長く此処(ここ)にいるために
彼女に現状を説明するために、直接的な言葉をできるだけ避けたつもりだったが、まだ問題ある言葉だったか?
女子に対してはもっと言葉を選ばないといけないってことなのか?
……これ以上考えるのは面倒だ。
オレの言葉の表現能力はそう高くない。
「悪いが、続けるぞ。基本的に魔界人は身体の中に『体内魔気』という魔力がある。身体的な接触によって起きる内部からの変化について誤魔化すことができなくはないらしいが、この世界で生き続けるため、人間の振りをしていくなら下手な小細工はしない方が良い」
魔界人なら誤魔化すことはおかしくない。
だが、ただの人間がそれらを誤魔化す方法を知っているのは普通ではない。
「九十九が気にしているのは魔力……、魔気の話……、だよね?」
「? そうだが?」
魔界人が人間界で生活する上で最も気を使うことになるのが、この魔気の存在である。
これをこの世界で不自然ではない程度にするために、オレはガキの頃から大変、苦労したもんだった。
高田に会った時はその魔気を簡易封印して、完全に外部から感じない状態にしていたから、いつものように抑えることを考えなくて良かったけどな。
「え……と、初々しい関係とかじゃ駄目なの?」
彼女は様子を伺うように上目遣いで、オレを見て尋ねた。
初々しい関係?
……ってこの場合、互いに慣れてないから消極的な方向性で進めるって考え方で良いのか?
いや、この上目遣いは、身長差があるから仕方ないかもしれないけど、ある程度異性との交渉に慣れた人間に見えるぞ?
男相手に上目遣いってのは、何かを狙っているとしか思えない。
「それは、『互いに慣れてないから奥手でなかなか手を出すタイミングが掴めない』って考え方だよな?」
「……まあ、そこまで具体的に考えていたわけじゃないけど、そんな感じの考え方で」
具体的に考えていたわけではないのか。
だが、この辺りは誤魔化さず、真面目に考える必要がある。
意見のすり合わせによる相互理解は大事なことだ。
「1年ぐらいはそれでなんとかなるだろうけど、そこまでモタモタしてると、お節介に関係の進め方とかアドバイスとかしてくるヤツもいるだろうな。しかも、2年、3年となると……、手を出さない言い訳を考えるのも…………」
「え?」
「ん?」
オレが思ったことをそのまま口にしていると、彼女が驚いたように声を上げる。
「そんなに長く偽装交際する予定なの?」
「お前は、人間界にいたいんだろ?それなら、それ以上も考えるべきなのは当然じゃないのか?」
だから、オレはこんなに悩んでんだよ!
一般的に考えて、健全な肉体と思考を持った青少年が、「彼女」という存在があって、何も手を出す様子がないなんて信じられないことだろう。
勿論、肉体や精神的な部分において支障があったりするから絶対ではないが、この部分においては、地球人も魔界人も同じようなものだと思う。
いや、これはオレがそう言った方面に興味が少なからずあるからこその発想だということは否定しない。
仕方ないじゃないか!
男なんだから!!
誤解がないように付け加えるが、興味があるからといって、立場を利用して彼女をどうこうしたいという意思はまったくない。
いや、そんな感情があったらただの外道じゃね?
彼女に対してそんな気持ちは湧かないし、湧くこともないだろう。
彼女はオレの中で例外中の例外なのだ。
そんなオレの気持ちが伝わったわけではないだろう。
伝わっていたら普通は引くだろうし。
「そっかあ」
何故か彼女は安心したように微笑んだ。
……オレなりに頑張っていろいろと考えたことが評価された……のだろうか?
「あ、でも、それだと九十九が困るよ。わたしに構っている間、彼女ができないじゃない」
「それは別に大きな問題にならないだろ?」
どちらにしても、オレは人間界で彼女を作る気はもうない。
いろいろと面倒になることが分かったし。
先のことを考えれば、どうせ、長く一緒にいることはできないのだ。
「いやいやいや、偽装と本物じゃ意味が大きく変わるよ。わたしが九十九の邪魔しちゃうことになる」
ん?
偽装と本物が違うのは当然のことだが、コイツが何を気にしているのか分からん。
「そこはオレの問題であって、お前は関係ないだろ?」
オレがそう答えると、彼女は言葉に詰まった。
んん?
こいつは何を気にしてるんだ?
「それでも、わたしのせいで九十九に自由がなくなるのは嫌なんだよ。だから……、もし、すっごく大事な人ができたら、九十九はその人を選んでね」
困ったように眉を下げながら、彼女はそんなことを言う。
「阿呆か、お前」
「あ?」
本当にその思考がよく分からん。
「お前の言ってることは、『私と仕事、どちらが大事なの!? 』と聞く女と大差がないぞ」
そして、そんな周りを見ない自己都合による発言は、オレにとって大変、腹立たしいことだ。
「……ど~ゆ~こと?」
「彼女とか恋人って存在がすっげ~大事だから仕事するんだろうが。金がなくて人を大事にできるかよ」
オレはそう思っている。
「おおう。でも、好きな人と一緒にいられないのは嫌じゃない?」
「金がないってことは余裕がないってことだ。心に余裕がなくて、誰かに気を使えるか? 少なくともオレは無理」
一緒にいるだけで幸せ?
そんなわけあるはすがない。
少なくとも、オレはそんな感情を知らない。
一緒にいるだけで腹が膨れるはずないんだ。
この世界だって、「働かざる者、食うべからず」と言うだろ?
「うぬう……。でも、それって中学生男子の考えじゃないよ」
「魔界人だからな」
それを理解してくれなければ、その場を誤魔化した所でどちらにしても長く一緒にいることは無理だろう。
「魔界人……と言うより、苦労したことがある人間の考え方だよね」
「苦労したことはあるからな。だから、思いつきでオレから仕事を奪わないでくれ」
「へ?」
「お前の発言はそれだけの意味がある。お前を探して魔界に連れて行く仕事ってのは、そう言うことだ」
「……本当にお仕事ってことなんだね」
「言ったはずだが?」
今の暮らしは必要経費扱いになっている。
兄はそれ以外でも収入があるようだが、オレは半分、兄に養われているような状態だ。
「そんなわけだから、オレのことは気にするな。どうしても気にしたいなら、余計なことをして仕事を増やしてくれるな」
「……努力はするけど、向こうからやってくるトラブルまで責任は持てないよ」
「異常があったらすぐにオレを呼べ。様子見とか考えるな」
この前のような大規模結界は事前準備とそれなりの人数が必要だ。
今ある空間に防御や制限をかけるより、異界のような空間をつくり出すのは相当の魔力が必要となる。
そう簡単に張り巡らせるもんじゃない。
「オレが絶対に守るから」
オレがそう言うと、彼女はなんとも言えない顔で笑った。
「それは心強いね」
……先ほどは心から安心したような笑顔だったのに、今はどこかぎこちなさを感じるのは気のせいか?
だが、深く考える前に、目的地である彼女の家の前に着いた。
そこで、微かな違和感。
この家の中に……、魔気を纏った人間……、魔力反応がある。
「待て」
彼女が家に入ろうとしたところで、肩を掴んで制止させる。
「え? どうしたの?」
「微かに魔力の反応がある」
オレは隠さずに口にする。
「え? でも、家には母さんしか居ないはずだよ?」
「お前の母親も魔力は封印されているはずだ。つまり、母親以外の誰かってことになるな」
「お客さんかな?」
「……だったら良いが、お前、一昨日のことを忘れていないか? 奴らが家に入り込んだ可能性もある」
そうならないために簡単な結界を張っておいたが、それは既に解除されていた。
そんな事ができるのは間違いなく、普通の人間の仕業ではない。
「え!?」
置かれている状況がわかったのか、彼女がガクガクと震え始めた。
「大丈夫だ」
オレは安心させるためにそう言ったが、そんな安い言葉で震えが止まるはずもない。
「とりあえず、中に入れ」
「でも……、何もなかったら?」
「それならそれで問題ないわけだから良いだろう?」
そうは言っても何もないはずがないと思っている。
結界が解除されている以上、何者かが侵入している可能性が高い。
彼女はオレの言葉を信用し、玄関の戸に手をかけようとした。
しかし……。
「あうっ!」
「高田!?」
戸に触れるかどうかのタイミングで彼女が小さく悲鳴を上げた。
「びっくりした~。静電気……かな?」
「なんだ。驚かせるなよ」
静電気……?
本当にそうだったのだろうか?
彼女は再び、戸に触れようとした。
どうやら今度は大丈夫だったようで、しっかりと取っ手を掴む。
オレに笑顔を向け、そして……、彼女は扉を開けたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。