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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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決して忘れぬように

 わたしの問いかけに、姿が見えない相手は少し間をおいて答えた。


『霞がかっておるな。髪色が漆黒か濡羽色(ぬればいろ)……いや、藍墨茶(あいすみちゃ)か?』


 つまりは黒一択ってことだと思う。


 それにしても博識だね、この人。

 「漆黒」や「濡羽色」は聞き覚えがあるけど、「藍墨茶」は知らない。


 多分、墨という言葉から黒だと思ったんだけど。


 魔界人の頭の中に備わっている翻訳機能って、体内魔気とやらを利用して、相手の話す言葉を自分のイメージに置き換えたり、相手に自分の話す言葉をイメージとして送りつけたりする機能だったはずだ。


 どちらが優先されるかは、込められた意思の強さで決まるので、かなりの確率で聞き手より話し手の気持ちが優先されるらしい。


 つまり、この声の主は、わたしにこれだけの色の名前を知っているというアピールしたってことだ。


 しかも、洋風ではなく和風方向で知的で雅な部分をチラ見せしたという……、なかなかの高等テクニックだと思う。


 姿は見えないけれど、楓夜兄ちゃんではなく、雄也先輩タイプと考えた方が良いかもしれない。


 そうなると、一気に「攻略不可能」の文字が頭に浮かんだ。

 少なくとも、何も考えずになんとかなる相手ではなさそうだということだけはよく分かる。


「あなたがおっしゃるとおり、わたしは黒い髪です。わたしからもあなたの姿を見ることはできませんが、あなたはどんな色でしょうか?」


 相手がどんな存在か分からないので「髪」という単語は避けてみた。


 人間じゃないなら「毛色」でも良いかもしれないが、人型だった時はちょっと受け取り方が変わってしまう。


『なるほど……。闇の色か。我が髪と瞳は猛き炎の如く紅い。これは「原初」の影響であろうな』

「原初?」


 なんだろう?

 少しだけファンタジー要素っぽい?


『我らのような存在は、作り出した存在の色に添う。我は火神ライアフに連なる者。故に髪もこの瞳も燃えるような色である。そなたは人間。変化(へんげ)をすれば風神ドニウに近付こう』

「……へんげ?」


 なんだろう。

 知らない単語ばかりが当然のように出てくる。


 いや、意味はなんとなく分かるけど、それが魔界ではどんな意味を持つものかが分からない。


『人の身で神に近付く行いだ』


 そして……、この物言い。


 始めはその雰囲気から、なんとなく精霊に近い何かだろうと思っていたけれど……、もしかして、この人ってもっと上の存在ではないだろうか?


『「人神(じんしん)変化(へんげ)」は魂の波長と血脈に左右される。だが、そなたは既に「人神」に変化したことがあるようだな。神の手を借りずとも己の身のみで変化できる素地があるなら、そなたは元来より神に近しき存在だということだ』


 ……そろそろ意識を飛ばしても良いですか?


 言っている意味がなんとなく理解はできたんだけど、頭が考えることを放り投げたいと訴えている。


 変化(へんげ)って……、そんなのした覚えがない。


 そんな異常事態、母や九十九、雄也先輩が何も言わないとも思えないし。

 ああ、でも、昔のわたしなら、そんなことが出来ても不思議はないのか。


 覚えてはいないんだけど。


『流石は「分魂(ぶんこん)」を受けた身だ。無能でなければ他より変化はしやすかろうが、容易だから可能というわけでもないからな』

「ぶんこん……?」


 せ、せめて……、漢字が分かれば少しは分かる気がする。


 「ぶんこん」って言葉からは人間界の知識で、シャクヤクとか柳の根分けのことぐらいしか出てこない。


 頭を抱えたくなったが、残念ながら左手は今も拘束されている。

 そして、この手については、声の主が捕まえているのかも分からない。


 少し離れた所から声が聞こえている気がするし。


「……あなたは……、誰ですか?」

『……そなたに加護を与えた者だ』

「加護……?」


 それって……?


『いずれは知ることだが、今は深く考えずとも良い。我はまだ残念ながらそなたに触れることが叶わぬようだ。此処へもまだ迷い込んだに過ぎぬとは……。やはり()()()()()()()()()だな』

「――――っ!?」


 その単語は流石に知っている。

 神さまとかが人の形をとって人の世へ降り立つことだ。


 人間界で有名なのは神の子とされるキリストが地上で生まれたことだろう。


「今は……、肉体がないのですか?」


『我らのような存在は、人間のように肉体というものを持たない。現界する時には必ず人間の身体かそれに近い高濃度の魔力が必要となる。一時は人間の手を借りて身体を造りはしたが、事情があって失ってしまったのだ。それもまた一興だったがな』


 ど、どうしよう……。


 この人ってもしかしなくても、神さまとかそれに近い存在っぽい。

 いや、魔界だから言葉の意味はちょっとだけ違うかもしれないけど。


 そして、わたしがこの神さまっぽい人と会話することになったのは恐らく恭哉兄ちゃんが何かしたせいなんだろう。


 封印を解くために必要だったのかもしれないけれど、何の心の準備もなしに引き合わせるなんて酷い!


『さて、そろそろ頃合いか。そなたは人の世へ戻るが良い。我が迎えに行くまではその身の自由を許す』


 ……なんですと?


『今はまだ触れることも叶わぬ。魂だけの存在となってもそなたの生命力は強すぎるせいか。あるいは肉体と繋がっているためか』


「ちょっと、待ってください! わたし、今、魂だけの存在なんですか!?」


『…………それすら気づいてなかったのか』

「はい」


 不自然な間が空いた問いかけに、わたしはそう返事するしかない。


 なんてこった!

 知らないうちに幽体離脱状態だったとは……。


 ああ、でも、目は開けたらダメって言われている。


 ううっ。

 どんな状態なのか気になるのに……。


 でも、そうしたら戻れないとかそうなっても困る。


『今代の「神扉(しんび)()り手」は、なかなか……。ああ、そういうことか。無駄なことを……。多少、神力を使えたとて所詮は人の身。今のように人隠しぐらいしかできぬと言うのに』


 そう言いながら、神さまっぽい人は含み笑いをする。


「……えっと、わたしが帰る前に、もう一つ、貴方にお伺いしたいことがあります」

『言ってみよ』


「お名前を聞かせていただくことはできますか?」


『――――っ!?』


 なんとなく、息を呑むような気配がした気がする。


 もしかして、名前、聞いちゃダメだったのかな?


 だが、そうじゃなかったことはすぐに分かった。


『ああ、これは良い。恐らくはこれが喜ばしいという感情なのだろうな』


 先程までのような含み笑いではなく、今度は少し、嬉しそうな気配がする。


『良い良い。他ならぬそなたの願いだ。我が名を聞き届けることを許そう』


 左手首が少し前に引っ張られる。


 しかし、同時に、足も何か後ろに引っ張られるような感覚があった。

 しかも、足の方は断続的にぐいぐいと引っ張られる。


『……帰還の時だな。いずれまた会う。その時まで我が名をその胸に納めておくが良い。我が名は―――――――』


 神さまっぽい人は、最後に叫ぶように名乗りを上げた。


 正直、その名は長くて覚えていられるかは自信がないんだけど……、これだけは、覚えておかねば……、わたしにしては珍しく何故か強くそう思った。


 わたしの身体は再び、水の流れに……って、速い!? 速いし怖い!


 先程よりもずっと速く後ろに足を引っ張られていく。


 水の流れに逆らっちゃうんじゃないかって思ったけれど、水の流れも逆に変わったのかぐんぐん、わたしの身体を押し流していく。


 これ、息できるの?

 いや、今、わたしは魂だけなんだから呼吸の必要もないのだ。


 ああ、だから、心臓の音も聞こえないはずだ。


 ……って、それは死んでるってことじゃないの!?

 ちょっと待って!


 そんな話は聞いていない!!


 そんな考えも虚しく、渦に巻かれるように、ぐるぐるとわたしは思考を飛ばしていくのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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