聖女と主神
「世間で言うセントポーリアの聖女とは異なりますが、近しき時代に我が国にも神の血とされた方がいらっしゃったのです」
「聖女って……一人じゃないんだね……」
ちょっと意外だった。
「聖堂より認定された『聖なる乙女』の総称ですからね。尤も、どの国でも『聖女』と言えば、まずは、セントポーリアの王女だった方を指しますが、私は愛国心とでもいうのでしょうか。他国の王女殿下よりも我が国の王女だった方の方が好きなのですよ」
なるほど……この国の王女だった人が、聖女となったのか。
その辺り、セントポーリアと同じだね。
「王女……、セレブが好きだったから、女神セレブも好きになったの?」
「いいえ。セレブを選んだのは偶然ですね。正神官になった折、祈りの主となる神、主神を選びました。それが女神セレブだったのです」
「ふ~ん……。自分で選べるんだ」
宗教の自由……みたいな感じかな?
「但し、それまでその姿絵は一度も見せられることなく、『神絵の間』に広げられた数多の神々の姿絵から限られた時間内で判断せざるをえないという試練でもあります」
「一度も見たことがない中から選ぶの!?」
「彫像や他の絵姿は見たことはあると思いますが、『神絵の間』に広げられた絵姿はそこでしか見ることはできません。それらは全て神自身により送られたものとされ……、実際の神とは容姿が異なることも多々あるとも言われております」
「そ……、それは、なかなかギャンブルだね」
神様から送り付けられた肖像画と、実際の容姿が異なることも「多々」ある。
しかも、そんな中から時間内に自分の主となる神様を選ぶ……とか。
いろいろ突っ込みどころが多すぎると思う。
神様も自分を美化したいってことだろうか?
それとも、信仰心を持って自分の信じる神を探し出せってこと?
どちらにしても、思った以上に神官って大変そうだね。
「ところで、恭哉兄ちゃんって一体いつから神官やってるの?」
大神官ってくらいだから長いとは思うけど……、確か、まだ20歳なんだよね。
「私がこの道に入ったとき、つまり『見習神官』になった時は、まだ2つでした」
「2つ!?」
幼いって話じゃない!
「驚くことではありません。先の占術師、リュレイアさまは産まれてまだその首も据わらぬ前からその道に進まれたというぐらいです。それに比べれば私など、遅いぐらいでしたよ」
「いや……それは比べる対象が……」
それに首の据わる前って当人より親とか周囲の意思だよね?
リュレイアさま自身もそんなことを言っていた覚えがある。
「……って、ジギタリスの国王陛下と王妃殿下は、生まれてまだ間もないような王女様を占術師にと仕向けたわけ?」
首が据わる時期って個人差はあるけど、確か2、3ヶ月位だって何かで読んだことがある気がする。
多分、漫画だろうけど。
「産まれて間もなく、当人の意思を確認できない時期に占術師に預けたわけですから、そう言われても仕方がないでしょうね」
あれ……?
恭哉兄ちゃんはわたしの言葉を否定しないんだ。
そのことに正直、拍子抜けしてしまう。
てっきり、「言葉がすぎる」とか言われるかと思ったのに……。
「その占術師は、リュレイアさまが産まれたその日に、ジギタリスで『占術師』としての能力を預言したとされます」
「産まれたその日って……、何か始めから狙っていたみたいで嫌だね」
「王族がお生まれになった日に占術師が現れることはおかしな話でもないですよ。ジギタリスの第一王子殿下の時もそうでした。しかし、その占術師は早めに後継者を必要としていたようですね」
「なんで分かるの?」
「リュレイアさまが、1歳になられる前、その占術師は能力をなくされたらしいです」
なんだろう……。
それを話してくれる恭哉兄ちゃんの瞳が少しだけ……、いつもと違うような気がした。
「それが分かっていたから、早くにリュレイアさまを引き取りたかったのでしょうね。そして、リュレイアさまが2歳になられる頃には……、占術師も姿を消したとか……」
2歳……?
たった二年間だけで?
「その人は、親からリュレイアさまを奪うだけ奪って、……あっさり捨てたの?」
「いえ、修行の完了として、ジギタリスに戻したようです。占術師は、師から離れ、独り立ちをしなければならないようですし、ジギタリスの国王陛下たちもそれを望んでいましたから」
ああ、そういうことか。
だから、リュレイアさまはジギタリスにいたんだ。
まあ、実の子が戻ってきて歓迎しない親も少ないだろうね……。
「それにしても……、もし、リュレイアさまが普通に王女さまとして育っていたら、今回のことは起こらなかったかもしれないとは思う。そしたら、楓夜兄ちゃんもこんなに傷つかずに済んだだろうに……」
「こうなってしまっては、仕方がないことですよ。それに……、リュレイアさまは全てを知っても尚、クレスノダール王子殿下を愛してしまわれたのですから……」
「愛か……。わたしには難しすぎて、よく分からないや」
正しくはなんとなく分かっていた気になっていたのが、あの占術師と楓夜兄ちゃんを見て分からなくなってしまったと言うか……。
「異母、異父姉弟ならば国によっては認められています。しかし……、さすがに実の姉弟となると面と向かって否定しない国はあっても、心情的には難しく感じてしまうでしょうね」
「う……」
少しギクッとしてしまった。
自分は異母兄妹の義兄と結婚させられる可能性がある……。
何かそんなことまでこの綺麗な青い瞳に見透かされたみたいだった。
「で、でも……、恭哉兄ちゃん……。なんで、その……、リュレイアさまが楓夜兄ちゃんのお姉さんってこと、知っていたの?」
ジギタリスの王子である楓夜兄ちゃんですら知らなかったことなのに。
「それは、リュレイアさまが、私の前で懺悔をされましたから」
「懺……悔……」
その言葉で凍り付く。
それはあの時、わたしにも彼女が言った台詞だからだ。
「ええ。『実の弟と知りつつ彼を愛してしまった』と。私は当時、『青羽の神官』でしたから……、今から、6,7年ぐらい前のことでしょうか……」
「6,7年……そんな昔から?」
あの人はずっと……楓夜兄ちゃんを?
「……って恭哉兄ちゃんも10歳から15歳まで他国に行ってたんでしょ? だったら、20引く7,6だから13,4歳。人間界にいるのにどうして彼女の懺悔を?」
流石に、それぐらいの計算はすぐにできる。
「私の場合、他の王族とは違い、神官修行の一環だったのですよ。巡礼の一種と思っていただければよろしいです。そのために週に一度は国に戻り、報告書を提出する必要がありました。たまたま私が戻った時に、彼女が見えたのです。元々、面識はあったのですが、あれだけ長い時間、話したのは初めてでした」
「……ということは、もしかしたら、彼女の懺悔を聞いたのは恭哉兄ちゃん以外の神官さまだったかもしれないんだね」
なんとなく、そうじゃなくて良かったと思った。
「そうですね。『七羽の神官』は皆、階位に関係なく城の聖堂にいますから」
「シチューの神官?」
それはどこか美味しそうな名前だと思ってしまった。
「『しちう』……です。高神官はその中で七つの階位に分かれているのですよ。上からそれぞれ『赤羽』、『橙羽』、『黄羽』、『緑羽』、『青羽』、『藍羽』、『紫羽』の神官と呼ばれます」
「それって……、赤橙黄緑青藍紫……?」
「ああ。その言葉をご存知ですか」
「うん。人間界の……日本の虹の色と一緒だね……」
つまり……、「七つの羽」は「虹の羽」ってことか……。
ある意味覚えやすい。
「この世界では、大陸を加護する神々がお持ちになっている羽の色と同じですね」
「へ? そうなの?」
大陸神は知っていたけど、羽があるなんてそれは知らなかった。
「でも……、その中で『青羽の神官』……、13,4歳で?」
そうなると、恭哉兄ちゃんはもっと早く、その「高神官」ってやつになっていたわけだ。
確か、その下には「見習いーズ」を始め、下位だか上位だか、なんだかいろいろなランクがあって……。
「恭哉兄ちゃん……って……、この国の神官最年少記録を打ち立てまくったんじゃ……」
「幸い、道に入った時期が早かったからですからね。ですが、『見習神官』の最年少記録更新はできませんでした。過去に1歳10ヶ月と2日という記録があります。残念ながら、私は養父の方針で、2歳ちょうどでした」
「そ、それ以外は?」
「……更新しましたよ」
そう言う恭哉兄ちゃんは、いつもと違って少しだけ誇らしげに見えたのだった。
本日二度目の更新です。
次話は22時の投稿予定です。
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