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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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荒唐無稽な話

 鍋料理は良いものだ。


 複数人で一つの料理を囲み、互いに突き合うことで、親睦を深めることもできる日本の文化である。


 肉や魚介類、豆腐などのタンパク質だけではなく、大量の野菜も一度に摂取でき、さらには身体も温まるなど、風邪予防にももってこいの存在。


 そんなわけで、わたしと母、雄也先輩と九十九の4人はテーブルを囲んでいた。

 そして、その中心部には、ぐつぐつと煮込まれた鍋がある。


「……って、なんでやねん」


 わたしは思わず、関西弁になる。


「あら~、せっかく我が家にこれだけの人数が来たんだから、思わず鍋の一つでもしたくなるじゃない」

「母上、冬ならともかく春に鍋はないと思いますが?」

「そうかしら?」


 そんな親子の遣り取りを無視して、男二人は普通に箸を進めている。


「オレたちも2人だから、鍋は滅多にないよな~。ダチが来た時ぐらい? お、牡蠣、入ってる」

「こうしてゆっくりする食事をする暇もなかったな。ふむ、上手い」


 九十九と雄也先輩は満足そうに召し上がっていらっしゃる。


 ……そして、そのペースは早い。

 九十九は分かりやすく早いが、雄也先輩はさり気なく早い。


 これが……、殿方の食事風景なんだろうね。


「ほら、大好評」


 そんな2人を見て、得意げに胸を張る母。


「追加はあるから、遠慮はしないでね」

「いただきます」

「ご馳走になります」


 九十九と雄也先輩はそれぞれ笑顔で母の言葉に応えた。


「……」


 いや、いいんだけどさ~。

 何だろう、このちょっとした除け者感は……?


 そして、鍋が一度、空になり、追加の食材が投入され、もう一度空になる頃、わたしはタイミングを見計らって、先程からずっと頭を回っていた疑問を口にした。


「……で、母さんは知ってたの?」

「何を?」


 お茶を飲みながら、母はわたしを見た。


「わたしたちが……、魔界人ってことを……」


 母は、知っていて黙っていたのか?

 そして、その理由はなんなのか?


 それについて、わたしの納得できる説明がほしかった。


「違うわ」

「へ?」


 でも、何故か母は何故か否定の言葉を口にする。


 あれ?

 今までの話はどこ行った?


()()()()()()()()()()よ、栞」

「「「え? 」」」


 衝撃的な母の言葉に、3人の声が重なった。


 わたしは、思わず他の2人を見るが、九十九はしきりに首を横に振り、雄也先輩は少し考え込んでいた。


 つまり、これは2人も知らない事実だったと言うことだろうか?


「じゃあ……、わたし、実は母さんの子じゃないってこと?」


 母が「魔界人」と言う言葉を知っている以上、わたしと全くの無関係と言うことはないはずだ。


 でも……、その可能性もある。


「いいえ」


 再度の否定。


 母は目を閉じ、静かに首を振った。


「貴女は私がお腹を痛めて産んだ子よ。それについては間違いないわ」


 微かに笑みを浮かべてそう言ってくれた。


「でも、じゃあ、なんでわたしだけが魔界人なの?」


 わけが分からない。

 わたしだけが魔界人で、母は魔界人じゃない。


 でも、間違いなく母の子ってど~ゆ~ことなの!?


「人間と、魔界人の混血……ということですね?」


 雄也先輩が口を開いた。


「混血!?」


 その言葉に九十九が反応する。

 そして、母も……頷いた。


 それは肯定の意味だ。


「えっと……? 人間と、魔界人の……混血ってことは、母さんは純粋な人間ってこと?」

「純粋かどうかは分からないらしいけれど……、私は魔界人たちが言う人間界……、この地球で産まれ育ったのは間違いないわね」


 わたしの言葉に、母は微笑みを浮かべながら答える。


「知らなかった……」


 九十九が呟く。


「なるほど……」


 でも、雄也先輩の方はどこか納得がいったような顔をしていた。


「でも、それなら何故わたしは産まれたの? 魔界人の父親が九十九たちみたいに、ここ、地球に来たってこと?」

「「それはない」」


 九十九と雄也先輩が同時に即座に否定した。


「そうね。彼らが言うとおり、あの人がここに来ることはまずない。()()()()()が魔界を出るということ自体、試練以外にはありえない話だもの。国を出て、他国へ訪問するのだって様々な理由が必要だったりするし」


 その母の言葉に、九十九と雄也先輩は無言で頷いた。

 しかし……。


「おう……、け?」


 わたしは「魔界」という言葉以上に聞き捨てならない単語を聞いた気がして、先ほどの母の言葉を反芻する。


 母の台詞の中には「試練」とかも聞こえたが、それ以上に、日常会話に入ることはほとんどない単語が含まれていた。


「あの……、『おうけ』ってアレですか? ニュースで聞く英国の王室とか、日本で言う皇室みたいな……アレ?」

「そうなの。今まで言わなかったけど、貴女のお父さんはなんと()()()()()()()だったのよ!」


 何故か、嬉しそうに重大発表をする母。


「はい!?」


 今度は完全に思考停止してしまったと思う。


 長いような短い時間が経過。

 その間、ずっと固まっていたわけだが……。


「……大丈夫か?」


 気遣うような九十九の声で、正気に返った。


 わたしは「魔界」という言葉が出てきた時点でこれ以上驚くことはないと思っていた。

 だが、それは本当に甘かったようだ。


 それ以上に、ファンタジー要素……というか、ここまで来たら少女漫画の妄想キャラ設定のような話が盛り込まれることは全く想像していなかった。


「なんで母さんはそんな大事なことを言わなかったの!?」


 まだ回りきっていない頭で、わたしはそう口にすることしかできなかった。


 当然といえば当然の反応だと思う。

 しかし、そんなわたしに対して、母はもっとありえない言葉を返した。


「忘れていたのよ」

「は?」


 いやいやいや?

 さすがにすっとぼけるにも程がある。


 現に父親が王さまだなんて聞いても信じられないし、ピンとこない。

 だからこそわたしに真実を告げることができなかった理由は分からないでもなかった。


 そんな母の思いを察することもできないほどわたしは子どもじゃない。

 それなのに、母の言い訳は……、まさに子供だましではなのではないか?


「本当なんだよ」


 母への不信感が高まるのが目に見えたのか、雄也先輩が口を開いた。


「どういうことですか?」


 口調が尖ってしまったのが分かる。


 でも、雄也先輩は意に介さぬよう続けた。


「キミも、まだ思い出せないままだろう?」

「え?」


 そんな雄也先輩の言葉で、ふと思い出す。


 九十九が、わたしの記憶と魔力とやらに封印が施されていると言ったことを。


「こいつから聞いたと思うが、栞ちゃんがここに来たのは5歳だ。幼いとは言っても、何一つとして記憶していないのは変だろう?」


 確かにそうだ。


 物覚えが悪いと言ってしまえばそれまでだが、それ以降の記憶は割と細かくはっきりとあるんだ。


 そして、九十九から、わたしが本当に、記憶と魔力の封印をされていることも伝えられている。


 つまり……。


「キミの母君も封印されていたんだよ。同じように記憶と魔力を。恐らく、過去のキミの手によって、ね?」


 過去のわたしがやったという点に置いては異議を申し立てたいところだが、わたしに封印があるのだから、その母にも封印がされている可能性があるというのは納得できる。


「解けたのか!?」


 わたしが頭の中で整理している中、九十九の方が先に理解したらしい。


「王族の血を引いているとはいえ、5歳児の魔法だ。封印そのものも綻び始めていたから、簡単だった。それに、そこまで特殊な魔法でもなかった」

「じゃあ、高田のも解けるんだな?」


 そう言う九十九が嬉しそうなのは気のせいじゃないはずだ。


 それはそうか。

 わたしたち親子のせいで、異国……、いや、異世界へ兄弟二人だけで来ることになってしまったのだから。


 だけど……、そんな彼の嬉しそうな顔を見ると……、逆に、わたしが淋しく思えるのは何故だろうか?


 ところが……。


「いや、彼女の封印については、俺には無理だ」


 何でもできそうな青年は、あっさり肩をすくめた。


「なんでだよ。母親のが解けたなら、高田のだって5歳児程度のものだろう?」


 九十九は納得いかないようで雄也先輩に食い下がる。


 そんな弟を蝿でも払うように手を振って、彼は冷ややかに答えた。


「お前は封印の種類も分からないのか?」

「へ?」

「この封印は彼女の母君に施されたモノとはまるで質が違う。何者かは知らないがかなり高位の法力(ほうりき)の使い手が、強力な封印を重ねて施したみたいだな」

「法力……、だと?」


 法力?

 魔法とは違うのかな?


 その言葉が持つイメージとしては、お坊さんが「悪霊退散」と言いながら、数珠や錫杖を振り回して浄化する感じ。


 ……あれ?

 「祓い給え、清め給え」と紙をつけた榊をぶん回す方が法力だっけ?


 そんなわたしの思考は、当然ながら置いてきぼりのまま、彼らは会話を続けていく。


「ああ。恐らく解呪ができるのはそれを施した当人か、それ以上の法力を扱える魔界人だろうな」

「この地球に……そんな力を持ったヤツがいるってのか?」

「いや、多分、魔界人だ。魔法と法力を巧い具合に混合させてある。こんな技法があるとは……、ふむ、なかなか面白いな」


 雄也先輩はわたしに目線を向けながら、先ほどまでと種類が違う笑みをこぼす。


「そうなの? いつ魔法をかけられたのかしらね。流石にこの年になると、娘と一緒に行動することも減っていたし……」


 母は頬に手を当てて、心当たりを探しているようだ。


「そうなるとお前は、オレたち以外の魔界人に会っていたってことになるな」


 3人は納得したようだけど、わたしは分からないことだらけだった。


「それは知らないけど、それより引っかかる点があるよ。母が記憶と魔力を封印されていたって話だけど……人間にも、魔力ってあるの?」

「お前、覚えてないのか? 人間にも多少の魔力はあるんだよ」

「いや、何度も聞いたからそれは分かってるんだよ。でも、魔界人ハーフのわたしはともかく、母の魔力まで封印したってとこが気になっただけ。少しぐらい魔力ってやつを感じる方が、人間としても不自然じゃないんでしょ?」


 それでも、封印という手間をかけたってことは、母の魔力もそれなりにあったってことなんじゃないかと思う。


 それに……、先ほどまで彼らは母が魔界人ではなかったことを知らなかった。


 全ての情報が正しく伝わってなかったためかもしれないけれど、そんな大きな特徴を人探しさせるのに伝えてないとは思えない。


 もしかしたら、父親である王様って人も、母が人間であることを知らなかったのではないだろうか?


 つまり、それは母の魔力が普通の魔法使い、魔界人並みにはあったということかもしれない。


「栞が想像しているとおり、よ。私の魔力は貴族……ほどではないけれど、城下にいた一般的な国民よりはちょっとだけ高かったと聞いているわ。まあ、貴族からすればそれでも鼻で笑うぐらいらしいけれどね」


 やはり、そういうこと……だよね?


 封印ってものがどれだけ大掛かりなものかは分からないけれど、10年間という短くはない期間、効果を継続させるって大変だと思う。


 ゲームを参考に考えても、信じられないくらい長期間有効な魔法だ。

 いや、ゲームとかは100年規模の封印とか平気であるけど。


「しかも、私の場合は、魔界人の魔力にかなり質が近かったらしくてね。多少は魔法も使うこともできたのよ」

「つまり、中年なのに魔女っ()?」


 ごん!


 わたしのうっかり発言に、お客様の前でも遠慮しない母から容赦のないげんこつを頂いたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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