大聖堂の審判者
「大神官猊下より直々に神のご加護を受けたものです。その大神官にお願いがあって参りました」
城門の門番たちにその言葉を告げ、その証として自分の左手首にある御守りを見せる。
その相乗効果で、疑われることもなく、すんなりと城に入ることができた。
「なるほど……。それは、大神官猊下からだったのか……」
雄也先輩が感心する。
「いいな~、その加護……」
そして、水尾先輩が羨ましそうにわたしの手首を見ていた。
わたしにはよく解らないけど、このアミュレットは以前に比べてかなりパワーアップしているらしい。
元々の効果に上乗せをされたとか……。
単に法珠が増えたってだけじゃないんだね。
「前のは、元々アイツに無理を言ったもんやさかいな。でも、今回のはアイツが自分の意思で嬢ちゃんのためだけにこさえたもんや。せやから嬢ちゃん以外の人間が持とうとしても消えてまう。もう完全に嬢ちゃん以外は持つことができへんやろうな」
そう言えば、恭哉兄ちゃんがそんなことを言っていた気がする。
ゲームで言えば、専用装備。
RPG風に言えば、「それを譲るなんてとんでもない! 」ってところだろうか?
「じゃあ、譲渡は完全に無理か……。チッ。高田が眠っている間にこっそりと……ってこともできねえのか」
「水尾さん……。それは一国の姫がすることじゃないですよ」
九十九が、水尾先輩の言葉に反応した。
そして、眠っている間にこっそりというのは既に「譲渡」とは言わない気がする。
「そうか? 滅亡した国の姫が辿る末路らしいと思うが……。生きるためになんでもやるもんだろ?」
水尾先輩はあっさりとそんなことを口にした。
そのために、九十九はなんとも複雑な表情をする。
そんなことを言われても反応に困ってしまうのはよく分かった。
「ところで……、我々はここからどこに向かえばいいのかな?」
「へ?」
雄也先輩の言葉で全員がその場で足を止める。
「そう言えば……、城に来てくれとは言われたけど……、どこに行けとは聞いてなかった」
わたしは今更ながら、そんな事実に気付いた。
「高田? 方向音痴のくせにどこにオレたちを連れて行く気だったんだ?」
「いや、その事実にここへ来るまで気付かなかった私たちも悪い。勿論、一番悪いのは高田だが……」
「水尾先輩……、ひどい……」
だが、言い返せない。
「せやったら……、大聖堂の礼拝の間にでも行こか~。この時間なら、ベオグラはそこにいるはずや」
唯一、この城内をあまり彷徨わずに歩くことができる人が先に進み始めた。
「先が思いやられるのはオレだけか?」
そう言う九十九の台詞に、反論すら出来ない自分が恨めしい……。
****
大聖堂。
ストレリチア城内にあり、国の葬祭時にも使用され、その権限は一人の大神官と七人の高神官に委ねられている。
そこで行われることは、例え国王であっても干渉することはできず、もう一つの国家と言われるほどであった。
だからといって、大神官や高神官がそこに常駐しなければならないというような制約があるわけでもない。
尤も、下位の神官たちは無許可で入ることはできず、高神官、大神官は手続き不要で出入り出来るという差はあるのだが。
***
彼の人物は、そこにいた。
荘厳な雰囲気に相応しく、その中に自然と溶け込んでいる。
白を基調とした祭服に身を包んだ彼は、そのまま聖堂を飾る一枚絵になってもおかしくない。
それは……、わたしが知っている人とは違って見えた。
「あれが……、大神官猊下か……」
雄也先輩が、口を開く。
法力とか魔法とか、そんなものがよく分からないわたしでも、その気配がこんなにも伝わっているのだ。
先輩たちはより鮮明に知覚しているはずだから、その心境は計り知れない。
「ようこそおいでくださいました」
大神官はわたしたちに気づき、こちらを向く。
「クレスノダール王子殿下より伺いました。ご招待、ありがとうございます」
そう言いながら、わたしは先頭に立って一礼する。
ここに来るように言われたのはわたしだ。
だから、わたしが頑張って対応しなければならないらしい。
「答えは……、出ましたか?」
その審判者は、入口に立っていたわたしに声をかける。
周囲には誰もいないためか、その声は張り上げているわけでもないのに、不思議とその場に響いた。
「はい」
それでも、わたしは、その雰囲気に呑まれるわけにはいかなかった。
「そうですか」
大聖堂の礼拝の間と呼ばれたこの場所はかなり広い。
一度だけ見たセントポーリア城下にあった聖堂とは比べ物にならないほどだった。
「それでは、貴女の出した答えをお聞かせ願えますか?」
そう言って、彼はその目を閉じ、わたしの答えを待つ。
なんとなく、自分が震えてしまっているような気がする。
今更ながら、わたしは……もしかして、今からとんでもないことをしようとしているんじゃないか……?
先ほどまでなかったそんな疑問が、心の奥底から浮かび上がってきたのだ。
「大丈夫だ、高田」
そう言って、水尾先輩がわたしの肩を掴んだ。
「魔法は怖いモノじゃない。魔法国家の王女がそう言うんだから、信じろ」
「あそこで待つ大神官も、嬢ちゃんが知っとる三剣恭哉も同じ人間や。何も、とって喰われることはないで」
そう楓夜兄ちゃんもいつもの笑顔で言った。
「うん、大丈夫」
迷わないって決めた。
一度自分で決めたことは貫くって。
この世界では心が全てを左右すると、そう聞いている。
それならば、この迷いだって邪魔なだけだ。
「『運命の女神は勇者に味方する』……だもんね」
その言葉を口にすると、何故だか楽な気持ちになった。
わたしは、ぐっと前を見据える。
最初にこれを聞いたのはいつだったか……。
誰が口にしたのかも分からないままのこの言葉は、時々、何かのお呪いのように、わたしに力をくれている気がする。
そうして、わたしは前に進み出した。
不安、迷いがないわけじゃない。
でも、振り返ることもできないなら、前に進むしかないのだ。
後ろに下がろうとする一歩も、前に進もうという一歩も、同じ一歩だ。
それなら、前に進んだ方がマシだよね?
一歩ずつ確実に恭哉兄ちゃん……、いや、大神官さまの傍へと近付いていく。
その姿が鮮明になるごとに、彼が纏っている空気もよりはっきりとして、思わず気圧されそうにもなるけれど、それでもわたしは顔を上げ、まっすぐに彼を凝視した。
「かなり広い……ですね。ここまで来るのに凄く遠く感じました」
それが、彼の前に立ったわたしの最初の言葉だった。
恭哉兄ちゃんではなく、大神官に出た言葉だ。
「この礼拝の間は精神の間とも言われています。迷いのある人間には容易に辿り着けないようになっているのですよ」
なんと?
それって……、やたらと長い距離を歩いた気がするのは気のせいではないってことだったのかな?
「つまり……、この入口から既に審判は始まっていたのですね」
「はい。そして、貴女は逃げることも止まることもせず、ここに辿り着いた……」
「ここで逃げたらみっともないですから。皆が、見ていますし」
「それでも……、逃げてしまう人はいるものです」
人が見ている前で逃げ出すのは、ある意味、それはそれで、凄い精神力だとも思うけど。
「では、わたしは第一関門を突破したわけですね」
「第二関門ぐらいまでは行けたと思いますよ。迷いがある人にとってはここの入口に立つことも勇気がいるらしいです」
「だから、ここで待っていたのですか?」
「いいえ。何故だか、私にはここが一番落ち着くのですよ」
こんな重苦しい雰囲気が落ち着くって真顔で言えるのはこの人ぐらいじゃなかろうか。
「それで……、栞さん。私の力は必要ですか?」
彼がわたしを真っ直ぐに見つめた。
嘘や偽り、迷いのある人間はこの瞳に射抜かれてしまいそうだと思った。
「はい。大神官さまの御力をお借りしたいです。わたしに施された封印を解いてください」
真っ直ぐにわたしは彼の瞳を見つめ返す。
ややあって……、彼は口を開いた。
「解りました。貴女のその決意を本物だと受け止めましょう」
そう言って微笑んだ彼の顔は、先程までの大神官ではなく、恭哉兄ちゃんの顔だった。
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