力を持つと人は変わる
「栞……さん?」
大神官の口から意外な言葉を聞いた気がして王女は、目の前の青年を見た。
「はい。あの方の魔力が封印されていたとかで、その解呪を私に依頼されました」
表情を変えずに大神官は言葉を続けていく。
だが、彼は彼女に対してその封印をしたのが自分自身だということは告げなかった。
「ああ……。そう言えば、あの子……何故か封印をされてたわね」
王女の知る限り、あの手の封印解呪が出来そうなのはこの国では高神官以上の神官か、兄王子くらいだ。
「確かに、ベオグラの法力によく似ていた力でされた封印だった。質とかは及ばないまでもね。あれをあんたが解呪するのは正しいと思う」
法力にも相性がある。
相応の力があっても解呪出来るとは限らないのだ。
「それで……、高田はクレスに連れられて、ここに来たわけか。大神官に封印を解き放ってもらうために。しかもクレスはベオグラの数少ない友人。顔つなぎも簡単にできるってことか。なるほどね……。謎は全て解けた!」
どこかの探偵のようなことを決め顔で言っているが……。
「ああ。クレスは別件ですよ。栞さんはクレスがここに来るついでに、私が封印の解放が出来るならば……、という感じでしたが」
大神官はあっさりと否定した。
そして、その部分においては事実だから仕方ない。
「あ~、魔力の封印解呪がついでって言うのもすごい話ね。私なら、そちらを最優先させるけど。まあ、その呑気さがあの高田らしいと言えば高田らしいか。で、解呪の方は無事できたんでしょ?」
この少女にとって、目の前の大神官と呼ばれる存在が、法力について失敗するところなど想像もしていないようだ。
「はい。今頃は、魔法の扱い方を学んでいる頃ではないでしょうか……」
「何? 今更、魔法の使い方を学ぶって……。魔力と同じように封印されている魔界人としての記憶とやらは戻してないの?」
その言葉から、どうやら、彼女もある程度、事情を知っているようだと大神官も判断した。
本当に友人と言う立場にあるらしい……とも。
「記憶については戻さない方が良いと判断しました。魔界人として生きた時間よりも、人間として育った時間の方が長すぎるようですから」
この辺りはいろいろと事情があるが、それを今、少女に説明することはしなかった。
「じゃあ、人間がいきなり大層な力をもらっちゃったようなもんか。それも少し危ない話だと思うんだけど」
「何故ですか?」
「力を持つと、人は変わるわ。権力や人知を越えた力が強大なほどね」
「姫の友人は、力を手にしただけで変わるようなタイプなのですか?」
その言葉はまるで青年自身も少女とは別に「高田栞」という人間をよく知っているかのような印象を持っていた。
だが、彼女は構わず言った。
「あら、ベオグラはそんな愚かな人間を、私が友人と位置付けると思って?」
その言葉に少しだけ、青年は大神官らしく真顔で答える。
「勿論、思いません」
その言葉で、王女は笑った。
「でっしょおおおおおお? そんなわけであの子を捕獲……いや、籠絡? しようと思うけどどう思う?」
「……言葉に不穏な響きを感じましたが、当事者の意思を尊重するのなら私は反対しません。国王陛下と王子殿下の許可も姫のご友人ということなら得るのは難しくないと思います」
「……珍しく随分、肩入れしてくれるのね。いつもは真っ先に反対する人が」
そこが王女にとって、僅かながら引っかかりを覚えた。
「犬猫を飼いたいというよりは良いという判断です」
「そうね~。高田がいれば、犬も猫も飼う必要がなくなるわ」
「……愛玩動物扱いですか?」
「違うわ! 癒やしよ! 退屈しのぎよ! 心の栄養よ!」
拳を握って力説するが、それらの言葉にあまり説得力はない気がする。
大神官は迷った。
現状として、彼女たちをこのまま大聖堂で保護し続けるのにも限度はある。
件の少女の事情を多少なりとも知っている身としては、城に匿えればそれが一番良い。
だが、そのために自国の王女を楽しませるための存在になれというのは何か違う気がする。
人間界では友人という対等の立場であったかもしれないが、この国では目の前にいる少女は確実に上位の存在となる。
そうなると無理難題を課せられたら、あの娘は断ることが出来ないだろう。
「姫、どうやって栞さんをお捜しするのでしょうか?」
「まずは……、城下に捜索の網を張るか……」
「まさか、見習神官を使う気ではないですよね? それは……、職権乱用になりますよ?」
「あら? ……大神官であるベオグラが命ずれば何も問題ないよね?」
「それも職権乱用です。申し訳ありませんが、ご容赦願います」
頭を下げて、拒否の意思を見せる。
それは、この青年にしては珍しく、本気の懇願だった。
見習神官は「見習い」と付いている立場ではあっても、れっきとした修行中の神官であり、その管轄は城ではなく大聖堂である。
だから、例え、この国の王女の命令と言っても、私情で動かして良い存在ではないのだ。
つまり、最高位の大神官といっても、自分の感情のままに動かして良い人材でもない。
見習神官は、基本的に神務に携わって神の教えを理解することが仕事なのだ。
例え、日ごろ、下級神官たちから雑務を任されていたとしても、それは信仰心を育てる大事な時期なのである……という建前があるのだから。
「じゃあ、ベオグラにはどんな手があるっての?」
少女は不満そうに唇を尖らせる。
「お願いですから、姫の娯楽に赤の他人を巻き込まないでください」
「え~? でも、権力ってのは、使える時に使わなきゃ意味がないでしょう?」
「それは暴君の考え方です」
「でも、私が権力を行使できるのなんて長くてもあと数年よ? その間に使わないでいつ使えって?」
確かに少女のいう通り、彼女がこの国で自由に振る舞えるのは、後数年もないだろう。
彼女は王位継承権第二位である。
第一位が後を継げば、二位以降はただの保険でしかない。
この国の重鎮には既に妻がいることがほとんどであるため、王位を継がない彼女は、遠からず他国への政略結婚の道具とされることだろう。
「地位的にはベオグラが貰ってくれれば何も問題ないんだけど。私も国から離れなくて良いし。でも、大神官は結婚しないんでしょう?」
「確かに歴代の大神官で、婚儀を行った記録はありませんね」
尤も、その理由としては、神官たちが大神官になる頃にはそれなりに高齢となっていることが多いためだろう。
加えて公式的に記録に残されていないだけで、大神官と呼ばれる立場の人間が、こっそりと子供を作った例があることも、この青年は知っている。
だが、今、それを口にした所で、何の解決にもならない。
この少女は単純に退屈というだけなのだから。
「それでは、私の方でも栞さんに交渉してみましょう。但し、あの方には同伴者の方々もいらっしゃるのでそちらにもお伺いを立てる必要がありますが」
「……詳しいのね?」
「封印を解く際にお話を聞く機会があったのです」
「ふ~ん、まあ、いいわ。貴方からの吉報を心待ちにすることにするわ」
「そうですね……。姫がこちらの問題集を終わらせる頃には、お返事ができると思います。」
「ほう。面白い。私と勝負する?」
「……勝負より勉強をしてください」
厄介事が増えた感じはするが、それでも、当人の意思を無視した行為でなければ問題はないだろう。
それに……、青年自身も、あの娘のことは気にかかる存在であることには間違いはない。
今の自分にできる限りのことはしたが、あの黒髪の少女は、神の御手から離れたわけではないのだ。
この王女の傍にいるのなら、その様子を確認できる。
それは、大神官にとっても好ましい状況ではあった。
「まずは、当事者に意思確認しましょう」
「……早めにお願いするわ」
ここで、素直に話が終わっていれば、その後の展開はなかったはずなのだが……。
王族という存在は基本的に出鱈目なまでの、トラブルメーカーなのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




