表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

374/2787

逃げ出すか 観念するか

「自分としては大神官猊下がこのような雑談に応じる方だとは思っていなかったです」


 大神官に顔を向けながら、兄貴はそう言葉を続ける。


 まあ、大神官という責任ある立場である以上、あまり他人に軽い話はできないだろう。


 オレと高田も本来なら気軽に言葉を交わし合うこともできない。

 護衛である以上、無駄口を叩いてお互いに情を移し合うわけにもいかないだろう。


 だが、オレたちはスタートから普通の主従関係とは違った。


 「王の血を引く娘」と、その娘に拾われた「みなし子兄弟」。


 それが、今のような関係に近くなるのは、当人の「友達が欲しい」と言うどこにでもあるような願いから始まった。


 さらに、シオリの母であるチトセさまの「あの子にも友達がいた方が良い」という望みと、オレたちの師でもあるミヤドリードの「彼女は表舞台に立つ訳にはいかないのだから、そばにいても不自然ではないように、護衛ではなく友人に見せた方が良い」という助言により、今の関係に近い関係になったのだ。


 尤も、言われた時は今よりガキだったから難しく考えずに「友人になる」ぐらいしかよく分かってなかったのだが。


 でも、もし……、あの頃のオレが兄貴のように一歩引いて接していたらどうなっていただろうか?


「見る角度次第でどうとでも……ってことだろ? その発想は面白いもんだな」


 そんなことを水尾さんが口にした。


 確かに彼女の言うように、そんな考えも見る角度によって変わるものだ。


 オレがごちゃごちゃ考えた所で、何もならない。

 兄貴とオレの役目は違うのだから。


 せいぜい、傍目にも分かりやすく守って周囲の油断を誘おう。

 その方が、兄貴も陰で暗躍しやすい。


「貴女は……」


 大神官は水尾さんを驚いた顔で見た。


 彼女は普段の言動からは忘れがちだが、魔法国家アリッサムの第三王女だ。


 世間では、魔法国家アリッサムの国自体が消滅し、その王族たちも生死不明とされている。


 そんな状況でその王族の一人がひょっこり自分の前に現れたのだから、その驚きも不思議ではない。


 しかし……、法力国家に亡命してきたわけではなく、単純に友人に付いてきただけっていうのもなんか不思議な気がする。


「貴方に隠すことはできませんね。お久しぶりです、大神官猊下」


 水尾さんが改めて、大神官に挨拶した。


 この変わりよう。

 いつもこうなら良いのに……と思わなくもないが、オレの調子が崩されてしまう。


 そして、こんな雰囲気でしずしずとしながら、いつもの量の食事とか……、神も仏もない気がしてくるからな。


「ご無事で何よりです、ミオルカ王女殿下。ご拝顔、光栄に存じます」


 大神官も挨拶を返す。


 ミオルカ……ってのは、確か水尾さんの本名だったはずだ。


 あまり、使わないからピンとこない。


「うん。この顔が私も知ってる顔だ」


 そう言いながら今にも「してやったり」と言い出しそうな顔で笑う水尾さん。


 その言葉は貴女にこそ贈りたい。

 先程までとは別人だ。


「もう少しお話を伺いたい所ではありますが、取り急ぎ用件を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 そう兄貴が雰囲気を戻すように口にした。


「はい、構いません」


 大神官は少し高田を見て、兄貴に答える。


「彼女の儀式はいつ頃になりますか?」

「そうですね……。本日の聖歌時以降でしたらいつでも調整は可能です。準備に関しては今からでもできますよ」

「……聖歌時って……お昼だろ? ちょっとばかり早くね?」


 水尾さんが眉を顰めながら言う。


「栞さんの封印は元々、正式な儀式の下で行われたものではありません。ですから、あまり仰々しくない方がよろしいでしょう。立ち合いの神官も必要としないため、人員の調整も不要です」


 なるほど、大神官だけで行うってことか。


 ある意味贅沢な話だな。


「ただ……、それでも何も問題がないわけではありません。恐らく、儀式後に暫く動くことができなくなるしょうから、お連れの方々を含めて部屋などの手配をしておきましょう」

「お気遣い、感謝いたします」


 兄貴が礼をとる。


「栞さんは、いつ頃がよろしいですか?」

「…………早い方が良いです」


 なんとも言えない顔で高田は答えた。


 急展開に頭がついてきてないのかもしれない。


「それでは、私は急ぎ、準備をして参ります。恐れ入りますが、皆さまは、こちらで暫くお待ち下さい」


 そう言いながら大神官はさらに奥の部屋へ向かっていった。


 オレたちは広間に残された形となる。


「大神官猊下って意外とせっかちなのか?」


 なんと言って良いか分からないが、あの行動の速さはそうとしか言えない。


 ……兄貴も似たようなもんだろうけど。


「ちゃうで。今のは、嬢ちゃんが『早い方が良い』言うたからや。顧客……、やない、迷える子羊の気持ちに寄り添い、万全に備えるのがあいつの仕事やからな」

「顧客って……」


 オレたちは特に何かを買いに来た覚えはないんだが。


「それにしても、儀式ってそんなに早く準備できるものなのか? 王族の儀式とかはかなり前から入念な準備をしてた気がするんだが……」


 水尾さんが顎に手をやりながら言う。


 王族の儀式は多分、通常より格式張っているから余計に準備が必要になるんだろう。


 オレたち一般人は聖堂に行っても、そこまで準備が必要ではないと聞いている。

 単純なのは祈るだけとかもあるらしい。


「儀式の種類にもよるんやろうけど、ベオグラの場合、嬢ちゃんの封印もその場ですぐ、やったしな。解呪も儀式ってほどのもんやないと思う。まあ、アイツのことや。失敗せんためにもある程度はしっかり準備するとは思うで」


 今、さらりと言ったが聞き逃してはいけない言葉が聞こえた気がする。


「……失敗の可能性もあるの?」


 やはり、高田も当事者だけあってその部分が気になったようだ。


「人間のすることやし。特に嬢ちゃんの封印は特殊な状態で特異な状況やったから、通常とは違うはずやわ」


 クレスの言葉で高田の顔色が明らかに変わった。


 先程までの覚悟を決めた顔から色がなくなっている。

 どことなく、目が泳ぎ始めている気もする。


「俺としては、暫く動けなくなると言う言葉が気になったな。それほど負担がかかるということか?」


 うん、兄貴。

 それはオレも聞こえていたけど、今の高田にはソレを言わない方が良い気がする。


「そう言えば、そんなことを言ってたな、大神官」


 水尾さん、同意しないでください。

 なんで兄貴のことが嫌いっていうか苦手意識があるのに変な所で気が合っちゃうんですか?


 高田の瞳から光が薄くなった。


 ああ、コレ。

 小学校の頃、教師から面倒な仕事を押し付けられた時の顔に似ている。


「おいこら。……今、すっげ~変な顔をしてるぞ」

「ど、どんな顔でしょうか?」


 オレ相手に敬語。

 どうやら、かなり動揺しているようだ。


「全て放り投げてとんずらしたいって顔」

「…………マジですか」

「逃げたって何の解決にもならんことは分かってるだろ?」

「本気で逃げることが出来ないのは分かっているけど、時間稼ぎはしたいって気持ちも分からない?」


 分からなくもない。

 でも、オレは知っている。


 あの時も教師から押し付けられて逃げようとして……、こいつは観念したのだ。

 逃げてもどうせ、後で自分が苦労することが分かっていたから。


 いや、教師が生徒に連絡をうっかり忘れていて、前日に大慌てで準備しなきゃならないっていう結構、酷い状況だったんだが。


 逃げても誰も咎めは……するか、小学生だから。

 大人を責めるよりは言いやすい同級生に矛先を向けるよな。


「それが、問題の先延ばしにしかならないってのは、自分でもちゃんと分かってるんだけどね」


 彼女は困ったように眉を下げる。


「分かってるなら覚悟を決めろ」


 今はあの時とは違う。


 だから、オレにはこう言うしかできない。


「それに……、水尾さんも言ってただろ。魔法は怖いもんじゃねえって」

「別に魔法を怖がってるわけじゃないんだけどね」


 そうは言っても、彼女は魔法によってその身体を傷つけられたこともある。


 だから、魔法を本当に怖がっていないとは、オレにはとても思えなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ