脱走の理由
「ほな、ぼちぼち行こか」
暫く、門前で話し込んでいたのだが、ようやく意を決したように、楓夜兄ちゃんは城の方へと向いた。
その目はまるで何かを睨んでいるようだった。
それも無理はない。
好きだった人が最期に遺した言葉。
それも自分にではなく、第三者であるわたしに言付ける形で。
―――― 大神官が全てを知っている
その言葉だけを頼りにここまで来たのだ。
楓夜兄ちゃんの胸中は分からない。
ただ、その表情からは、いつもの軽い雰囲気がほとんど感じられないのは分かる。
先程までの会話にしても、言っていることはいつもと変わらないような感じなのに、口調からはいつものノリは感じられなかった。
「でも……、楓夜兄ちゃん……。本当にわたしも付いてきて良かったの?」
確かに恭哉兄ちゃんに会えるのは嬉しい。
でも……、こんな深刻な話になりそうな状況で、わたしみたいな部外者がのこのこと付いていってもいいものだろうか?
「何、言うてんのや。嬢ちゃん以外に誰を連れてけばええ?」
「でも……」
「嬢ちゃんなら分かってると思うけど、こういう状況や。俺かて一人で行きたない。だけど、あの面子の中でベオグラ……、大神官に会うことができそうなのは嬢ちゃんかミオだけや。それなら、事情が一番分かっとる嬢ちゃんの方が都合はええんよ」
水尾先輩は王女さまだ。
そして、わたしは……、恭哉兄ちゃんによって記憶と魔力を封印されている。
「邪魔じゃないかな~って思うんだけど」
「寧ろ、頼み込みたいぐらいや。それとも何か? 嬢ちゃん。俺にリュレイアの最期を語れと言うんか? それはまだ酷というもんやで」
「あ……」
いろいろあったから随分、月日は過ぎた気がするけど、よく考えれば、あれからまだ一ヶ月と経っていない。
確かに……、気持ちの整理なんてそう簡単につけられるものでもないと思う。
「うん。分かった」
「まあ、畏縮してまう気持ちも分かるわ。この雰囲気やさかいな……。できれば俺もあまりこの城には来たないけど……、しゃ~ないもんな」
そうできるだけ明るく言って、楓夜兄ちゃんは進み出したので、慌ててわたしも付いていった。
門をくぐると、兵士っぽい感じの人が二人、立っていた。
門番……なのかな?
やっぱり髪は長いけど。
「大神官猊下に取り次ぎをお願いしたいんだが……」
そう楓夜兄ちゃんが言った。
いつもと違って関西訛りが感じられない。
「大神官様なら、この時間は城下におられます」
疑うこともなく、門番の一人が返答した。
普通、門番はこう言うとき「何者だ!? 」とか言うかと思っていたのに……。
あの城下門をくぐるときの方がいろいろと聞かれた気がする。
でも、それだけこの国が平和な証拠かも知れない。
「城下に?」
「はい」
「おかしいな……。何か、特別な用でもあったんだろうか……」
わたしから見れば、訛りのない楓夜兄ちゃんの方がおかしい……。
そう言いたかったが黙っていた。
「ここ一ヶ月の日課です。この時間、王子と大神官様は揃って城下へ向かわれます」
大神官には「様」という敬称を付けて、王子はそのまま……「殿下」とかそういう言い方でもないし。
そのことにかなりの違和感があった。
でも、それほどこの国では、大神官という地位が特殊なのかもしれない。
「王子殿下も?」
「はい。その前に、王女殿下が先に城下へ行かれますが、あの方は門を使われませんから」
門を使わずに城下へ行く王女様……?
それって城を抜け出しているというやつではないだろうか?
同じようにジギタリス城樹から脱走をしていた楓夜兄ちゃんとは気が合うかもしれない。
これが噂に聞いたおてんば姫ってやつかな?
もしかして、人目を避けて、自室の壁をぶち破っていたりするのだろうか。
「いつごろ戻るかは分かるか?」
「そうですね~。あと1刻ほどかと……」
1刻……つまり、この世界での1時間。
「それならすぐか……。ここで待たせてもらってもいいか?」
「いえいえ。中へどうぞ。大神官様のご友人をこのようなところで待たせたとあれば、私どもがお叱りを受けてしまいます。尚、当然ながら先程の話も他言無用で。城下のほとんどの神官は気付いているとは思いますが、公言しても良いわけではありませんのから」
「分かった」
なるほど、警戒心がなさそうだったのは楓夜兄ちゃんが大神官の友人だと知っていたからだったのか……。
それなら、納得。
そして、脱走の件も黙っておけと言うことだ。
内容の割に随分、口が軽いなと思っていたけど、もしかしたら大神官からそう伝えられていたのかもしれない。
そういうわけで、案内係を付けられわたしたちは中の方へ進んだ。
案内係は髪が長く、ポニーテールをしてはいるが、若い男の人だ。
黒地の動きやすそうな格好から察するに「見習いーズ」だろう。
「この部屋でお待ち下さい」
そう部屋に招き入れながら、彼はジロジロとわたしたちを見た。
……なんかちょっとヤな感じ。
そして、警戒というより観察されているといった方が近い。
「何か?」
楓夜兄ちゃんが笑顔のままそう口にすると、彼は慌てたようだった。
「い、いえ……、何でもありません! それでは、失礼致します!」
そう言って、彼は部屋から出た。
なんか、それに対してもやっとする。
「気にするなや、嬢ちゃん。いつものことや」
楓夜兄ちゃんが笑いながらそんなことを言った。
「え?」
「こ~んな目をしとったで」
そう言いながら、楓夜兄ちゃんは指で目をつり上げる。
「嬢ちゃんにしては珍しい顔やな。新鮮でええけど」
「あの人がなんとなくわたしたちを観察してた気がして……」
観察って聞くと自意識過剰なヤツと思われるかもしれないけど、あの視線は好意的とは思えなかった。
「言うたやろ? いつものことやて」
確かに言われたけど……。
「大神官……、アイツを尋ねてくる人間は少なくない。せやけど、友人として尋ねてくるヤツは俺以外おらんらしいわ。だから、門番たちはすぐ顔を覚えたようやけどな。『見習神官』にはまだ俺を知らんヤツも多い。せやから、珍しいんやろ」
「つまり……珍獣扱い?」
わたしたちは白黒パンダみたいな存在?
「珍……って……。まあ、大きくは間違っとらんからええけど……」
「友人も来ないようじゃ……、淋しいだろうね、恭哉兄ちゃん……」
それでなくても、立場上、ストレスとかも溜まってしまいそうな気がする。
それなのに、友人も簡単には訪ねてこれないなんて……。
「さあ?」
「さあって……」
「アイツにとっては俺に会うまで……、正確には人間界に行くまでは必要以上人と関わることはしてなかったらしい。それが普通やったんや。せやから、淋しいという感情もあったかどうか」
「それでも……、やっぱり、淋しいと思うけどな……」
誰もいない。
つまりは心を開ける友人がいない。
人はそれを孤独と呼ぶんじゃないかな。
「嬢ちゃんは、周りに恵まれとるから」
ふと楓夜兄ちゃんはそんなことを口にした。
「え?」
「俺もや。人間界に行くまで、他人と付き合うことなんてほとんど考えへんかった。王族や言うせいもあるやろうけどな。周りも距離を置いてしまうんや」
「楓夜兄ちゃんが……?」
なんか信じられない。
だって、わたしと初めて会った時だって、いきなり話しかけてきたぐらいなのに。
「せやけど、人間界では普通に話しかけてくるモンの方が多かった。当然や。身分がなかったんやから。だから、俺も……、多分アイツも人間界に行ったことはええことやったと思う。嬢ちゃんにも会えたしな」
そう言われると、なんか気恥ずかしい。
特に楓夜兄ちゃんは人の目を真っ直ぐ見る方だから。
「そういうわけで、俺は城樹を抜け出す楽しみも覚えた」
「へ?」
今、なんか……、種類が違った話になったような?
「変装して外に出るとな。皆が普通なんや。王子としてではなく、一人の人間として接してくれる。それがたまらなく嬉しいんよ。勿論、商業樹やと俺の顔を知っとるものや警備のヤツらもうろつくさかい、近隣の村や、この国に来てたんやけどな」
「ただの脱走王子じゃなかったんだね」
「しみじみ言わんといてや。でも、驚いたのはアイツや。人間界から戻っても、必要以外城下に出ることはなかったのに……。それに王子殿下も城を出るなんて、初めて聞いたわ」
この国の王子様は、あまり外出をされない方らしい。
そんな人が城を出る理由……?
「王女殿下を追ってるんじゃない?」
「え?」
「どうやら、この国の王女殿下も脱走癖があるみたいだし、それを城の人間が追うのは当然じゃないの?」
「せやけど、そんなん『見習神官』たちに任せればすむことやないか」
「う~ん。『見習いーズ』に知られたくないか。あるいは、『見習いーズ』じゃ相手にならないかってところかな」
水尾先輩の例があるから後者の可能性も捨てきれない。
王族ってだけで、力があるらしいから。
「『見習神官』に知られたくない言うたかて、門番たちも知ってるんやから、知らないはずはないやろう。『見習神官』たちが相手にならないとすれば……、ここの姫さんはとんでもなくおきゃんな娘ってことになるな」
「おきゃんって……」
今、あまり使わない気がする……。
なんで、わたしの周りって、懐かしい単語を使う人が多いのだろうね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




