間違えられた人
ワカと、城門へ向かっているときだった。
「嬢ちゃん!」
「「え? 」」
背後から声をかけられ、ワカと同時に振り返る。
その途端、声を掛けた人物が固まった……。
「ど、どうしたの? 楓……じゃない、クレス」
「へ? この格好いいおに~さんは高田の知り合い?」
「あ、うん……。さっき言ってたわたしをここに連れてきた人」
「ああ。連れの男性……ってなんで、高田の周りには顔の良い人が揃ってるの~?」
と、ワカはわたしの襟首を……締め……あ……げ、シェ……イクをす……る。
自然な動きで流れるような高等技術に、わたしの目が白黒している気がした。
「く、くる……し……、死……ぬ」
わたしがそう言った時だった。
「リュー!!」
「「は? 」」
それは、ホントに突然のこと。
わたしの襟首からワカが手を放すのと、視界からワカの姿が攫われるのがほぼ同時のことだった。
なんと、楓夜兄ちゃんは、ワカを抱きしめていたのだ。
「な……な……なな?」
流石に、ワカも驚いて固まっている。
「ゴホッ」
わたしも襟元を正しながら、目の前で重なっている二人を呆然と見ていることしかできなかった。
「い、いきなり何すんの!!」
そう言って、ワカが楓夜兄ちゃんを突き飛ばすまでは、その状態が続いた。
それで、わたしも正気に返る。
多分、楓夜兄ちゃんも。
「何、この人。いきなり出会い頭に人を抱き潰すなんて……。あ~、苦しかった」
息を荒らげながら、ワカは言うが、いきなり人の襟首を絞めるような人間が言ってはいけないと思う。
「ふ……クレス? ど、どうしたの?」
「じょ、嬢ちゃん……。彼女は……?」
「へ? ああ、わたしが人間界にいたときからの友人だけど……?」
「一瞬、リュー、リュレイアかと思うたわ……。俺としたことが……」
「あ……」
そう言えば前に、同じことを思った。
占術師と初めて会った時、彼女はどこかワカに似ていると。
同じことを楓夜兄ちゃんも感じたんだ。
顔とかだけじゃなくそこに漂う雰囲気ってやつが。
でも、性格は全然違う。
それも分かっているから不思議に思えたのだった。
「クレス? その人はリュレイアさまじゃない。そして、リュレイアさまはもうどこにもいないんだよ」
自分でも言っていて辛い。
でも、そこから逃げるわけにも、楓夜兄ちゃんを逃がすわけにもいかない。
「解っとる。解っとるつもりやったんや。でも……」
身体が勝手に動いたというヤツだろう。
ソレでなくても、楓夜兄ちゃんは彼女の遺体を見ていないんだから。
どこかで、彼女の死を信じていなかったのかも知れない。
「あの……、説明してもらえない? 一応、被害者なんだけど……」
「あ、ごめん。えっと……」
ワカに言われ、彼女に振り返ろうとしたとき、手首を掴まれた。
「嬢ちゃんはせんでええ。俺の起こしたことは、俺の責任やろ? なら、俺が説明するんが筋や」
そう言って、楓夜兄ちゃんはワカの前に立った。
「では、説明していただきましょうか?」
「先程は失礼致しました。貴女にご無礼を働いてしまい返す言葉もありません。許して頂くことはできないでしょうか?」
おおっ!?
楓夜兄ちゃんが関西弁じゃない!!
「口先だけの謝罪ならいらないわ。許す許さないは、理由次第ね」
おお?
なんかワカが女王さまちっく?
「貴女が……、つい最近、亡くなった姉にあまりにもよく似すぎていたので、姉が生きていたのかと思ってしまったのです」
「使い古された口説き文句にしか聞こえないんだけど」
でも、事実なんだよ~、ワカ。
いや、確かに姉だって分かったのはついさっきなんだけど。
「会ったばかりの人間が信用できないのは確かです。ですから、貴女がそう感じたことに対して私には文句が言える立場にはありません。ただ、それ以外の理由もないことも確かなのです」
「ふむ……。確かに、会ったばかりの人間が真実を言うかは判断が付きかねるわね。だからといって、そこにいる高田に意見を聞いたところで、知り合いと言うのなら、貴方を庇うようなことしか言わないでしょうし」
チラリとわたしを見ながら言った。
どうやら判断材料が足りないのか、ワカは考え込んでいる。
それなら……、決定打を放てば良いのかな?
「だったら、大神官さまに聞けばいいよ」
「「え? 」」
二人が同時にわたしを向く。
「ワカの言うとおり、わたしが何を言ってもクレスの味方をしているような形にしか見えないと思う。だけど、大神官さまは違う。親しい友人でも、ちゃんと公正な判断を下せる方だと思うよ?」
「それはそうだけど……、なんでそこでベオグラ……、大神官の名前が出てくるわけ?アイツがなんか事情を知ってるっての?」
「知ってるよ。そのために彼もわたしもここに来たんだから……」
「はあ?」
「さっきワカが言った大神官さまを尋ねてきた友人。それが、そこにいるクレス。わたしは、単に大神官さまを間近で見ることができるっていうから付いてきた」
「……この人が……大神官の?」
そう言うと、ワカは改めてマジマジと楓夜兄ちゃんを見る。
「え~~~~~~~~? 想像してたのとタイプがちが~う。アイツの友人って言うからもっと、真面目でガチガチしたヤツかと思ってたわ」
ワカ……、それは、すっごい偏見だと思う。
「ふむ……。あの大神官の友人……か。それに、アイツの名を出したってことは、それだけの自信があるわけのね」
叫んだ後、ワカは考え込んだ。
「あの方と少しお話した限りでは、嘘や誤魔化し、不正はできそうにもないし、お願いしても共謀してくれるようなタイプじゃないと思ったよ。これ以上、潔白を表すモノはないと思うけど?」
「かといってこっちも否定するだけの材料もないのは確かか……。高田に言われたってのが癪だけどね」
「それでは……」
「だけど、どんな理由があれど、一時でも私が不快感を抱いたというのは事実。だから、簡単に無罪放免っていうわけにはいかない」
「うわ……」
なんという発言。
「では、どうすれば?」
そう言う楓夜兄ちゃんは、どことなく嬉しそうに見えた。
あの?
楓夜兄ちゃん?
「貴方、さっき高田と話しているとき、今と口調が全く違った気がするんだけど?」
聞こえていたんだね。
結構、あの時は結構小声だった気もするけど。
流石、地獄耳の持ち主だ。
「はい。それが?」
「その口調に変えてみてくれない?」
「なんでや?」
あ。
いつもの楓夜兄ちゃんになった。
「そう! それ!」
「「へ? 」」
突然、叫ぶワカ。
わたしも、楓夜兄ちゃんも目が点になった。
「良い! 関西弁! ビバ! 関西弁!!」
大はしゃぎと言う表現がぴったりの彼女は、他国の王子さまに向かってこんな判決を下した。
王子ってことを知らないから仕方ないんだろうけど。
「私にも、その口調で会話してくれる? それなら、ここはお手打ちと言う形にするから」
そう言って、ワカは初めて楓夜兄ちゃんに笑顔を向けた。
楓夜兄ちゃんは一瞬だけ眩しそうな顔をし、それから笑顔で応えた。
「誤解が解けてホンマ、嬉しいわ。俺の名はクレス。『クレス=リスマン=ミュレット』や。ジギタリスで商人やっとる。これからはよろしゅう頼むで」
そう言って、手を差し出した。
どうやら、疑惑を恐れてか、本名、魔名を名乗る気はないらしい。
「クレス……ね。私の方も隠すのもアレだから良いか。どうせ、高田は知ってるんだし。名は『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』。この国の王女やってるところ」
そう言いながら、その手を握った。
「……ってちょっと待て」
ワカのファーストネームが意外に長かったことよりも、今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「どうしたの、高田?」
「どうしたん、嬢ちゃん?」
「……サードネームが『ストレリチア』?」
「うん、さっき言った通り、この国の王女やってるからね。城での愛称が『ケーナ』で、城下では『ミーヤ』って呼ばれてる」
「聞いてない」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……うん」
「まあ、細かいこと気にしなさんな」
「細かくない!」
「ケーナ? そこの嬢ちゃんは『ワカ』言うとった気がするんやけど。それはセカンドネームからなん?」
「ああ。それは人間界での通り名からなのよ。『若宮恵奈』。だから、ワカらしいけど……、どっかの殿様みたいよね~」
「ホンマやで。……愛称が『ケーナ』……か。俺もそう呼んでええ?」
「どうぞ、ご自由に」
そう言って、二人は笑い合った。
「…………」
それを見ながら、わたしはなんとなく疎外感。
なんか二人だけで、良い感じになっちゃった。
邪魔したいわけじゃないんだけど、今すぐこっそりとここから離れられないって辛い。
わたしは、間違いなく迷子になっちゃうし。
でも、ワカが王女……、王女殿下か。
妙に納得してしまう。
それなら、この性格の謎も解ける気がした。
でも、このことを九十九は知ってるんだろうか?
「は~。ベオグラが気に掛けてたのも解る気がするわ。ずっと行方不明やった姫さんが、こんな女性だったとは……」
ちょいっと楓夜兄ちゃん?
わたしは「嬢ちゃん」で、同じ歳のワカは「女性」ですか?
「……ってことはクレスも人間界へ?」
「せや。俺の場合、親が行け言うてな。おかげでこの口調や。商売するんに役立っとるからええけど」
「ああ、つまり……、ベオグラとは大阪で会ったわけか」
「そういうことやな。アイツの関西訛り。聞かせてやりたかったわ」
「え? ベオグラも関西弁を?」
ああ、そう言えば、少し訛りのある言葉だった気がする。
「違和感無くすため言うて覚えとったで。尤も、覚えただけで、実際使うたのは、ほんの少しやったわ。今は、関西にいたから言うて、皆が皆、関西弁を口にしとるわけやないさかいな」
「そうか……。少し残念。あの堅物が……、こんな砕けた喋りになるなんて想像できないから」
そうワカは溜息を吐いたのだった。
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