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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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無表情と言われる青年

 大神官が微笑んだ。


 その姿は、どこか懐かしい気がして……、いきなりの変貌に思わず、全身の力が抜けてその場に座り込んでしまう。


 これがギャップというやつなのだろうか?


「高田!?」


 慌てたような九十九の声。


「だ、大丈夫。ちょっと気が抜けただけ」


 緊張から解放されたせいだと思う。


「大神官猊下の御前で取り乱すな。みっともない」


 わたしに駆け寄ろうとした九十九を、手で雄也先輩が制止させていた。


「……私は、さっきの大神官の顔の方が驚いたんだが……」


 水尾先輩が目を丸くしながらそう言った。


「……そうなの?」


 わたしはなんとなく、目の前にいる九十九に顔を向ける。


「大神官猊下と初対面のオレに聞くなよ」


 それはそうだ。

 わたしは大神官と人間界で会ったが、九十九は会っていないのだ。


「恭哉兄ちゃんは、人間界でも笑ってたよね?」


 今度はそれを知っているはずの楓夜兄ちゃんに声を掛ける。


「あ~、確かに笑うとったな。やけど……、魔界に還ってきてからは、人前ではあんまり笑うとらんで、この男は」

「え? なんで? もったいない」


 楓夜兄ちゃんの言葉に、わたしは思わずそう言っていた。


「勿体無いって……」


 わたしの言葉に九十九がどことなく呆れた声を出す。


「いや、美形の微笑みって、それを見るためならお金を払うレベルじゃないの?」

「……お前が言っている意味はよく分からんが、これだけははっきり言える。オッサンか、お前は」

「……いつの間にかわたしの性別が変わってしまった。ワカがそんな感じのことを言ってたんだけど……」


 いくらなんでも、うら若き女性に向かって「オッサン」はないと思う。


「よりにもよって、何故、あの女を基準にした?」


 そこはなんとなく……としか言いようがない。


「確かに城下にあった姿絵販売所では、大神官猊下の微笑みを描いたものがあったが……、価格の桁が違ったな」


 そんなことを雄也先輩が言った。


「そんな店まであるんですね」


 姿絵販売所……。

 個人的には凄く興味がある。


 この世界の絵ってどんな画風なのだろう?

 宗教画みたいな感じなのかな?


「しかも、完売していたため、見本しかなかったよ」

「……それはすごい」


 文字通り「桁が違う」のに、それでも売れるとか。

 希少価値ってやつかな?


「ああ、あの店やろな。元は、神様の絵を描いてたみたいなんやけど、その売れ行きが悪うてな。思い切って方向転換し、大神官や王子の絵姿を販売した所、笑いが止まらんようなったらしいで」


 どうやら、昨日、九十九が言っていた大神官の偶像崇拝(アイドル)化現象というのは本当らしい。


 しかも、楓夜兄ちゃんの話では、この国の王子まで……とは……。


 それって良いのかな?

 いや、考えようによっては国民に愛される王族ってことになるのか。


 あれ?

 この国の王子って、もしかしなくてもワカのお兄さんってこと?


「やけど、お前が知り合いとは言え、大神官の姿で笑うなんて珍しいな。気でも抜いたんか?」

「別に笑うことを自制しているわけではありません。ただ……そうですね。少し、気が緩んでいるというのは認めます」


 恭哉兄ちゃんが苦笑する。


「少年、カメラ持ってきてないか?」

「……ありませんよ。……というか、何をする気ですか?」


 カメラというのは人間界のものだ。


 だから、今、この場にあるはずはないけど、水尾先輩は一連のやり取りに何かを見出したらしい。


「じゃあ、高田。あの紅い髪の男を召喚しろ。アイツなら、カメラに替わる撮影器具や記録機械を持っていただろ」

「……無茶言わないでください」


 水尾先輩の言う通り、あの人は今もどこかで見ているかもしれないけれど、わたしの意思で呼び出すことはできない。


 できたとしても、何を考えているか分からない人を召喚するほどわたしも馬鹿じゃないのだ。


「九十九……、魔界ってカメラみたいなのはあるの?」

「遠くのものを映し出す魔法具はあるかもしれないけど、それを記録して残せるかは分からん。ああ、でも……、機械国家にならあるかもな」


 今までに見たことないけど、とりあえず九十九に聞いてみる。


 そして、やっぱり九十九も分からないとのこと。


 もしかしたら、写真って……、姿絵……、肖像画が主流のこの世界では大革命になるかもしれない。


「ツクモ……?」


 しかし、そんなわたしたちの会話に意外な人が予想もしない部分で反応した。


「え?」


 わたしが思わず振り返る。


 反応したのは恭哉兄ちゃんだったのだ。


「失礼致しました。この世界では少し、珍しい名ですね」


 恭哉兄ちゃんはぺこりと頭を下げて謝る。


「……珍しいの?」

「人間界でも珍しいだろ?」


 言われて考える。


 彼の名前…………、「九十九」。


 この言葉は日本語として存在していたけれど、実際に人の名前として付けるなら珍しいかもしれない。


 いや、待て。

 漫画や小説では結構、いっぱい見た気がする。


 苗字でも名前でも。


「そう考えると……、わたしの『シオリ』って名前も珍しいのかな?」

「オレも全世界の名前を知っているわけじゃないんだから聞くなよ」


 さっきから九十九にばかり聞いているためか、そんな返答をされた。


 彼が近くにいるために質問しやすいから仕方ない。


「じゃあ、生き字引の雄也先輩。わたしの名前は珍しいですか?」

「俺に聞くよりも、命名の儀を行うこともある大神官猊下にお尋ねする方が確実だと思うけれど……、似たような名前なら耳にしたことがあるよ」


 苦笑しながらも雄也先輩は答えてくれた。


 どうやら、「ツクモ」よりは珍しくないようだ。


 人間界でもそうだったしね。


「自分としては大神官猊下がこのような雑談に応じる方だとは思っていなかったです」


 雄也先輩は恭哉兄ちゃんにそう言った。


「あ~、普段が無表情やし、近寄りがたいイメージが固定化されとるからな」

「むひょ~じょ~?」


 楓夜兄ちゃんの言葉にわたしは疑問を浮かべる。


 人間界にいたときだけではなく、魔界で会ってから暫くその綺麗な顔を見たけど、恭哉兄ちゃんは表に出にくいだけで、無表情という印象はなかった。


「そこで疑問符を浮かべるんは、嬢ちゃんと、ベオグラに会うのが初めてなツクモぐらいやわ。よく知る人間ほど、お面みたいな顔言うで」

「おめん?」


 そう言われて、なんとなく人間界の能面を思い出す。


 でも、確かあれって、同じ顔のはずなのに、なんとなく表情を変わっているように見えるんじゃなかったっけ?


「お面……、能面なら逆に表情豊かなんじゃないの?」


 わたしは思わずそう呟いていた。


「そう来たか」


 何故か、楓夜兄ちゃんが苦笑する。


「確かに人間界のお面、『能面』と呼ばれるものは、一つの面で喜怒哀楽を表現できるように工夫して作られているから間違いではないね。……しかし、クレスの言うように先程の言葉を『そう解釈するか』と俺も思う」

「ほへ?」


 雄也先輩までそんな不思議なことを言う。


 わたし、何か変なこと言ったかな?


「見る角度次第でどうとでも……ってことだろ? その発想は面白いもんだな。でも、私も、昔より大神官の表情が変わっている気がする。人間界での影響なのか?」


 後ろにいた水尾先輩も恭哉兄ちゃんに目を向ける。


「貴女は……」


 そこで初めて恭哉兄ちゃんも水尾先輩を意識して見たらしい。


「貴方に隠すことはできませんね。お久しぶりです、大神官猊下」


 水尾先輩が改めて、恭哉兄ちゃんに挨拶をする。


「ご無事で何よりです、ミオルカ王女殿下。ご拝顔、光栄に存じます」


 恭哉兄ちゃんも挨拶を返した。


 確かに、大神官している時の恭哉兄ちゃんはどこか表情が違う。

 鋭いような冷たいようなそんな感じ。


 でも……、それでも恭哉兄ちゃんであることに変わりはないとも思う。


 当然ながら水尾先輩の王女さまモードもいつもとは全然違う。


 口調もだけど、見ていると背筋をしゃんと伸ばしたくなる感じになるのだ。


「うん。この顔が私も知ってる顔だ」


 そう言って嬉しそうに、にんまりと笑う水尾先輩。

 その顔はもういつもの彼女に戻っている。


 水尾先輩の王女さまモードは早くも終了してしまったようだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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