮とはいえ、髪を長く見せる行為はあまり良くないのではありませんか?」
ワカという前例があるのだから、大丈夫とは思うのだが、わたしと彼女ではこの国での立場が違いすぎる。
わたしの答えに、一瞬、王子殿下は目を丸くし、ふっと笑った。
「分かっていると思うが、これは便宜上の措置だ。だから、本物の髪ではない方が良い。実際の髪は短いのだから、神への不敬にもならないのだろう」
「では、何故、わたしだけなのですか?」
そこは少し気になった。
わたし以外は奇異な目で見られても良いってことだろうか?
「ケルナスミーヤと接触する可能性があるかどうか……だな」
それなら、九十九も接触する可能性はかなり高い。
状況によっては雄也先輩も水尾先輩も会うだろう。
「他の者たちも付け毛をしても良いですか? やはり目立たない方が良いでしょう」
「地毛でなければ許可をする」
「ありがとうございます」
わたしは一礼をした。
後ろで見守っていてくれている雄也先輩ならば、前のようにどこからか新たなカツラの手配をしてくれるだろう。
それにしても、この王子殿下はなんだか言葉の一つ一つが重く感じる。
簡単に弱みを……、隙を見せられないと言うか。
ああ、そう言った意味でもワカに似ている気がするね。
「いくつかということは他にも何か条件があるのですね?」
「ああ、そうだ。貴女方のその魔気だが……、もう少し押さえることはできるか?」
「魔気を?」
「そうだ。それだけ強大なためにどうしても目立ってしまう。特に貴女から漂う魔気は、名が知られている方の魔気によく似すぎていて……、誤魔化すことが難しい」
……なんですと?
しかも……名が知られている……「方」?
「風の大陸の国王陛下に……」
王子殿下は戸惑っているわたしの耳元に顔を寄せ、低い声で囁く。
わたしは、驚きを顔に出さないように必死に平静を装いたかったが、美形の耳元へ囁き攻撃の方に思考の全てが持っていかれた。
恐らくは周囲への気配りだったのだろうけれど、かえって心臓に悪いです、王子殿下。
「今後のためにも、もう少し誤魔化し方を覚えるようおすすめしたいところだ」
そうは言われても、水尾先輩の熱血指導のもと、わたしは魔気ってやつを抑え込むだけで精一杯の状態である。
その上で、これを誤魔化せと言われても……無理です!
だが……、わたしはあることに気付いた。
「……貴女『方』ということは……、わたしだけではないということですよね?」
「勿論、魔気に関しては、この場にいる全員だ。それだけの魔気を放出していれば、感知能力に優れていない者たちでも目についてしまう。それだと面倒なことになるのだろう? 特にそこの王女」
「え?」
グラナディーン王子殿下の目は、わたしの後ろに向けられていた。
「久しぶりだな、ミオルカ。生きていると信じていたが、思っていた以上に元気そうで安心したぞ」
王子殿下は意外にも、水尾先輩に親しげな声をかける。
「お久しぶりです。グラナディーン王子殿下」
水尾先輩も彼に向かって一礼をする。
相手が王子様なので、王女バージョンなのはともかく、この二人は知り合いなのだろうか?
「一人……か?」
「ご覧の通りです、王子殿下。私は、この者たちに助けられてなんとか生きながらえました」
その水尾先輩がそう口にすると王子殿下が顔色を変えた。
彼女から出た「生きながらえる」という言葉で何かを察したのだろう。
「お。お二人は……、お知り合いですか?」
「年が近い中心国の王族とは一通り顔を見せ合っているが、この王子は一応、遠い親戚ってところだな。彼の母親が私の祖母の妹だから」
祖母と母が姉妹……。
えっと……年の差姉妹だったのかな?
「グラナディーン様とミオルカ王女殿下は従甥と従叔母の関係になります」
「その言葉では分かりにくいです、大神官さま」
そもそもそんな言葉、人間界でも聞いたこともないんですけど!? 「じゅうせい」? 「じゅうしゅくぼ」って何!?
「私から見てグラナディーン王子は親の従姉妹ということだな」
「私から見て、ミオルカは従姉妹の娘になるな」
二人からそう説明されても混乱した頭に入ってくるはずもない。
でも、雄也先輩がこの場で紙に書き記してくれて、ようやく理解しました。
しかし、なんだこの家系図。
1、2……五親等の親戚の呼び名なんて知らないよ!?
「魔法国家の王族が法力国家の王族にお嫁入りしたってことでよろしいですか?」
「国家間の婚儀は珍しい話ではない。結びつきを強くすることもできるからな」
なるほど……。
平安時代の政略結婚より、戦国時代の婚姻同盟に近い話になるね。
「だが、セントポーリアのように純血に拘り、自国の王族間の婚儀を繰り返している国は、他国にない特徴的な魔気になりやすいのだ」
「……なるほど」
人間界でも近親婚を繰り返すと、DNAにそれが現れるという話がある。
魔界の場合はそれが魔力……よく聞く魔気となって現れるのだろう。
しかし、特徴的な魔気か……。
そこにいる水尾先輩よりも分かりやすいってことで良いのかな?
「雄也先輩、わたしの魔気を誤魔化すことはできますか?」
「いくつかあるから大丈夫。準備もそう難しくはないから」
流石です、雄也先輩!
「条件はまだありますか?」
改めて王子殿下に向き直る。
緑色の瞳が少し、先程より細くなった気がした。
「これが一番、気にかかったのだが……」
王子殿下はそう前置きをする。
「セントポーリアより少し前から手配書が来ている。髪色や瞳は違うが、それ以外の年齢などの特徴が貴女と一致するのだ。心当たりはあるか?」
その言葉で、寒気がしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




