目覚めた後で
「ふ~ん。わたしの知らない間にそんなことが……」
九十九が用意してくれた美味しくて熱々のスープで、お腹をそこそこ満たした後、九十九からわたしが眠っている間に起こった一通りの事情を聞いた。
まあ、ほとんど寝ていただけだったみたいだけど。
でも、彼から説明されても正直、あんましピンとこない。
儀式とかのために仮死状態になってしまった所まではなんとなく覚えているんだけど、そこから先についてはさっぱりだった。
その仮死状態中についても正直、10日以上も前にあったせいか、正直、既におぼろげな記憶というかなんというか……。
それに……。
「魔力……ねえ……」
自分ではそう言った変化はあまり分からない。
封印はちゃんと解かれていると聞いた。
でも、それならもっと劇的な変化があると思っていたんだけど、わたしの身体も、周りの風景も何も変わっていないのだ。
その魔気っていう魔力の流れが視えるとか、魔法が使えちゃうとかそういったものは全然ない。
だから、わたしに実感が湧かなくても仕方がないと思うのですよ?
「この部屋にかなり強化した結界を張っているからな。変化が分かるとしたら、たぶん、部屋から出た後だろう」
「そっか……。でも、さっきの話だと恭哉兄ちゃん……じゃなかった大神官さまがいない時に出ると危なそうだね」
わたしが部屋の外に出るためには、大神官様の立会いが必要そうなのは分かる。
それに水尾先輩も……かな。
九十九が言っていた制限魔法ってやつもあった方が良いだろう。
そう考えると、部屋の外に出るなら、今すぐというのは止めて、皆がいる時の方が良いってことになるのかな?
「お前に意識がある分、どこかが違うはずだがな」
「そんなもんかね~?」
「そんなもんだ」
そうは言われても、部屋から出た瞬間にいきなり意識が吹っ飛んだりしそうで怖い。
それでなくても、これまでに無意識で魔法とやらをぶっ放していたのだから。
「先輩たちは?」
今、この場には九十九しかいなかった。
よく考えると、今までにわたしは彼に何度寝顔をさらけ出しているのだろう?
よだれとか、いびきとか大丈夫かな?
「ああ、そうか。兄貴も水尾さんも今は寝ているはずだ。夜は交代制にしたんだよ。思ったより、お前が目覚めるのが遅かったからな。体力温存のために……」
「……今、夜なの?」
「おお、真夜中だ」
「そっか……」
また、迷惑をかけちゃったんだな~。
思わずはぁ~っと溜息が出る。
魔界人って分かってから、一体、どれだけの人に迷惑をかけてきたんだろう。
「ま、半分以上は仕方がねえことなんだけどな。の……いや、お前の封印が解呪できただけでもいいんじゃねえ?」
「……うん」
それでも、やっぱり落ち込んじゃうよね~。
それでなくても、わたしは迷惑掛けてばっかりなんだから。
「そんなことより、オレは気になっていることがあるんだが……」
「へ?」
不意に九十九が真顔になった。
突然のことで思わず、目が丸くなってしまったのが自分でも分かる。
「その服、どんな仕組みなんだ?」
「はい?」
この服とは、儀式用に渡された服だ。
11日間着替えていないとは思えないほど驚きの白さと輝きを放ったままだった。
しかし、それについての仕組みを知りたいとは……、流石、掃除以外の家事が得意な少年だけある。
「仕組み……、いや、着方かな」
「……普通に着るだけだよ」
「いや、なんか、やたら横には紐とか付いてるし、布が交差してるし」
「ふむ……、この服は着物にちと似てるかな。この胸元の布が、この下とこの部分と同じ布になっていて、紐は、横の腰とかを止めて、ちょっと緩めたりとかもできるみたいだね」
少なくとも、この服はわたし一人で着ることができた。
恭哉兄ちゃんの手を借りなきゃいけないようなものじゃなくて良かったと思う。
紐でサイズ調整もできるので、問題もなかった。
「着物なんて知らねえよ」
「言われてみれば、殿方は縁が少ないもんね。まあ、わたしも浴衣ぐらいしか着たことがないけどさ」
わたしだってそんなに縁があったわけじゃないが……。
でも、ワカが日本舞踊をやっていた関係か、浴衣の着付けを知っていて、彼女のサポートがあれば、なんとか浴衣は一人で着れないこともない。
ただ、完全に一人で着れと言われたら白旗の準備をしなければならないんだけど。
「兄貴は正月に着てたな~。羽織袴ってやつ……」
「へっ? まさか雄也先輩って……、着付けも出来るの!?」
羽織袴の着付けって……、普通はできないよね?
しかもお正月、とな。
わたしの正月なんて、いつもと同じような服を着て、正月番組を見ながらおこたでゴロゴロと転がっていた覚えしかないんだけど。
いや、あれはあれで、幸せな気分を味わえるのですよ?
「いや、それは流石に着物屋に頼んでたみたいだ。でも、わざわざ理容室で髪セットしてまで、デートに行くんだから金かけてたよな~」
「なんか……、女性が気合いをいれまくる正月デートみたいだね」
着物屋さんで着付けを頼んで、美容院で髪をセットしてもらい、化粧して初詣に出掛けるのが気合いの入った大人の女性がする正月デートだと聞く。
生憎、大人じゃないからそんな経験はないけどね。
まるで、漫画みたいだ。
そして、現実には凄く目立ったのだろうけど……、雄也先輩なら似合う気がした。
顔の良い人の羽織袴とか……。
ああ、でも、後学のために見てみたい気がするな~。
頼めば、雄也先輩は今も着てくれるかな?
「下に着てるのは?」
「ああ、やっぱ見える? 肌と似たようなオレンジ色だからあんまり目立たないと思ってたんだけど……。なんか水着……いや、レオタードっていうのかな、これ。スパッツタイプならもっと着やすいんだけどね」
そう言いながら、脇下の薄布をぺらりとめくると、九十九は一瞬、驚いた顔をした後で、何故だか安心したように言った。
「やっぱ、お前は色気とは無縁なんだな」
なかなか酷いことを言われた気がする。
「九十九に聞かれたから見せただけなのに……」
その反応は酷くない?
「いや、わざわざ捲ってまで見せるなよ。オレの方が慌てるわ」
「……下にちゃんと着ているんだから、九十九が慌てることはないでしょ。生肌だったら流石にしないよ」
「なまはだ……って……」
どこか呆れたような九十九の言葉。
「素足のことを生足っていうでしょ? その素肌バージョン?」
「……素直に素肌じゃだめなのか? それか、諸肌」
「諸肌はなんか違うんだよ。確かに上半身だから完全には間違ってないのだけど、本来の意味である両肌は曝け出してないから」
「怪しい日本語を使っているのに、何故、そんな所に拘る?」
「造語は良いけど、言葉を極端に崩しちゃ駄目でしょう?」
「お前の判断基準が分からん。オレからすれば、造語も言葉の破壊には変わりはない」
むう。
頭の固い男だ。
だが、そこを今更、追及しても仕方がない。
「まあ、素肌だろうが、諸肌だろうがどちらでも良いよ。大体、わたしが少しぐらい脇腹を見せたぐらいで動揺する九十九ではないでしょ」
そもそも彼はわたしを異性として見ていないのだ。
基本、女性と言うよりも荷物扱いされる。
人形みたいな感じなのだから、そこで妙な感情が起こるわけもないだろう。
わたしがそう言うと、九十九は何故か変な顔をした。
そして、何か言おうとして、言いよどむような表情を何度か繰り返した結果……。
「ああ、うん。お前はそう言うヤツだよな」
彼はそう言いながら、何故か大きく溜息を吐いたのだった。
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