答えが分からない感情
驚きの再会があった後、わたしは楓夜兄ちゃんと並んで宿に向かう。
いつもはお喋りな楓夜兄ちゃんも、今は何故か黙っていたので、わたしから気になっていたことを尋ねてみることにした。
「楓夜兄ちゃん……?」
「ん? 何や? 嬢ちゃん」
「その……、大丈夫?」
「なんのことや?」
楓夜兄ちゃんがきょとんとした顔をする。
わたしは、慎重に言葉を選ぼうとしたけど……、良い言葉が見つからない。
「その……、リュレイアさまのこと」
そして、あれこれ悩んだ割に、直球に近い問いかけとなってしまった。
「ああ、世話かけてもうたな。嬢ちゃんにも」
どこかぼんやりした顔つきで、楓夜兄ちゃんは無理に笑顔を造ろうとしている。
「いや、それは構わないんだけど」
「しっかし、きっつい話やな~。まさか実の姉弟やったなんて。そんなん神様の世界だけやと思っとったわ」
確かに、神話とかなら同じ親から生まれた兄妹姉弟間の婚姻が、時々、あることを知っている。
人間界のギリシャ神話とかに代表される神話もそうなのだけど、魔界の神さまたちも、親子間で子どもを創っていることもあるらしいのだ。
「でもな、嬢ちゃん。俺、ちょっとだけ思ったんよ」
楓夜兄ちゃんは、わたしを見て言葉を続ける。
その瞳は真剣で、いつものような軽い印象は全然感じられなかった。
「事情を知らなかった俺よりも、リュレイアは悩み苦しんで、それでも、俺を受け入れてくれた。俺が思っとったよりもずっと深く愛してくれてたんや。それは、哀しいことかもしれへんけど……、なんやろな。少しだけ嬉しい言う気持ちもあるんよ」
そこまで口にした後、楓夜兄ちゃんは少しだけ息を吐きながら、顔を逸らす。
「なんて……、ちと負け惜しみみたいなん入っとるけど」
それは本音なのだろう。
「楓夜……、兄ちゃん……」
「まあ、それでも流石に事情を知った直後は、アレや。みっともないとこ見せてもうたけどな」
そんなことないよ、楓夜兄ちゃん。
多分、それは、楓夜兄ちゃんもいっぱい悩んで苦しんで、彼女を愛していたってことだから。
そう言いたかったけど、それを口にすることができなかった。
この件に関して、わたしはたまたま事情に首を突っ込んだだけの部外者だ。
安易なことは言えないし、言ってはいけないだろう。
まだそんな恋愛をしたこともないのに。
「それにしても……、暴走しかかったのがアイツの前でホンマ、良かったわ。他の神官たちやったらあんなに咄嗟に動けたかどうか……」
「そうなの?」
「ある程度の冷静な判断力は自前やろうけど、俺の性格を知っている旧知の仲言うのもポイントやな」
人間界で共に過ごしたというのはそれだけ大きいのだろう。
わたしと、九十九……。
いや、どちらかというと、わたしとワカみたいな間柄ってとこかな?
でも、わたし、ワカの気持ちや性格は未だに掴みきってない気がする。
同じ年齢だというのに、あそこまで想像の斜め上の言動は予測できない。
「正直、それでも目が覚めて暫くは冷静には、なれんかったわ。ベオグラからもいろいろ、慰めに近いこと言われたけど、素直に受け止めることもできへんかった」
それも無理はない。
今、こうして普通に話していることだって不思議だと思う。
「せやけど……、宿に戻ろうとして……、嬢ちゃんの御守りの気配を感じたから、そちらに向かったんよ」
ああ、楓夜兄ちゃんはこの御守りの気配からわたしを探してくれたのか。
そうなると……、あまり下手に動かない方が良かったのかな?
なんか、いつの間にか大聖堂を出ていたらしいから。
「そしたら、あの姫さんに会うことができた。あの時……、ケーナに会った途端、パアッとそれまでのもやもやとした何かが晴れたような気がするんよ」
「え?」
今、なんだか、話が変な方向にころんと転がった気がする。
「あの明るさ、度胸、気風……。あんな姫さんと話していて、重たい悩みなんかよう抱えられんわ。負の感情なんかを全部吹き飛ばす強い心。あれだけのものはなかなかないな」
その気持ちは理解できる気がする。
ワカの心の強さ。
あれはわたしにとって一種の憧れだから。
でも……。
「好きやな~、ああいう姫さん」
楓夜兄ちゃんのその言葉は聞き捨てならない。
「ふ、楓夜兄ちゃん!? 血迷っちゃダメだよ!!」
「は?」
だから、思わず、そう口にしていた。
「ワカは、良いヤツだけど、ヤなヤツなんだよ!」
「どっちやねん」
「どっちもなの!」
彼女は、笑顔で人を持ち上げて、笑顔のまま叩き落とす。
そういうタイプだ。
本気で好きになってしまったら、火傷レベルじゃすまないと思う。
「ほんならどっちでもええねん。これは恋愛感情とちゃうから」
「え? そうなの?」
「まだ、会って間もないんやで? そう簡単に恋に落ちるほど俺も幼くはないわ。まあ、確かに好みのタイプであることは認めるけど、どう転ぶかは、今後の展開次第やな」
「好みのタイプ……。それって、ワカがリュレイアさまに……どこか似てるから?」
わたしが思わずそう言うと、楓夜兄ちゃんは見たこともないような目でわたしを睨んだ。
「嬢ちゃん? 今の発言は二人に対する侮辱やで?」
「うん。ごめん……。それは解ってるよ」
そう言うと、いつもの楓夜兄ちゃんの顔に戻った。
「二度と言わんといてや、そないなことは……」
でも、なんとなく……、そんな気がしてしまうんだよ、楓夜兄ちゃん。
すっごく好きだった恋人を亡くして、その傷が癒える前に、恋人によく似た人を見たら?
年齢なんか関係なく、その相手に心を揺らさずにいられる?
「二人はちがう人間や。リュレイアはリュレイア。ケーナはケーナ。それに……、話してみて思ったんやけど、二人は全く違う性格やろ?」
「うん」
確かに、二人の性格は全く違う気はする。
表情とか、仕種、雰囲気なんか本当に全然似てない。
でも、それでも何故かちょっとだけどこか似ているような気がしてしまう。
「確かに、俺も間違えてしもうたから、嬢ちゃんに対してあまり偉そうなことは言えへんけどな」
そう言って、楓夜兄ちゃんはどこか淋しげに笑った。
好きな人が亡くなって、その気持ちの整理なんて、簡単につくものじゃないと思う。
その上、隠されていた事実はもっと衝撃的で。
心が折れたりしても不思議はないぐらいだ。
それなのに、楓夜兄ちゃんは……、笑おうとしちゃうんだね。
わたしは、「九十九のことが好きか? 」と問われたら、「多分」と返事すると思う。
少なくとも、アレ以降も彼のことを嫌いにはなっていない。
だけど、楓夜兄ちゃんが彼女に対して抱いていた気持ちとは全然違うってことも、ちゃんと解っている。
少なくともわたしは命がけで九十九を好きじゃないから。
彼とは誕生日が近いので、絶対にないとは思うけど、九十九と兄妹って言われても多分、楓夜兄ちゃんほどショックは受けないと思う。
それって、そこまで想ってないってことだよね?
「今後の展開次第で……、か……」
九十九に対して、今以上の気持ちを抱くか。
全然、別の人にその気持ちを抱くのかは、今の時点では予想すらできない。
「そういえば……」
あの紅い髪の少年は……、どうしているのだろう?
ふと、気になった。
こうしている今も、わたしを見ていたりするのかな?
神出鬼没で、毎回、人を驚かせて……。
でも……、あの最後に会ったとき見せた哀しげな瞳を思い出すと、時々、この胸辺りを締め付けるのだ……。
九十九に抱いている感情とは別種だとは思っている。
じゃあ……、この感情の正体はなんだろう。
誰か……、自分の気持ちがはっきり分かる魔法っていうのを使えないかな~?
そうすれば、きっと……、誰も何も迷うことなんてないのだろうね。
そんなことを思いながら、わたしは楓夜兄ちゃんともに城を後にしたのだった。
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