事情を知った後で
この魔界には禁呪とも呼ばれる王家の秘術がある。
それは王家にのみ伝わり、一般的には知られることはない。
そのためか、王家がその権威を象徴するために伝わっているともされている。
多くは命令に背いた貴族たちを罰するため、もしくは警告を与えるために使用されると言われていた。
そんな「命呪」とも、呼ばれる「絶対命令服従魔法」を、王族の血を引く高田相手に占術師は使ったらしい。
それがもし本当ならば、その時点で、あの占術師はどこかの王家の血を引く王族だったことの証明となってしまうのだ。
オレの記憶に間違いがなければ、幼い頃もそのように説明された覚えがある。
「絶対命令服従魔法」は、王家の秘術であり、王族の血がある程度濃くないと、命呪を使いこなすことは決してできない、と。
そして、対する高田はセントポーリア国王陛下の血を引いているが、その強大な魔力が封印されている以上、魔法に抵抗する魔法耐性は現在、一般的な魔界人以下だ。
王族の魔法自体が反則級だというのに、ある程度魔法に対して、抵抗ができるはずの貴族すら強制的に従わせることも可能な「命呪」という秘術を使われたのだ。
どんなに強い鋼の意思を持ち主だったとしても、その強力な古代魔法を前に抗うことなどできなかったと思われる。
だから、あの時、彼女の身体が動かなくなったというのも、仕方がないことだといえるだろう。
オレだって恐らくは身動き一つできなかったはずだ。
亡くなった彼女が占術師という職業にあったものの、その身が他国の王族の血を引いていたならば、ジギタリスの第二王子であるクレスノダール王子殿下とは不釣り合いとは言えなくなる。
セントポーリアの王族たちは国内の王族の血を引いている人間とできるだけ婚姻させたがっていたが、ジギタリスにそんな制限はなかったはずだ。
それなのに、結果として自ら死を選んでしまう状況になったのは、それだけ深い理由があるってことになる。
他に考えられるのは敵対勢力にあれば、一緒になることはできないと思う。
人間界の「ロミオとジュリエット」という戯曲が、確かそんな題材だったと記憶している。
しかし、この平和な時代にジギタリスと敵対するような存在があったとも思えない。
「つまり、命呪を使ったってことは、あの占術師が王族だったってことに間違いはないわけですよね。それも……、状況から考えると、ジギタリスの王族だったってことですか?」
オレは自分の考えが間違っていないかどうか、兄貴ではなく、水尾さんに確認した。
各王族にのみ伝わる禁呪……。
その効力、拘束力の強さは文字通りこの身に染みて分かっている。
「しかも……、彼女が頑なに罪だって言い続けたぐらいだから……、実の姉弟ってことなんだろうな。異母や異父姉弟ってなら、そこまで悩まず、思い詰めることもなかっただろうに……」
どこか気まずそうに水尾さんもオレの意見に賛同してくれた。
彼らの事情を知っても、もやっとしたものがどこか残る。
いや、これは知ってしまったからこその感情だろう。
せめて、もう少しどうにかならなかったのかと思ってしまうのだ。
実の姉弟と分かっていてもクレスノダール王子殿下を受け入れた占術師。
彼女の気持ちは今となっては誰にも分からない。
でも、もし、クレスノダール王子殿下がそのことを知っていたら、少しは何か違った気がしてならない。
そんなやりきれないことを考えては、溜め息を吐くしかなかった。
オレには恋だの愛だのそういった感情はさっぱり分からない。
正直、重いし、時には邪魔だとも思う。
そんなものに縛られては冷静な判断なんてできない。
だから……、真実を知った後、あのクレスノダール王子殿下がどうなるかとかも想像もつかなかった。
どちらかと言うと、それを心の準備もなしに聞くことになってしまった高田の方が気になるぐらいだ。
占術師から「命呪」による足止めを食らい、そのまま身投げを目撃させられる羽目になった。
それだけでも、立派に被害者だというのに。
それなのに、さらにその裏に関わる話まで知らされる……。
どこかお人好しのあの女が耐えられるだろうか?
魔法を使えない身でありながら、他人を庇おうと、魔法を食らい続けてしまうようなヤツなのに……。
「まあ、ここでうだうだと悩んでも仕方ねえな。二人が戻ってきたら、話を聞けば良いだろう」
水尾さんはそう結論を口にした。
確かにその通りである。
高田に口止めをし、事情が分かっていた兄貴だけは、そんなオレたちの様子を気にせず、城のある方を黙って見つめ続けていた。
「思ったより時間が……、かかっているな……。まだ会えてないのか?」
ボソリと兄貴はそう口にした。
オレたち兄弟が、二人して高田から離れているというのは魔界に来てからはかなり珍しい。
そのためか、意外にもオレより兄貴の方が落ち着かないようだ。
別にクレスノダール王子が信用できないというわけではない。
あの人は、口調が軽い割に、オレたちが何も言わなくても高田の面倒を見てくれているのだ。
今回は向かう先が大聖堂……、それも他国の城内にあるものだ。
公式的な身分があるわけでもない少女が、許可を得る前に堂々と護衛と言う名の従者を引き連れて行くことはできなかった。
いや、オレだって落ち着いているというわけではない。
今回の話の衝撃が少し、大きすぎてそちらに意識が持っていかれているだけだと思っている。
それに、高田のことは確かに気にならなくもないが、ここは法力国家ストレリチアだ。
セントポーリア城内にいるよりは、ある意味、かなり安全だと言えるだろう。
「大神官が多忙か……。もしくは儀式をやってるんじゃねえのか? あの……例の封印を解呪するやつ」
水尾さんが、手をひらひらとさせながら言った。
彼女もそこまで今の高田の状況を気にしてはいないようで、目の前にある飲み物をすすっては、新たに追加注文した焼き菓子を口の中に放り込んでいく。
その姿はいつもよりペースが遅い気もするけど、先ほどからの話の内容的にガツガツ物が食べれるわけもないだろう。
「それなら良いのだが……、何か、胸騒ぎがしてな」
「ふ~ん。私はさっぱりだな。もともと、そういった予知に関する感覚は鋭くねえ。少年は?」
「いや、オレもあまり……」
胸に手を当てても、何も感じない。
兄貴のように城に目をやっても、特に何も騒ぎは起きた様子はなかった。
ここに来る前に少し、別の通りがざわついていたけれど、それぐらいで、今は周囲も静かに見える。
「俺の思い過ごしならそれで良いのだが……」
だが、兄貴の方はどうも歯切れが悪い。
「何かあったら、呼ぶだろう。今回は間違いなく高田にいつもの通信珠を持たせてるし」
毎度毎度、肝心なときに忘れるから、今回は念を何度も押し、持たせたのだ。
幸い、ここの大聖堂内にある結界は携帯用通信珠も通じるらしい。
神官たちも雑務を行うためだろう。
城の方に入ると流石に携帯用の通信は切断されてしまうそうだけど。
「そうだな……。俺の……、考え過ぎか……」
兄貴が分かりやすく落ち着かないようなので、水尾さんも少し調子が狂うのか……。
「クレスも一緒だから、大丈夫だろ? いつもみたいに迷うこともねえだろうし」
そんな声を掛けていた。
なんだろう……?
だが、オレはそんな水尾さんの言葉に、ちょっとしたひっかかりを感じた。
クレスノダール王子殿下が一緒だから迷わない。
それは言いかえると案内人も兼用してくれたクレスノダール王子殿下がいなければ、あの高田は迷ってしまうと言うことではないだろうか?
彼女はトラブルを引き付けるという才能の持ち主であり、同時に人とはズレた方向感覚の持ち主でもあるのだ。
流石に右と指示して左に行くようなことはないが、北を指示して東北東に向かってしまう程度には方角の意識は低い。
さらに、記憶力がないわけではないと信じているが、一つの建物に似たような扉がいくつも並ぶと正しい扉を覚えられないとは言っていた。
つまり、信じられないことに、本来は安全であるはずの大聖堂内でも彼女と言う人間は迷う確率が低くはないのだ。
その事実に気付いて、オレは初めて嫌な予感がしたのだった。
本日三話目の更新です。
明日は定時の一日二回更新です。
この話で第18章は終わります。
次話から第19章「出会ってしまった二人」に入ります。
よろしくお願いいたします。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




