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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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異常事態

「では、そろそろ結界を……」


 そう大神官が口にしかけたとき、彼はその事態に気付いて、振り返った。


「どないしたん?」

「まさか……」


 大神官が呟く。


「「「え!? 」」」


 三人は驚いたが、クレスは……その言葉で、その状況が掴めた。


 目の前にいる栞の状態が変化していたのだ。


「な、なんや……この光は……」

「高田!?」


 全員の視線の先には、一人の少女が横たわっている。


 そして、その少女は今、不思議な橙色の光に包まれていた。


「こ……、これは!?」


 大神官が、反射的に手を翳した。


 その行動が、もし、ほんの僅かでもそれが遅かったら……、この場は大惨事になっていただろう。


「ベ、ベオグラ!?」

「大神官猊下!?」

「くっ!」


 しかし、手を翳した大神官の手に火花が散り始め、その手を保護していた手袋が破れ、捲れ上がっていく。


 その事態を理解し、水尾や九十九たちも両手を前に突き出す。


「うわ!?」


 しかし、水尾の手は静電気に似たようなもので弾かれた。


「な、なんやて!?」


 弾かれた水尾自身よりも近くにいたクレスの方が驚きの声をあげる。


「くっ! これは……」

「……この感覚、久しぶりだな」


 しかし、九十九と雄也はそこで踏みとどまった。


「栞さんの護衛(アミュレット)に、私の法力を込めていたのは僥倖でした……」


 大神官が、苦しげな声でそんなことを口にする。


「ベオグラ! いけるか?」

「分かりません。しかし、私たちがここで止めないとかなり危険なのは間違いないようでしょう」


 そんな珍しく弱気な発言をする大神官の言葉に、クレスは少しだけ焦った。


「城下……、大聖堂内の結界でもダメなんか?」

「当人に、邪気などの感情がない以上、魔力、法力、体力吸収結界は意味を成しません。栞さんはただ、純粋に魔力を解放しようとしているだけですからね」

「これが……、ただの魔力解放やて?」


 その言葉の意味を理解してクレスは総毛立った。


 魔力を意識的に凝縮や増幅して放つ魔法とは違い、単純にその力を自由にさせるだけ。

 ただ自然体になるだけだというのだ。


 それでも、王族である自分は吹っ飛ばされ、魔法国家の王女である水尾すら弾かれた。


 その場にまだ留まっているこの黒髪の護衛兄弟は異常としか言いようがない。


 だが、彼らは彼女の幼馴染みだ。

 恐らく彼女の魔力に対して耐性ができているのだろう。


「これが……、中心国家の王族……か。ベオグラ! 俺に出来ることは!?」


「無事を祈ってください」

「…………まだ余裕あるやないか」

「仮にも、大神官ですからね」


 そう言って、大神官は口元に微かな笑みを作る。


 しかし、その額や頬からは珠のような汗が浮かんでいた。


 それに、手袋は完全に剥がれ、その手が剥き出しになり、さらには紅く腫れ上がっていくのが分かる。


 この国、最高位の大神官でこれだ。


 もし、彼女の封印解放を半端な神官がやっていたら想像もつかない事態を引き起こした可能性があるだろう。


「確かに……、ここまでってのは私も想像以上だな。先に大神官が結界を張っていなければもっと被害があったかもしれない」


 水尾がため息を吐く。


 大神官だけではなく、兄弟たちも汗を浮かべてはいるが、なんとか彼女を抑え込んでいた。


 しかし……、これが一切の結界もない状態だったら状況が違っていたかもしれない。


「今、まさに、そう言う状況やがな」

「大神官様は……、結界の張り直しは、その状態じゃ無理そうですね。笹ヶ谷兄弟も抑え込むのに手一杯……、と。クレスは……?」


 だが、先に弾かれた水尾は淡々と確認する。


「あっさり、弾かれたわ。俺じゃ焼け石に水やな。水尾は、結界張るんはできるか?」

「基本的に補助系、回復系、結界は苦手なんだよ。私は、攻撃系が主」


 弾かれた手を振りながら、水尾は答える。


 クレスは肩を竦めるしかなかった。


「そら、性格通りで……」

「まあ、できないわけじゃないんだけどな」


 そう言って、両掌を合わせ、水尾は目を閉じた。


制限区(リミテイション)域魔法(ディレクティッド)


 その言葉と同時に、周囲にいる人間たちの身体に重圧がかかる。


「う……」


 そして、栞から発していた光も弱まった。


「今のは……?」


 クレスが、自分の身体の重みに耐えながら、水尾に問いかける。


「一応、結界魔法になるのかな? 魔力を押さえつけるわけだから。私の周り数メートル内で魔力がある程度軽減されるんだ。人によっては十分の一以下になったりもするらしい。女王陛下たちからあまり使うなと言われてたほどのとっておきだ」


 確かに魔法国家で魔力を制限させるような魔法を使わせるわけにはいかないだろう。


「魔法の使用制限とは違うんか?」

「使用制限魔法は、私は結界にできない。出来るのは精々、この程度のことだ。それに……、今の私を越える魔力が発生したら無効化されちまうのと、自分の魔力も制限されてしまうのが最大の弱点だよな」


 祈るように胸の前で手を組んだまま、水尾は答える。


「そんなのを使うなら、先に言ってくれ」


 九十九は身体の重さのためか、立ち上がることもできず、片膝をついた。


「悪い。説明しているヒマもなかった」


 その割に会話をしていた気がするが、そこを突っ込んでも仕方がない。


「どうやら、私の法力も制限されてしまうようですね。少し、結界が弱まってしまったようです」


 大神官が破れた手袋を取り替えながら息を吐く。


「え? 法力まで? それは、知りませんでした」


 水尾が驚いたように言う。


 実験……、いや、練習に付き合ってくれた聖騎士たちも、そんなことは言ってなかったのだ。


「それなら、結界はどないしようか? このままやと結界が切れた途端、同じことの繰り返しやで」

「法具を使えばこの上からでも新たに結界は張れます。ちょっと取ってきますので、その間、ここをお願いしますね」

「ああ」

「分かりました」


 大神官は、やや急ぐように部屋から出て行った。


「水尾が結界を張ったんは正解やったな」

「結界だったら、先輩の方が張れそうだけどな。多才だから」

「いや、俺や九十九の結界魔法程度では無理だろう。中心国の王族が手加減なしに放出するものを受け止めるようなことはできない」

「その割には抑え込んでいたな」

「それは属性と慣れの問題だろうな。俺たちは風属性だから耐性がある。それに……、幼い頃から彼女の魔法を食らっていた」


 この場には制限魔法の影響があるにも関わらず、涼しい顔をしている雄也に水尾は怪訝な顔をする。


 使用者である水尾ですら、その影響で身体が重く、動きも鈍くなっている。

 何よりも制限されていることで、自身の気分も不快になっているほどだ。


 それをおくびにも出さない青年の姿を見ると、自分の魔法がまだまだだと言われている気分になる。


「これほどまでとは思わなかったな……。一刻も早く、高田には魔力を制御することを覚えてもらわねえと……」

「せやな」

「高田に……変化は?」


 九十九は立ち上がれないために、寝台に寝かされている栞の状態が見えないようだ。


「ないで。うんともスンとも言わへん……」

「暴走とは……、違ったってことか……」

「そういうことやな。あの勢いで暴走されたら、俺等が束になってもよう敵わんかもしれへんかった」

「それは……」


 九十九は……、思わず息を呑んだ。


 以前、栞が暴走したとき、莫大なる魔力ではあったが、それでも抑えられないほどではないと感じた。


 しかし……あの時はまだ、封印が完全に解けたわけじゃなかったのだ。


「結界を強化した方が良いかもしれないな」


 そう言う雄也の胸中も複雑だった。


 自分の仕えるべき者の魔力がそれほどのものだというのは本来、喜ばしいことである。


 しかし、それが暴走してしまったら……、被害は甚大であることが確実なのだ。


 それを抑えることが今の未熟な自分たちにできるかどうか……。


 だが、やるしかない。


 自身の魔力の暴走で、誰かを傷つけるようなことがあれば……、この主人は心穏やかではいられないはずなのだから。


「当の本人は、まだおねむ……、か……」


 水尾も気に掛かることがあった。


 自分は滅亡したとはいえ、魔法国家の王女だ。

 魔力だけなら他の王族に引けをとることはないと自負していた。


 しかし……、先程のアレは、そんな自信と誇りをも吹き飛ばしてしまうようなものだった。


 彼女から湧き出る魔力の衝撃を抑え込もうとしたのに弾かれてしまった。

 そんなことはそう多くはない。


 幸い、魔力を解放しただけの状態だったこともあって自分の魔法は通じたが、もし、彼女が自分の意思で100%魔力を操ることができるようになれば、あんな子ども騙し程度の魔法は通用しなくなるだろう。


「しかし、なんで、目が覚めないんやろう? さっきので覚醒したと思うたんやけど……」


 それは、この場にいる全員の共通した思いだった。


 ―――― コンコンコン


「はい」


 ノックに対して、雄也がすぐ返事をする。


「失礼します。お待たせ致しました」


 大神官が戻ってきて、すぐに新たな結界を張り直した。


「ベオグラ……、さっきの原因は分かるか?」

「結界が緩んだためでしょう。圧迫していたものがなくなれば、自由に動きたくなるのが体内魔気ですから」

「……ああ、そういうことか。魔気を無理に抑えられているのは息苦しいもんな」


 水尾は自分の胸に手を当てる。


「……ということは、まだまだ彼女は眠り続けるということでしょうか?」

「そうなりますね。私が考えているより、体内魔気の浸透に時間がかかっているようです」


 大神官のその言葉に、一同は大きく息を吐くしかなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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