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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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決して目を開けてはいけません

見様によってはホラーと言えなくもない話です。

 息苦しくはないが、何も聞こえない。

 無音の世界がそこにあった。


 目を閉じているので、どんな風景があるかは分からないけれど、なんとなく、今は目を開けても先ほどまでいた大聖堂の床は見えないような気がする。


 だけど、目は開けない。

 そう約束したから。


 それからどれくらいの時間がたったかは分からないけれど、意識があるってことはまだ眠ってはいないのだろう。


 今、わたしは質量のない水に流され始めた。


 肌に直接水が触れる感覚がないのでそれも気のせいだと思うけれど、なんとなく水の中にいる時に似ている気がするのだ。


 もしかしたら、風呂上がりに目いっぱい付けたあの粉とかに、防水機能があるのかもしれない。

 驚くべき水の弾き方だ。


 儀式中だと思うけれど、何故か音が何一つとして聞こえない。


 九十九の声を聞くまでは、周囲でいろいろな声や音が聞こえ、皆の気配もちゃんとあったのに。


 まるで宇宙空間にひとりぼっちになったみたいだ。

 息はしっかりできるけど。


 ふと、そこで気になった。

 自分の呼吸音や心臓の音もよく聞こえないことに。


 なんてことだ。

 本当に真空状態に近い現象が起きていたらどうしよう。


 身体は動かないままだけど、流されている感覚があるだけマシかもしれない。

 その感覚すらなければ、うっかり目を開けちゃっているかもしれないのだから。


 でも、目は開くなと言われた。

 古来より、好奇心に負けた人間はろくな目にあわないと相場が決まっている。


 恭哉兄ちゃんが、あそこまでしっかり細かく注意してくれたのだ。

 その気持ちを裏切りたくない。


 不意に周囲に温かい空気が漂ってきた。

 まるで陽だまりでひなたぼっこしてうとうとしたくなるような幸せな気持ち。


 文字通りぬるま湯に浸かっている状態。

 ちょっとだけ幸せな気分になるが、ちょっと気になる部分もあった。


 それは、左手首だ。


 ゆったりと温泉に入っているような感覚なのに、左手首にある違和感が酷く気になった。

 よく分からないけど、誰かが…………握ってるような?


 人の手のような感覚に左手首を掴まれたような気がする。

 そして、それは、多分、なんとなくだけど、男の人だとは思う。


 手首を掴まれたせいで、先程まで流されていた感覚がぶらぶら揺れる感覚に変わる。


 激しい流れではなかったので、引っ張られることはなくそこで止まりはしたが、それでも完全に流れがなくなったわけではないので、右に左に上に下にとわたしの身体は動いているようだ。


 どうしたものかと思案している時にどこからか声が聞こえた。


『目を開けてください……』


 それは耳に響く低い声だった。


 このどこか甘い声に聞き覚えはあるが、わたしはその指示に従う気にはなれなかった。

 この声の本来の持ち主は本当にしつこいぐらいに何度も、言ってたじゃないか。


 「目を開けてください」とは絶対に言わないって。


 しかし……、そうなるとこの声は誰の声だろう?


 人間界で開けてはいけない扉の向こうで、知人の声真似をする化物の昔話があった気がする。

 恐らくはそんな感じなのだろう。


 しかし、魔界ってなんでいちいちホラー要素をぶっこんでくるのだろうか?


『目を開いても、もう大丈夫ですよ』


 いやいやいや?

 大丈夫の保証はない。


 これは罠だ。

 ホラー要素たっぷりの罠だ!


 すると、暫くして相手は別の声を出してきた。


『目を開けなさい』


 よりによって、その声か。

 聞かなくなって久しい懐かしい女性の声だ。


 でも、この状況でその声はマイナス要素だと思うよ?


『母の言うことが聞けないの?』


 はい。

 この声の主はどこから情報を得たのか、わたしの母にそっくりな声を出した。


 でも、母じゃないことは分かる。

 母の声だけど、母じゃない。


『目を開けなさい、―――――』


 さらに聞こえた声。

 その声は誰かの名前と思われる言葉だった。


 だからはっきりと言いきれる。


「ごめん、母。それ、わたしの名前じゃない」


 思わず声に出していた。

 母と同じ声の女の人は、知らない名前で恐らくわたしに向かって呼びかけてきた。


 もしかしたら、過去のわたしはその名に覚えがあったかもしれないけれど、今のわたしは全然知らない。


 それに、本当に声の主が母であっても、わたしのことをそんな風には絶対に呼ばない。

 今も昔も。


 記憶がなくてもそれだけは確信できるのだ。


 うっかり返事をしちゃったけど、声の主はどうするつもりだろう?


 呼びかけられて探し回られても反応なくて、耳を持っていくという怪談もあったよね?

 あれって結構酷い話だと子供心に思った覚えがある。


 身体にありがたい念仏は書いてないけれど、わたしの身体は儀式の準備とやらで爪先から髪の毛までしっかりと白酒に浸かっていた。


 だから、ホラーな相手には視えない可能性はある。


『なるほど……、今代の『神扉(しんび)()り手』は優れていると見える』


「ぬ?」

 先ほどまでとは違って、随分、印象も口調も違う声が響いてきた。


『歴代の()り手は気付きもしなかったのだが……』

「え……っと、どなたでしょう?」


 今代とか歴代とシンビのモり手とか言われてもさっぱり分からない。


 いや……待て?

 その言葉に覚えはある。


 あれは確か……?


『ほう……。我が声に覚えはないか』


「はい。申し訳ないのですが……」


 よく考えたら、ホラー展開ならこの反応も良くないかもしれない。


 完全に何もしないのが正解だったとも思うが、それでも答えずにはいられなかった。


 恭哉兄ちゃんも、聞こえてきた声に対して、返事をするなとは言わなかったし、これについては問題はないと思いたい。


『無理もない。我にとっては短き時も、人の身では気が遠くなるほど昔の話かもしれぬ』


 ぬう。

 やはり、相手は人外のようだ。


 いや、魔界の「人」って定義が未だによく分からない部分はあるんだけど。


 よく考えてみよう。


 このゆらゆらした状態がこの声の主が原因なのかどうかも分からないけれど、もしかしたら再び流されちゃう可能性はある。


 流された方が良いのか、止められたままが良いのかは現時点では判断できない。


 そして、うっかり会話しちゃった以上、今更、黙るのも不自然。

 対話が可能であることを自ら証明してしまっているのだ。


 自分が見えない状態で、声の主の機嫌を損ねて何かあっても困る。


 大神官からは「目を開けるな」と指示されたが、「聞こてくる声を無視せよ」とは言われていない。


 でも、それは同時に聞こえる声の主がどんな姿をしているか確かめる方法がないわけだ。

 まず人型かどうかも分からない。


 何故ならこの世界は、馬も翼が生えるファンタジーワールド!

 小動物が喋ったり、無機物と言われているものが踊ったりしても何もおかしくはないのだ!


 可能性があるのは少し前に出会ったような精霊さんと似たような存在。

 あの時は楓夜兄ちゃんだったが、今回は恭哉兄ちゃんが召喚した可能性もある。


 いろいろと考えれば考えるほど思考が迷子になっていく。

 こんな所まで方向音痴を発揮しなくても良いのに。


「あなたは、昔のわたしを知っているのですか?」


 分からなければ聞くしかない。

 わたしは覚悟を決めた。


 悪い方向に転がったとしても、今回は大神官が助けてくれる気がする!


 わたしが約束を破ってうっかり、目を開けない限り!


『無論、知っておる。姿が視えぬのが口惜しい。「神扉の護り手」がどんな手を使ったのかは分からぬが、見事にそなたの身を隠しておるわ』


 先ほどから声の主が言う「シンビのモり手」というのは、多分、大神官である恭哉兄ちゃんのことなのだと思う。


 あのお風呂のおかげなんだろうね。 


 そして……、声の主からは、「そなた」……と呼ばれた。

 これは、人生初の経験ではないでしょうか。


 普通の生活をしている一般人の呼びかけに使われることはまずない。


「あなたはわたしの姿が見えないのですか?」


 わたしは思わずそう尋ねていたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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