かなりの進歩
「得意なのは、やはり風……と多分火の属性もいける。水には精霊が言ったように耐性があった。苦手なのは地属性だな。分かりやすく極端に耐性が落ちる。それでも、一般以上だとは思う」
「なるほど……。身体に染みついたモノというヤツは根が深いらしいな」
「今の先輩の言葉からすると、昔からそうだったってことか……」
真夜中と呼ばれる時間帯に、雄也と水尾は、二人で話をしていた。
「それにしても……、かなりの進歩だな」
雄也が呟くようにそう言った。
「高田だろ? 見た目は虫も殺さないような印象があるが、結構、才があるぞ。それに、肝を据えたときは一気に纏う空気まで……」
「いや、貴女のことだ」
「は?」
言われた意味が分からなかったのか、水尾は瞬きをする。
「俺のことをかなり嫌っているだろ。それが、こんな時間に密会までしてくれるとは思わなかったよ」
「今でも、好きじゃないよ」
「正直だな」
雄也は苦笑する。
好きではない相手に対して正面から向き合って、「好きではない」と告げるには、存外、勇気がいるものだ。
それも、少なからず行動を供にしなければならない相手なら尚のことである。
「でも、私は先輩の狩猟対象に入らないようだし自分に害はないと判断している」
「狩猟対象……って……」
雄也は苦笑いするしかなかった。
同時に、巧いことを言う……とも思ったのだが。
「それに、これは必要なことだろ。相手の好き嫌いで大事なことを見誤るようなヘマはしたくないんでな」
「ほう。じゃあ、俺が突然、発情期になったら?」
「ならないだろ。どう見たって先輩は未経験者じゃねえから」
「分からないよ」
「知ってるよ。あれだけ不自然な魔気を撒き散らしていたんだ。魔気の薄い人間界でも。魔界ではもっと濃かったんだろうな。でも、今は先輩の冗談に付き合っている暇はねえ。だから、話は続けさせてもらうぞ」
そう言いながら、水尾は溜め息を吐き、気持ちを切り替える。
「何度か例の御守りにも護られたみたいだが……、無意識に自分で払ったヤツもあったかな。本人、気付いていないみたいだからわざわざ言ってないけど」
「ほう。それは凄い。それに……よく分かったな」
「御守り作動時は法力の気配。高田の防衛本能の主体は魔力。どんな状況でもそれぐらいは分かるよ」
「つまり、魔法を使用したということかい?」
「魔法っていうより、まだ、魔気の塊だったな。具体的に、想像できていないせいか、魔法ほどしっかりしてはいないが、私の放った魔法が当たりそうな時に、身を包むような竜巻が発生する。『魔気の護り』の強化版といったところか」
「魔気の塊で防御というのは凄い話だな」
どちらかというと無駄な魔力の使い方でもある。
普段、身を護っている「魔気の護り」を増強するでもなく、塊をぶつけるだけというのは消費される力も大きいだろう。
「まあ、結果としてそれらが、魔気の自動調整に一役買ってるんだから、問題はねえかと」
「それにしても、大したもんだな。俺や九十九だったら、丸一日魔法の連発など考えられない」
「一応、魔法国家と呼ばれた国の王族だ。魔法力の回復量の違いだろうな。それに初期魔法ばかりだったし。でも、手加減はしてねえぞ」
「は?」
水尾の発言に、思わず雄也は目を丸くした。
「手加減なんかしたらかえって疲れるだろ。それに耐えきれないようだったら考えたが、思った以上に巧く避けるから、その必要はなしと判断した」
「それでも……、彼女は無傷か?」
そのこと自体、雄也は驚きを隠せない。
果たして、この魔法国家の王女を相手に、自分やあの弟にそんなことができるだろうか?
「私に回復と治癒魔法は使えない。体組織破壊魔法になっちまうからな。そして、高田もまだ自己治癒や、それに関する魔法は使用していない。つまり、全部捌かれたってわけだ。ああ、腹立たしい!」
どうやら、初期魔法とはいえ、それでも傷一つ負わすことができなかったのは彼女にとって悔しいことらしい。
「無意識に加減したんじゃないのか?」
「その可能性もあるが……」
どうも納得がいかないようだ。
「貴女はその言動ほど厳しくはないから」
「あははは……。先輩のそ~ゆ~ところがダメなんだよ。歯の浮くようなことをさらりと自然に言ってのける。あ~、見てくれ、このさむいぼを」
確かに水尾の腕には鳥肌が立っていた。
心底、苦手らしい。
「さむいぼとはまた古典的な……」
「ほっとけ」
「ならば、どういう男が好みなんだ?」
「へ?」
「俺みたいなタイプが苦手。それは分かっている。じゃあ、その逆で貴女にも好みというものはあるだろ?」
不意の質問であったが、水尾は真面目に考える。
雄也にしては、踏み込んだ質問ではあるが、大事なことでもある。
水尾が簡単に流される女性ではないと知っているが、それが、好みの異性に対してもそうだとは限らない。
彼女は、単純に魔法国家アリッサムの王族としての価値があるだけではなく、栞の周囲にいる親しい女性としても利用されてしまう可能性はあるのだから。
「……ん~。先輩みたいに合理的、頭で判断して動くようなヤツじゃなくて、もっと単純。考えるより頭で動くバカの方がいいな……。扱いやすそうで」
「……あの愚弟みたいな感じか?」
「ああ、そう言えば、そういうタイプだな、少年は……。うん、確かに嫌いじゃない。褒めるときはストレートで回りくどい比喩もあまり使わないしな」
「あれはあれでかなり気恥ずかしいが……」
雄也は弟の言動を思い出す。
自分には言えないような言葉も平気で言える当たり、かなり心臓が太いと思っていた。
「素直で良いと思うぞ。先輩は言葉に裏がありそうだけど、少年にはないもんな」
「不器用だからな、アイツは」
「アリッサムにもいたよ、あんなヤツ。小さい頃は、いい遊び相手をしてくれた」
そう言って笑う水尾はいつもと違ってひどく優しげな顔をしていた。
だから、雄也は気付いてしまう。
「初恋……か」
自分にも覚えがある感情だったためか。思わずそう言っていた。
「む? まあ……、そうなんだろうな。アイツが、好みの基本になってしまっている以上、否定はできないや」
素直にそういう水尾は、少し哀しそうな瞳をしていた。
昔を思い出したのか、滅んだ祖国を思っているのか、それは雄也にも分からない。
「俺の知り合いにもいるよ。単純で、扱いやすいヤツ」
雄也はなんとなくそう口にする。
「あの弟じゃなくて?」
「ああ。俺と同じ歳の男なんだが、どうもそうは思えなかったな」
「へぇ~」
「熱中すると、周りのものが一切目に入らなくなって、一つのことに没頭するんだ。徹夜とかもよくやっていたよ」
何故、こんな話をしているのか雄也自身も分からない。
だが、自分の目の前で、異性が哀しげな瞳をしているのはあまり精神的に落ち着かなくなっただけだろう。
「そう言えば……、私の幼馴染みたちもそんな感じだったな。医学バカの兄と薬品バカの弟」
「え?」
「兄は私の4つ上で、なんかやたらと人体に関して実験や研究を繰り返すような……、人間界で言う医学っぽいことに興味を示していたヤツだった。怪しげな機械とか使ってよ~。そして、弟は薬の調合マニアだったな」
「な、何故だか……、俺の知っている人物に似ている気がするな」
ふと、雄也は思い出すように言った。
「え?」
「兄上の方はよく知らないが、弟は様々な薬を作っては、人体実験を繰り返しているようなヤツか?」
「ええっ?!」
「確かに、その薬のデキは凄い。しかし、それも巧くいけばの話。失敗したときに起こる副作用は何故だか決まって一昔前のコントのような間抜けな状態になってしまうという害なんだか、芸なんだかよく分からないような……」
雄也は話しているうちにどこか遠い所を見る。
懐かしむとは別の感情が浮かんでいるような顔をしながら。
「な、なんでソレを!?」
「俺の被った害で一番多かったのは頭で花が咲くタイプだったな……。次いで、髪の毛が爆発するパターンか……」
「……ま、まさか……、先輩も、あの男のことを?」
水尾はようやく、その可能性に思い至った。
「考えてみれば、貴女は王族だ。あの人を知っていてもおかしなことではない。しかし……、幼馴染みとは……、考えなかったな」
「……王族ってことは、先輩もやっぱりアイツを知ってるのか」
「世の中というのは本当に狭いな。7歳の時、我が国の王子殿下の供としてカルセオラリアに赴いた時、俺は彼に出逢ったよ」
出会いはごく普通に紹介されただけだった。
それが……、どうして、あんな関係になったのか雄也自身もよく分からない。
「薬バカ……、カルセオラリア……。そんでもって王族関係者なら会っていても不思議はないってことはやっぱりそうか……。先輩は、トルクのことを……」
「『トルクスタン=スラフ=カルセオラリア』……。機械国家の第二王子殿下だな」
「兄貴は、自国を継ぐべく医学を半ば諦めて機械への道を選んだって話だが、アイツはあのまま変わっていないらしいな。王族の中でも変わり種だと今も尚、評判のようだ」
二人は世の中の狭さを思い、深い溜息を吐く。
そして、気分を戻すべく、少女の魔力についての検証を続けていった。
強い魔力を持つ者は同じく強い魔力を持つ者に惹かれ引き寄せられる。
そうして、結びつく縁。
ゆっくりと歯車は回り始め、運命のイトが少しずつ絡まり始めた。
そのイトが固く結ばれるか、それとも縺れてしまうだけなのか。
―――― それは未だ誰にも分からない。
本日三話目の更新。
この話で第20章は終わります。
次話から第21章「動き出した計画」。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




