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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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魔力が解放された結果

「では、ゆっくりと足を部屋から……。ゆっくりですよ」


 そう大神官に促され、九十九、雄也、水尾、クレスが見守る中、栞はそろりと右足を部屋の外へと出した。


 その途端……。


「うわあああああっ!?」


 右足を少し、外に出しただけなのに、栞は悲鳴をあげる。


「どうした!?」


 九十九が倒れかかる栞の身体を反射的に抱き留めた。


「い、今の……、何?」


 それはこの場にいる皆が聞きたいことだろう。


「なんか……、、右足がどこか遠くに吹き飛ばされてしまいそうになって……」


 栞はガクガクと震えている。


 初めての感覚に戸惑い、足も自分の身体を支えられないのか、今もほとんど九十九に寄りかかって支えられている状態だった。


「それが……、これから貴女の住む世界の感覚になります。10年もの間、ずっと閉ざされていたものが一気に開かれたのですから、多少の負荷がかかるのは仕方ないことですね」

「い、今のが、多少……」


 よほど衝撃的だったのか、栞は再びその足を出しかけたが、前に進もうとしなかった。


 それだけの感覚を味わったということなのだが、こればかりは周りの人間にはどうすることもできない。


 これに耐えねば、この世界では生きていけないのだから。


「高田、高田」


 その声で、栞は顔を上げた。


 見ると、九十九の顔がすぐ近くにある。


 二人の身長差はそこまで離れてはいないのだから当然のことなのだが、栞はそれに気付いていないほど動揺していたのだ。


「大丈夫だ」


 そう言って、九十九は栞に向かって微笑み……。


「大神官猊下。この大聖堂内で魔法を使うことは問題ないでしょうか?」


 と、大神官へと向いた。


「この辺りならば、その部屋ほどではありませんが、ある程度、結界を強化しているため大丈夫です。ただ、あまり大きな魔法は使わない方が良いでしょうね」


 大神官は、九十九の意図を察してそう答えた。


「ありがとうございます」


 そう言って、一礼した後、九十九は目を閉じ……、一言だけ言葉を呟く。


風魔法(Wind)


 その言葉とともに、目の前で小さなつむじ風が発生した。

 それは、極限まで威力を抑えた小さな風の魔法。


 近くにいる人間たちの髪を微かに揺らす程度のものだった。


「なるほど……。お前にしては考えたな」


 雄也が感心したように呟く。


「つ……くも?」


 栞は、何が起きるのか分からず、不安な眼差しを九十九に向けた。


 九十九は、彼女の言葉に応えず、真っ直ぐその風を見つめ……、ゆっくりと歩みを進めようとする。


「ちょっ……、ヤダぁ」


 彼女にしては珍しく情けない声が出たが、九十九に支えられていた栞も必然的に、前に進むことになる。


「大丈夫だ」


 九十九はもう一度そう言って、栞を引き寄せるようにして、その風に向かって進んでいく。


「やッ!!」


 栞は目を瞑り、思わずそう叫んだが、腰が引けたような状態で、女が男の引く力に敵うはずがない。


 栞は闇の中、激しい風の流れを感じていた。


 ―――― あれ? この感覚……、どこかで……?


「高田……、まだ怖いか?」

「え?」


 九十九の言葉で栞は目を恐る恐る開ける。


 九十九が起こしたつむじ風は、結界で強化されていた部屋の外だった。


 つまり、この風の中に入ったということは先ほどの部屋から出たことを意味する。


 だけど、その身体に感じるのは激しい風の渦だけで、先程のようなよく分からない重圧とは全く違うものだった。


「そっか……。高田は風の大陸出身。だから、いきなり地の国の感覚には慣れなかったわけだな」


 水尾がそう言った。


「なるほど、ホンマ考えたな。確かに、大気中に広がっとる地属性の大気魔気より、魔法の方が込められている魔気の密度がちゃうもんな~。それやったら、風の属性の嬢ちゃんも、おいおい慣れるんちゃうん?」


 確かに先程栞が感じた現象は、国境を越えたときに起きた感覚によく似ていた。


 いや、あの時ほど身体の中から、何かをかき乱されたような感覚はなかったが、似てはいたと栞は思う。


「ただ……、それは難しいな」


 そう雄也が口にした。


「どういうことだよ?」

「考えてみれば分かることだと思うが、その間、ずっと栞ちゃんはその風の中で暮らすわけにもいかないだろう? どちらにしても、そこから出る必要があるわけだ」


 水尾の疑問に雄也はそう答える。


「え……」


 ここから出ると、あの感覚に襲われることを懸念してか、栞のまなじりが歪んだ。


「……だそうだが、どうする?」


 身体を支えられながらも、どこか挑発的な九十九の瞳が栞の目に入る。


 その目に負けるわけにはいかない。

 それに、彼女自身も本当は分かっているのだ。


 そうなると、後は……、覚悟を決めるだけだった。


「よ、良し! 九十九、この風を消して!」


 栞は震えながらも、拳をしっかり握り、口を結んだ。


「分かった」


 その言葉と同時に、躊躇(ためら)いもなく九十九は風を消す。


「うああああああ~~~~~~~~~っ!!」


 そんな栞の叫びと共に、その周囲には猛烈な風が沸き起こり、その場にいた人間はある程度自体を予測していた大神官を除いて、例外なく吹き飛ぶこととなる。


 魔法国家の王女である水尾ですら、その自動防御が間に合わないほど瞬間的な衝撃を受けた。


 先程は、右足の一部だけだったのが、今回は全身で地属性の大気魔気を浴びたのだ。

 彼女が一度に受けたその衝撃は計り知れない。


 その当事者は風の魔気を大放出した後、素早く部屋に駆け込んでいた。


「ふぅ……。大聖堂自体が強固な造りで良かったですね。皆さん、大丈夫ですか?」


 気遣うような言葉ではあったが、どこか余裕ある大神官の声を聞きながら、倒れた者たちは思った。前もって自身に結界を張る余裕があるなら、先に言えと。


 どんなに決心しても、そう簡単には恐怖心というものは拭えなかったというお話。


***


 このままでは、栞はこの部屋の結界から出られないが、魔界で生きていく以上、そんなわけにもいかなかった。


 しかし、その問題はあっさりと解決することになる。


「要は、高田が纏う魔気の量を自分の意思で調整できれば良いんだよ。そうすれば、私たちみたいに普通に生活できるはずだ」


 水尾は先ほど激しく乱された髪を直しながら、笑顔でそう言った。


 魔界人は通常、意識せずとも常に魔気を纏い、その身を護っている。


 その全てが、この世界で生まれ、生きていくことになるのだから、それは当然だろう。


 しかし、まだ新米魔界人と言っても問題ない栞は、その自動調整がうまくいかないのだ。


 だから、慣れない空気に対し、自分が最も居心地の良い空気である風を出して抵抗することになった。


「で、でも……、どうやれば……?」

「簡単なことだよ、高田」


 困惑する栞に対して、そう言いながら水尾はさらにその笑みを深める。


 その微笑みに異様な迫力を感じ、栞は思わず後退(あとずさ)ったが、狭い部屋の中で後退するのは限度があった。


「特訓だ!! 我が魔法国家の名にかけて、一日でお前の魔気が自動調節することを可能にしてやる!!」


 水尾は大声で宣言する。


 どうやら、彼女の体育会系(魔法国家)魂に激しく火が点いたようだ。


「九十九……、お前も受けるか? 魔法国家の王族による特訓……。またとない機会だぞ」

「いや……、どんな特訓かは見守るつもりではあるけど、オレ自身はこれまで通り、自己流で行く。なんとなく何か怖い……」


 兄の問いかけに対して、思わず本音を零す弟。


「死なへん程度ならええんちゃう?」

「ここの地下なら、人は全く来ませんし、多少の無茶をしても壊れることはないですから、そこを利用してください」


 これらの様子から、この場にいる男衆は、止める気がないようである。


 満場一致で、水尾の案は可決されてしまった。


「わ、わたしの意思は!?」

「ここで一生を過ごすか?」

「あう……」


 水尾から迫力ある笑顔で正論を言われ、栞はぐうの音も出ない。


 そうして……、そのまま栞は強固な移動式の結界を大神官に施された後、水尾に首根っこを掴まれ、売られる仔牛のような瞳で彼らを見ながら、ズルズルと地下へ引き込まれた。


「神よ、あの哀れな子羊(少女)に救いの御手(みて)を……」

「いや、ベオグラ。このタイミングでそれを言うのもどうやろう……」


 どこかずれたことを言う大神官に突っ込みを入れながらも、クレスは、人間界で聴いた子牛が売られていく様を歌った物悲しい旋律の歌を思い出していたのだった。

あの悲しい旋律の歌は何故か時々思い出します。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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