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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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黒い人物

「九十九、来てくれる?」

『へ?』


 わたしは玄関を開いて、そこにいる九十九に呼びかけた。


 返答はあったけど、その姿は見えないから、また姿を消しているのだろう。


「母は、九十九が居ることに気付いてる。通信珠を使う心の余裕がなくて、呼びに来たよ」

『気配も魔力も消したつもりだったんだが……、相手の感知が上手か?』

「さあ? それと、わたしにお客さんが来てるとも言っていた」

『どんなヤツだ?』

「それはまだ分からないけど……」


 なんとなく母から感じられた微妙な違和感については、この場で口にすることができなかった。


 そのまま、玄関に入ると、九十九が姿を現す。

 何度見てもちょっと心臓によろしくない。


 そして、二人で廊下を通り、客間へと向かう。


 その先の客間に居たのは……、癖がある長い黒髪の……知らない男の人だった。


 でも、何故か見覚えがある気もするし、誰かに似ている気もする。

 会ったことも……ないはずなのに、どこかで会ったことがある感じもある。


 ……というか、すっごい顔が良い。

 さらに柔らかな微笑みがすっごく似合っている。


 そして、やっぱりどこかで会ったことがある?


 そんな既視感を覚え、考え込んでいたわたしよりも先に、その背後にいる九十九が口を開いた。


「なんでここにいるんだよ?」


 明らかに知人に対する口振り。

 それも年上相手にこの口調。

 その上、かなり不機嫌そうな態度。


「九十九、この人を知ってるの?」


 思わず九十九へ向き直る。


 ん?


 もう一度、客人へ。

 そしてまた九十九へ。


 何度も見比べてみる。


「似てる……」


 既視感の正体を口にした。

 客人は、九十九を少し大人にした感じの青年。


 ……九十九の未来予想図と言っても誰も異を唱えないだろう。

 それほど彼らはよく似ていた。


 その……、雰囲気とか印象とかではなく、姿形が。


「似てねぇよ」


 九十九の機嫌がますます悪くなった。


「彼女が言うのは外見だろう。いちいち子どもみたいに膨れるな、みっともない」


 黒髪の青年が口を開いた。


 やっぱり似ている。

 顔だけじゃなくて、その声も。


 青年の方が声は低いが、声質は簡単に変わるモノじゃない。

 それは九十九と再会した日によく分かった。


「膨れてない。単に、なんで兄貴がここにいるのか気になっただけだ」


 ア・ニ・キ?

 あにき……、兄貴?


「ああ、お兄さんか!」


 わたしは手を叩いた。


「遅い!」


 鋭い九十九の突っ込み。


 仕方ないじゃないか。


 九十九のお兄さんが我が家に来る可能性なんて、九十九が来る可能性以上に低いと思っていたのだから。


 そう思っていると、青年はにこやかに椅子から立ち上がった。


「こんにちは、栞ちゃん。小学生の頃に比べてすっかり大人っぽくなったね」

「え……?」


 挨拶されたことも忘れて思わず停止する。


 「大人っぽい」……?

 そんな単語、産まれて15年と数日。

 一度も言われたことがなかった。


 そして……、やはり、わたしはこの人と会ったことがあるらしい。


 それも小学生の頃ですと?

 こんな美形にお会いしましたっけ?


 ここまで目を引く人を、記憶に止めないでいられたって凄いね、小学生の自分。


 しかも、「栞ちゃん」と呼ばれましたよ。

 耳慣れないその呼び名に、酷く擽ったいものを感じた。


 わたしのことを、同級生は「高田さん」、後輩は「高田先輩」、ワカや高瀬、九十九のように親しい友人たちは「高田」と呼ぶ。


 たまに「シオちゃん」や、「シオちゃん先輩」などと呼ばれることもあったが、それは例外みたいなものだ。


 ああ、先生方は何故かフルネームに「さん」付けで呼ぶね。

 でも、「栞さん」や「栞ちゃん」と呼ばれることは、かなり珍しい。


 他に……、「栞」とわたしを呼び捨てるのは母ぐらい、か。


 さらに!

 先ほどの声の甘さ。


 このアニメやゲームに出てきそうな魅力的な声を、どうお伝えしたら良いものか!?


 この低さは同級生にもないためか、下腹部付近が妙にムズムズとして、背中も全面がソワソワする。


 落ち着かないような緊張しているような変な感じ。


 低音ボイスフェチなところがあるワカが、この美声を耳にしていたら、大興奮は間違いないだろう。


 でも、それ以上にこの黒髪の青年についての特徴を述べるなら、妙に目が引き付けられるという点だろう。


 多分、九十九のことを知らなくても、街で見かけたら思わず目で追ってしまうかもしれない。


 男の人が母子家庭の我が家にいるという違和感は勿論あった。

 でも、なんだろう。


 彼に対しては、お客様……、というより、親戚のお兄さんという印象の方が強く感じる。


 そんな風にいろいろと考えながらずっと見ていたせいか、目がおかしくなってきたらしい。


 チカチカして、彼の周囲に眩しい光があるように思えてきた。

 絵画で見るような後光ってこんな感じなのかな?


 背中から光が差すようなイメージだったのだけど、現実の光は、全身がほんのりと包まれているように見えた。


 ……うん。

 わたしの目がおかしくなっていることは間違いない。


「どこがだよ。こいつの身長や体型は、あの頃とまったく変わっちゃいないってのに」

「なっ!?」


 わたしの思考を中断させるような悪態を吐く九十九。


 彼に対して抗議の意思を込めて向き返った時には、既に、何故か床で倒れていた。


 ツンツンと、驚きのあまり、指で突いてみたが反応がない。

 どうやら、完全に意識が飛んでいる模様。


「無礼な弟で申し訳ないね」


 笑顔のまま彼は頭を下げる。


 その笑顔に先ほどとは別種の既視感を覚えた。

 この同種の笑顔を、つい最近、見たことがある気がして。


 この人は……、ワカ……、いや、高瀬系か?

 そんな思考が頭に浮かぶ。


「あらあら、雄也(ゆうや)くんたら。可愛い弟に対してひどいことをするわね」


 母さんがいつものノリでお茶を運んできた。

 それで、ようやく、彼の名前を知る。


 そっかあ、このお兄さん。

 「雄也」さんって名前なんだね。


 偶然にも母の兄、つまりわたしにとっては伯父に当たる人が同じ「裕也(ゆうや)」という名前だった。


 文字は違うかもしれないけど、知っている人と同じ名前だと覚えやすい。


 それにしても……、弟である「九十九」と随分、方向性が違う名前だとも思った。


 もしかしたら、魔界人はわたしたちと感覚は違うのかもしれない。

 ……いや、「九十九」って単語は日本語っぽいよね?


 もしかして偽名だった、とか?


「可愛い弟だからこそ、手加減無しに愛情を注ぐことができるのですよ」


 彼は、また笑顔で母に答える。


 いや、その答えはいかがなものだろうか?

 この場合、「手加減なし」って、多分、別の意味ですよね?


 顔は九十九と似ているのに、笑顔は全然違う印象を受ける。

 九十九の笑顔は、裏表がある印象はあまりないのだ。


 含みのある笑顔を見せる時も、分かりやすく含みのある顔をしている。


 でも、このお兄さんは年季のせいだろうか?


 含みのあるような、全くないような裏か表かもよく分からない、酷く読み辛い表情をしているのだ。


 つまり、間違いなく高瀬系である。


「えっと……、笹ヶ谷先輩?」


 九十九のお兄さんと呼ぶわけにもいかないので、適当な言葉を探す。


「九十九と同じように、『雄也』で良いよ」


 笑顔でそう言われた。


「え……、でも……」


 どう見ても、相手は年上だ。


 そうなると……、九十九と同じように名前を呼びつけることにはかなりの抵抗がある。


「呼び辛さがあるのなら、『雄也さん』か『雄也先輩』でも構わないよ」

「では、『雄也先輩』で」


 相手から妥協案まで出してくれたのに、それを断る理由もない。


 なんでも、彼らの「笹ヶ谷」の方は、本名じゃないそうだ。


()()()()()()()()()()()()()()だものね」


「ええ」

「へぇ~。……え?」


 笑顔で会話をする我が母君と九十九の兄君。


 しかし……。


「は、母上? 今、何とおっしゃいまして?」


 思わず自分の母に対して、「母上」と呼びかけてしまう。


 これは、わたしの動揺から口に出たモノだ。

 余談だが、わたしは胡麻擂り時や懇願時にも「母上」となることがある。


「ん? 『魔界ではサードネームまでが普通だものね』って言ったつもりだったけど?」


 一言一句たりとも間違いはなかった。


 聞き違いとかではないらしい。


「今、普通に『魔界』と口にされた気がするのですが……?」


 実の母に敬語を使う娘。

 これも動揺の証。


「それはそうよ。貴女は魔界人だもの」


 さらりととんでもないことを口にする母。


「なっ、なんじゃそりゃ~~~~~っ!!??」

「もうちょっと声のトーンを落としなさい。一軒家とはいえ、近隣のお付き合いってモノはちゃんとあるのよ」


 母はわたしをそう窘めようとするが、ここで退く気はなかった。


「叫ぶわたしに罪はない! ……って言うか、衝撃の事実をあっさり口にされて叫ばない娘がどこにいる?」

「知ってたでしょ? え? まさか、まだ?」


 九十九のお兄さん……、雄也先輩に尋ねる母。


「そのことで話をしにきたんですよ」

「あら、ごめんなさい。フライング?」

「いえ、その部分については、既に彼女も知っているはずですから、問題はないと思われます」

「ああ、良かった」


 問題解決ね、と呑気に母は言っているが、わたしは納得できない。


「いや、良くない!」


 わたしはこう返した。


「何が、良くないの? 知っていたことでしょ?」

「第三者からと身内から聞かされるのじゃ重みが違うでしょう!?」


 こういった非常に重い秘密を耳にするのに、うっかりと聞き逃してしまいそうなタイミングで、世間話の中に潜ませるなんてあんまりだ。


「あらあら、第三者だなんて……。ここにいる九十九くんも、雄也くんも、貴女にとっては身内以上の存在なのに」

「身内……以上? ……って、いやいやそんなことより……。だから……、前後を説明してよ! なんで魔界人? 何故魔界人? どうして魔界人?」


 わたしは動揺のあまり、言っている意味が分からなくなってきている。


「まあ、落ち着いて」


 雄也先輩が母親に向かって捲し立てる娘を止めに入った。


「いきなり全てを理解するのは難しいから、一つずつ整理していこう。オレも、九十九もそのためにここにいるのだから」


 もう一人は未だに昏倒しているのですが……。


「ほら、九十九も起きろ。出番のないまま、台詞のないまま舞台から退場するのは通行人その1と扱いが変わらないぞ」


 そう言って、彼は九十九の背中を――――、強打した。

 ごほっと、少し咽せて、九十九は頭を押さえながら起きあがる。


「いってぇな! もっと手加減を覚えろよ」

「手加減すると手元が狂う。永眠したいなら喜んで加減してやるが?」


 うわぁ……。

 黒さを前面に押し出した高瀬がいる。


 今のわたしには、そう思うことしかできなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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