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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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このまま此処(ここ)にいるのなら

「お前らは、オレの胃を破壊する気か?」


 オレは、高瀬や若宮から解放された後、腹を押さえながら言った。


「食べ過ぎた?」

「違う! 誰のせいだと思ってるんだ!!」


 呑気な言葉にオレは思わず叫んだ。


 一人ずつでも面倒なヤツらが、まさかダブルで現れるとは思わなかった。

 心の準備をしていなかったこともあって、心身ともにかなりの打撃を受けたようだ。


「胃を破壊って……、魔界人でも胃潰瘍になるの?」

「オレはまだ経験したことはないが、胃潰瘍にはなるらしい。身体の構造はあまり、地球人と変わらないんだ。極度のストレスで胃に穴を空けたヤツの例はある」

「身体の構造は変わらないんだね。精神の造りは違うの?」

「……オレが知る限り、地球人の方が図太い人間が多い気がするな」

「つまり、魔界人は繊細なんだね」


 オレの皮肉をそう言う意味に取るか、この女。


「話題がポンポン脱線するのは良いんだよ。女ってのはそんな生き物だから。だが、定期的にぶっとい()を刺してくるのはなんだ?」

「杭? 釘じゃなくて?」


 高田はキョトンとした顔でオレを見る。


「あの太さを釘とは認めない。若宮は直接的に。高瀬はさりげなくドスッとさしに来ていた」

「彼女たちは心配性だからねえ」


 高田は他人事(ひとごと)のように言う。


 だが、個人的にはこの女の言葉が男から見れば、一番タチが悪い気がする。


 若宮は本当に分かりやすく「簡単に手を出すな」、「泣かせるな」、「何かあったら覚悟しろ」というような言葉を口にしていた。


 それに対して、高瀬はさりげなく会話に挟み込んでくる。


 それも、若宮のような意味合いを直接的な言葉として口にせず、相手側に「察しろ」と言う雰囲気で。


 そして、この高田はなんと表現すれば良いのだろうか?


 オレが本当の彼氏だったらかなり(つら)い気がした。


 分かりやすく言えば、「生殺し」。


 若宮たちの言葉に対し、「大丈夫だよ」、「信じてるから」、「そんな人じゃない」という言葉を的確に使いこなし、青少年が持つような邪心を少しも許さないような印象。


 鉄壁ではなく潔癖なガード所持者だった。


 まあ……、彼氏がいたことはないって話だからそんなもんだろうが、帰り際に「笹さん、これから大変だね」と同情気味に言う高瀬と、「頑張れ、青少年!」と若宮まで笑顔で言うぐらいだから、ちょっと女子としても極端なのかもしれない。


「お前が警戒心ないから、心配にもなるだろう」

「でも……、九十九だからね」


 なんだろう、この全面的な信頼。

 若宮の言うとおり、3年も会っていなかったんだ。


 もう少し警戒しても良い……、いや、もっと警戒すべきなんじゃねえか?


「お前の彼氏になるヤツは大変だな」


 思わず本音が零れ出る。


「……確かにわたしと趣味や価値観の共有できる男子は少ないだろうね」


 高田はそう言って笑った。


 違う!

 そう言うことじゃない!!


 しかし、それらをどう伝えたものか……。


 いや、あまりオレが深く考えても仕方がない。

 この女のそう言った教育については、未来の()()に頼むとしよう。


 オレは所詮、護衛のための偽装彼氏なのだから。


「お前自身の話やアイツらの反応から、間違いなくお前は今現在だけじゃなく、過去にも彼氏がいなかったということは分かった」

「そこまで念を押さなくても良いじゃないか。でも、そうだよ。本当に残念ながら、縁がなかったみたいだね」


 特に気にした様子もなく、高田は淡々と事実を口にする。


 口では「残念」とは言っているが、その表情からはあまりそうは見えない。

 彼女にとって、「彼氏」という存在をそこまで必要としていないことがよく分かる。


「そうなるとフリとは言え、どこまでできるかが問題だな」

「ん? 何の話?」


 さて、どう伝えたものだろう。


 この辺りは、人間と魔界人の考え方の違いもあるから、言葉を間違えると、めんどくさそうだな。


「若宮たちが気にしていた手を出すか、出さないかの話」

「へ?」


 彼女は目を見開く。


「偽装交際……だよね? なんでそんな話になるの?」


 どうやら、その反応から意味は通じているようだな。


 これでもまだ、とぼけた反応されたらどうしようかと思っていた。


「それでも、お前がこの先も人間界(ココ)で過ごすつもりなら、ある程度は考えないといけないことなんだよ。付き合っていて全く何もない……は不自然な話らしいからな」

「彼氏、彼女の振り……なのに?」


 その顔には困惑が浮かんでいる。


 まあ、いきなりそんなことを言われても、困るよな。


「若宮たちを見なければ、オレもそこまで深く考えずに済んだんだが、アイツら、妙に勘が良いだろ? 何もなくて誤魔化しきれると思うか?」

「……それは分かんない」


 彼女はそう答えるが、恐らく理解している。


 ヤツらを欺くことは難しい、と。


 多分、定期的に進展状況の探りは入れられるだろう。

 そうなると、経験が乏しい状態ではすぐにボロが出てしまうと思う。


「何かあった時に雰囲気で察するヤツはいるからな。逆に何もないのも見抜かれる。アイツらだけじゃなくて、もし、身近に魔界人が潜んでいたら、ソイツから確実に疑われるだろうな」

「身近な……、魔界人?」

「本当にいるかは分からない。いるとすれば、かなり身の隠し方が上手いヤツだ。でも、数日前のお前の状況を考えると、1人は確実にいる」

「え!?」

「あの紅い髪の男は、多分、身近で観察している。ヤツ自身か、手の者かは分からんが、それは間違いない。あの日、確実にお前を捉えようと罠を張ったからな」


 彼女と再会した日。


 オレがいたから彼女は一人にならなかった。

 あれは、ヤツにとっては計算違いだっただろう。


 本当は、彼女一人をおびき寄せたかったはずだ。


「罠?」


「桃屋美容室。お前が利用したあの激安セールは一週間前に突然決まったらしいぞ」

「え!?」


 調べたところ、彼女がオレと会う直前に利用した美容室は、今までに「激安セール」を行ったことは一度もなかった。


 その金額も大衆的な激安店よりも安く、長過ぎる髪の毛をなんとかしたかった彼女にとっては渡りに舟だったことだろう。


 加えて、その美容室は、彼女の家から徒歩10分程度の距離にあり、かなり近距離ではあるが、薄暗くて人気(ひとけ)がない道を通る必要がある。


 彼女の思考、行動パターンをある程度予測できる人間なら、拉致るのに絶好の機会だったはずだ。


 ……だからこそ、邪魔してやったがな。


「普通は大々的に宣伝するだろうが、上からの命令で突然決まったために対応は大変だったと聞いた。近隣の住居に少部数発行のチラシを配るのが精一杯だったとか」


 そして、その近隣の住居に高田の家も含まれている。


「あ、あれも……、魔界人たちの計画だったってこと?」

「そうなるな」

「激安に感謝してたのに……。そんな裏が……」


 それでも、彼女が来るかは五分五分だっただろう。

 だが、万一、来なくても、あの様子なら家に奇襲することも考えられた。


 あの後、彼女を送り届けた時に、オレが結界を張っていなければ追撃があった可能性はある。


 そう言った意味でも、先にあの場所で高田と会えたのは、オレにとってはかなり運が良かったと言えたのだ。


「で、話を戻すが、あの紅いヤツとも無関係な魔界人が近くにいた場合、魔気(まき)である程度、判断できるからな。長い間、何もない交際ってのは悪い意味で目立つ可能性はある」


 身を隠しているような人間が、他者にそこまでの関心を寄せるかは分からないが、理由(ワケ)あり系の人間なら不自然な状態は相当、警戒されると思う。


「『まき』で判断って何?」

「ああ、お前には『魔力』の方が伝わるか。人間も個人差があるけど、魔力を持っていることは知っているな」

「あの3人が言ってたね。人間でもまったくないのは不自然って。」

「で、その魔力……、魔気って言うのは、感応(かんのう)……、お互いに影響し合って少しだけ変化する。その現象を感じないお前には分からんだろうが、今はお前にも、少し、オレの魔力が移っているみたいだな」


 そして、オレにも、この女の魔気は少し移っているようだ。

 自分の魔力に違和感なく混ざろうとしているが、いつもと違う感覚であることには違いない。


 あの時、彼女の魔法を真っ向から食らったんだ。

 そうなることは考えられた。


 普通は、他者の魔気はすぐに自分の魔気に溶け込んで消えてしまうが、かなり強い力だったため、一週間はオレの魔気に干渉しそうだ。


「その魔力……、魔気? ……って、移り香みたいなもの?」

「ああ、その表現は分かりやすいな」


 魔気は時々、匂いに例えられる。

 魔気の感応、干渉を「移り香」とすれば、イメージもつかみやすいだろう。


「だから、何もないとその魔気にも長いこと変化がないから不自然に見えるだろうな」

「でも、それって魔界人限定の感覚……、だよね?」

「魔界人ではなくても、勘が鋭い人間、オレたちに近しい感覚を持つ人間は一定数いる。魔力がゼロの人間より、高確率でな」


 純粋な魔界人よりも、そちらの方が判断に困るのだ。


 大半は隠すべき魔力が制御できず、自然に溢れ出ている状態になっているので分かりやすくはあるが、魔気の流れや操り方が、一般的な魔界人とは違うから、相手がどんな風に判断するかは分からない。


 それに、我流で魔気を操り、魔気の放出を意図的に抑えたり、魔法に近い現象を起こす人間もいる。


 うっかり、そいつらに目を付けられたらそれはそれで面倒ごとになる気がしてならない。


「一緒にいるだけでその魔気……、というのは、相手に移るの?」

「匂いに例えただろ? 距離、時間、それと魔法を含めた接触方法でその量や質は変わる」

「距離と時間……、それに接触方法……か。本当に匂いみたいなイメージなんだね」


 そう言いながら、彼女が困ったように眉を下げた。


 そんな顔をされてもオレも困る。

 これはオレが勝手に作ったルールじゃなく、自然現象のようなものだから。


「だから、どの程度が良いかは慎重に見極めないといけないってことだな」

「手を握る……とか、抱擁とか?」

「手を握ったり、抱きしめたりするのは表面上の魔気が移るが、体内魔気への干渉としてはやや弱い。……言葉を選ぶと、あ~、男女の仲になるほど深く干渉はできない」


 オレなりに言葉を選んだつもりだったのだが……。


「…………」


 彼女は固まって、黙り込んでしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

明日から始まる十連休中は、午前と午後に一話ずつ掲載していく予定です。

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